「何してんだ手前」


首と腹に圧迫感を感じて目を覚ます。
ソファへ横になっていた俺の視界には少し薄汚れた天井が見える筈だったのに
どうしてか、忌々しい男の顔が覗き込んでいて思わず唾を吐きつけてやりたくなった。ああなんてついてない。
俺に最悪な目覚めを運んできた男は、腹の上に跨ったまま両手で首をぎりりと締め付ける。
まぁ、ちっとも苦しくなんかないんだけれど。


「手前の細腕なんかじゃ俺は殺れねぇよ」
「そうかなぁ、やってみなきゃ何事も分からないじゃない?」
「で、何分経った」
「…5分くらい」
「じゃあもう諦めろ退け邪魔だ」


なおも首を絞めようと奮闘する腕を掴んで、ほんの少し握り締める。
途端に奴は眉間に皺を寄せた。指に込められた力がみるみる弱くなっていく。


「痛い、痛いいたいイタイ降参、だから放してよシズちゃん」
「手前が悪いんだろーがよ」
「別にいいじゃん、どうせ君こんな事じゃ死なないんだからさ」
「…手前、さっきと言ってる事矛盾してるぞ」
「参ったなぁ、気付くなんてシズちゃんらしくない」


掴んだ腕をぱっと放せば、今にも折れそうなほど白く細っこい腕に痕が残った。
見ているこちらが痛くなるぐらい、鬱血した赤。これでも手加減したつもりなんだが。
吐き気がする程大嫌いな男は、その痕をじっと見つめるばかりで俺の上から退こうとはしない。
いっそ投げ飛ばしてやろうかとも思うが、無駄な労力はなるべく使いたくなどなかった。


「…つーか臨也、なんでここに居る」
「物騒なこのご時勢に鍵一つなんてオススメしないね」
「抉じ開けたのか」
「古典的だけどさ、ヘアピンって万能だと思うよほんと」


はぁ、と分かり易い程に盛大な溜息を零せば、奴はにたりと厭らしい笑みを浮かべる。
この表情が俺は大嫌いだ。
こいつの笑みなんて吐き気がするし、どう考えても腹の中では俺を嘲笑っているとしか思えない。


「…それにしても、さ」


きょろ、と臨也の視線が泳ぐ。
いかにもつまらなそうに、独り言のように奴は言葉をぽつぽつ零した。


「シズちゃんちなんて初めて来たけど何にも無いね。殺風景、つまんない、女連れ込んでも喜ばれないでしょ」
「うっせぇ」
「あーごめん、君の相手してくれる女なんて居なかったか」
「うっぜぇ」


けたけたと笑う高い声が、俺の神経を逆撫でる。
いっそこの喉掻き切ってしまえば声なんて聞かなくて済むんだろうか。
なんて言えばきっとこの男は「君の鼓膜を破る事を選ぶべきだと思うよ」とかふざけた言葉を返すだろう。
そんなのごめんだ、手前の為に己を犠牲にするなんてそれこそ反吐が出る。
頭の中であれこれと考えている俺を、やっぱりにたりとした笑みで見下ろす臨也。瞳の奥でぎらつく赤はいつだって鋭く冷たい。
すっと、痛々しい程痕の浮かんだ腕が伸びてくる。
そうして俺の髪を撫で付ける仕草がどこか優しく見えて、益々不愉快だ。
臨也は背を丸め、顔を近付ける。
至近距離で見ればなるほど整った顔立ちだと思った。睫毛、こんなに長かったんだな。艶やかな黒は嫌いじゃない。


「どうせ何にもなくて暇だし、相手してあげよっか」


吐息がかかる程の距離、空気を震わせる少し高らかな声はどこまでも綺麗に響く。
ああ、ほんと、苛立たしい。
奴の口からはいつだって俺を怒らせるための言葉しか発せられない。
そんなものをこれ以上聞いていられるか、くそったれ。
まだ何かを紡ごうと開かれた唇を、無理やり塞いだ。闇のように真っ黒な髪を掴んで、強く強く引き寄せる。
悪戯に舌を絡めれば、途端に塞いだ唇の間からは苦しそうな声が漏れた。
形勢逆転だ、ざまーみろ。


言葉も呼吸も酸素すらも、深く奪い取るように。
どんなに唇を合わせたって俺達は別の個体だから、ちっとも楽になんてなれない。
空気を求めて藻掻く姿が滑稽で、俺は思わず笑みを浮かべた。
胸元に置かれた奴の手がぎゅっと服を掴む。僅かに震えた指先、らしくない。

キスひとつでこいつを殺せたならばどんなに良かっただろう。
それが叶わないから俺は嘆き、いつまでも同じ事を繰り返すんだ。
けれども柔らかな唇は、やっぱり嫌いじゃなかった。




嫌いな事に変わりはないけど








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