「またやったのか、臨也」


放課後の教室、呆れたように俺を見るその目はいつだって優しい。
誰も居ない静かな空間、時折ぱらぱらと捲られる紙の音だけが響いているのは嫌いじゃなかった。
机に寄りかかり腫れ上がった頬をさする。痛みは大分薄れてきたが、じんじんと熱い。
俺の隣、壁を背にして黙々と本を読み続ける男の顔は対照的にとても涼しげで
なんだか少し、憎らしかった。


「言っとくけど俺は何もしてないよ、あっちが勝手に」
「静雄が自分から手を出すとは思えないな、どうせお前が何かやらかしたんだろ」
「…ドタチンさ、俺に対して冷たくない?」
「自業自得だ」
「あっそ」


ぱら、とまたページを捲る音が控えめに耳を擽る。
ちらりと表紙に目を向けるが、彼の手が邪魔をしてタイトルなんて読めなかった。
ふぅ、小さく息を吐いて天井を見上げる。ちかちか揺らぐ蛍光灯の電球はもうそろそろ変え時なのかもしれない。


「…痛むか」
「え、」
「これ、痛いのか」


ふと伸びてきた指先が頬に触れる。
熱い、瞬間的に思った。
いつの間に閉じたのか分厚い本を膝の上に乗せて、優しい目で俺を見上げる。


「…別に、もう痛く、ない」


どうしてか、そう答えるのがやっとだった。
どうしてか、その目を真っ直ぐ見返す事が出来なかった。
ふいと視線を逸らせば、そうか、と彼は言葉を漏らす。その声はどこか寂しそうに思えた。
彼の指が離れ、けれど再び本を読み始めるでもなく。


「いくらお前が原因といえど、静雄も少しくらい加減すればいいのにな」
「…俺が悪いの前提なんだ」
「否定するか?」
「別に、まぁいいよこの程度なら明日には治ってるって」


どうせこんなの慣れっこだし。
少し不貞腐れたようにそう答えると、彼が苦笑したのが分かった。
そのすぐ後に、かたん、と椅子の足が鳴る。
視界が陰になった事で彼が立ち上がったのだと理解する。なんだもう帰るの、声を掛けようとして。


「…俺の前ではあんま、無理すんな」


ぽん、と優しく頭を撫でられる。
なんだそれ、なんだそれ。彼の顔を見上げれば、まるで全てを見透かすような瞳とかち合った。


「…説教したり心配したり、なんなの」
「別に、ただお前は自分を隠すのが上手いなと思って」
「ドタチン意地悪いよ」
「優しくしてるつもりだけどな」
「嘘つけ、俺よりシズちゃんに対しての方が優しいんじゃないの」


不貞腐れた声でそう答えれば、やはり彼は眉根を寄せて苦笑する。
俺は案外、彼の困った表情が好きだった。
友達なんかじゃない。けれども単なるクラスメイトとも、違う。
そんな彼を困らせる事が好きだなんて、やっぱり自分は悪い人間なんだろうか。つられるように苦笑した。


「さて、と。俺は帰るがお前はどうする?」
「あ、俺も俺も。待ってよドタチン」


急ぐように机から体を離せば、少し不安定な四つ足の机はがたんと音を立てる。
そういやここ誰の席だったっけか、勝手に座ってたけどバレなきゃいいや。
床に投げたままの鞄を手に取る。
シズちゃんに投げつけたり投げつけられたりして、入学して一年と経たないのにもうぼろぼろ。
ぞんざいに掴んで肩へ掛け、さっさと歩き始めた彼を追いかける様に教室を出た。

薄汚れた床を踏みしめる、その二人分の足音はちっとも揃わない。
けれども肩を並べて歩く事を許してくれる彼の優しさに
ずっとこのまま、甘えていたいと思ってしまった。
この俺にそんな事を考えさせるなんて、やっぱりドタチンは意地悪だよ。

文庫の文字列を追ったままこちらを一度も見ない彼が
ほんの少し、憎らしかった。




優しくしてよ
抱いた想いの正体には、気付かぬふりの帰り道








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