全ケイ無配(金荒)



「じゃあ後頼むわ、お疲れさん」
 自転車部と書かれた鍵を受け取った金城は鮮やかな色のアイウェアを外しながら、去ってゆく背中に会釈する。時刻は午後八時過ぎ、いくつかのサークルは既に活動を終え鍵閉めを行っていた。自転車競技部も例外ではないのだが、通例として上級生が行うことになっている鍵閉めをこの日は最下級生である金城が引き受けていた。
 ほとんどの生徒が帰宅し静まり返ったフロア、その一角である自転車競技部の部室からは蛍光灯の光と特徴的な音が漏れている。一定の速度で回されるペダル、三本のローラーを滑るタイヤの摩擦、浅く短い呼吸。背を向け黙々と自転車を漕ぐ男をしばらく眺めてから、コンコン、と金城の手が部室の扉を叩いた。
「荒北、そろそろ」
「……あー悪ィ、もうそんな時間?」
 艶やかな黒を揺らして振り返った荒北は滝のような汗を流しながら、ニカッと口角を上げて金城を見やった。
 この男はどんな日にも必ず一定量の練習メニューを心掛けている……というより、高校の頃から人一倍どころか人の三倍ペダルを回し続けてきた荒北にとってそれは今更変えられない、身に染み付いた習慣となっていた。ゼミの関係で活動時間が遅れてスタートした今日とてそれは変わらず、荒北の練習が終えるまで待ちきれない部員達は金城に鍵を託しそそくさと帰宅してしまった。

「なァに、おめーも走ってたの?」
 タオルで頭をがしがしと掻きながら自転車から降りた荒北が、涼しい顔の金城を一瞥する。練習用のジャージに身を包んだ金城は呼吸こそ安定しているものの、短く刈った頭の天辺からは幾筋もの汗が伝い落ちていた。
「どうせならお前が終わるまでと思って、少し外周をな」
「少しって量じゃねェくせに」
 含み笑いを浮かべながら、ジャージの襟元から晒されている金城の首筋に鼻先を擦りつける。くん、と何度か鳴らして、剥き出された荒北の白い歯が日焼けしたうなじへと押し当てられた。
「おい……荒北」
 答える代わりにか、荒北の舌がぬるりと肌をなぞる。短く刈り上げられた襟足から肩までを、唇で食みながらゆったりとなぞる舌の感触に思わず金城の口から上ずった声音が漏れた。
「っ……」
「あれ、もしかしてヨかったァ?」
「お前……」
 白い歯の間から舌先を覗かせて笑う荒北に、金城の中にも悪戯心が芽生える。練習着のTシャツの裾を掴みおもむろに捲りあげれば、痛々しいほど華奢な荒北の肌が曝された。日焼けのない肌はしっとりと濡れ、細いながらも鍛えられた筋肉の形をなぞるかのように幾筋もの汗が伝い落ちている。
 一際大きな粒の汗が腹部を伝う、その様子があまりにも艶かしく見えたもので、弾かれたように金城の唇が荒北の肌に寄せられた。滴を辿って腹部から胸へと移動する唇にくすぐったいのか荒北は身を捩りながら足をもつれさせ、あっという間に壁際へと押し付けられた。胸まで上がっていたシャツが更に捲られ、なァに、と荒北の訝しげな視線が胸元の金城へ注がれる。
「仕返しだ」
「は?ちょ……っ!」
 腕ごと持ち上げるように捲られたシャツ、その際から覗く腋に金城の鼻先が触れる。くん、と先ほどの荒北を真似るかのように鼻を鳴らし、汗でぐっしょり濡れた腋にべろりと舌を這わせれば途端に荒北の口から震えた声音が零れた。
「うあっ……」
 細いながらもしっかりと生えた毛がざりざりと金城の舌に嬲られる。汗と唾液で根元まで濡れ固まった体毛とその奥の薄い皮膚に吸いつく唇の感触に、ヘンタイくせー、と呟く荒北の声はどこか満足そうな響きを伴っていた。
 ぴちゃりと音を立てて離される金城の唇からはすっかり上がった息が漏れる。同時に、見下ろす荒北の息も荒く熱い。肩にかけたままのタオルへ頬を摺り寄せて、荒北は目を細めてにたりと笑う 。
「美味かったァ?」
「ああ」
「ハ!そりゃめでてえな」
 屈む金城の胸倉を掴み上げ、厚ぼったい唇に触れそうなほど己の唇を近づける。吐き出す吐息が混ざり、寸前の熱で皮膚がじりじりと焼けるような感覚を覚えながら荒北の口角が釣り上がった。
「……オレにも食わせろっての」

 あまり広くないシャワー室の一角へとなだれ込むように互いの身体を押し込める。汗にまみれたシャツを脱ぎ捨て、金城の背中をひやりとした壁に押し付けるよう荒北は距離を詰めた。ぐ、と衣服越しの下半身を押し付け合いながら貪るように唇を重ねるとその熱はじわりじわり質量を増す。
 ラフなジャージの荒北と違いレーシングパンツを着用した金城のそこははち切れそうなほどに膨れ上がっていて、気付いた荒北が唾液まみれの唇を歪ませながらパンツのゴム部分に指を掛けた。ゆっくりと引けば布の隙間からは立派に硬くなったそれが頭を見せる。てらてらと光る先端はワセリンと汗と、どう見たってそれだけではない何か。
「すっげ蒸れてる……」
 熱に浮かされた表情を浮かべながら荒北の手がその隙間へと侵入する、途端にぐちゃぐちゃと立つ音が余計に欲を煽った。膝まで勢いよくパンツを下ろし、金城のそれをさも当然のように咥内へ招き入れる。
「荒北、洗ってからの方が」
「んーん」
 このままが一番うめぇんだよ、と膝をつきながら股座に顔を埋める姿には流石の金城も困ったような、それでいて満足そうな熱い視線を足元の荒北へ注いだ。
 裏筋を舐め上げる舌には唾液と先走りと、ワセリン特有のぬっとりとした重い感触が伝わる。それらを混ぜ合わせ塗り広げるように根元まで咥え、先端までを吸い上げる。じんわりと滲む先走りは先ほどよりも濃度を増して、それをまた塗りつけるように根元まで深く咥え込んだ。
 荒北の指先が、剃られてしばらく経過したからであろう短く伸びた陰毛を撫でる。唇の隙間から漏れ伝う唾液をいたずらに陰毛に塗りたくって、ざりざりとした指触りを楽しみながら続ける奉仕は金城のみならず荒北自身をも昂らせた。空いた方の手が無意識に下半身へ伸びる、汗で張り付いたジャージを取っ払い何の躊躇いもなく荒北の指が自身の後孔へと触れた。
 綺麗に毛の剃られた穴は伝う先走りと汗でじっとり濡れている。やわやわと縁を撫で擦りながら徐々に甘く広がる粘膜へと侵入させる指は二本、けれども難なくぬぷりと受け入れてしまうものだから、ひどく淫らな体である。そのまま奥まで指を進め、拡げるように抜き差しを繰り返せば自然と荒北の体も揺れた。ん、ん、と吐息に溶け合う声を漏らしながら金城のぺニスと己の穴を愛撫する姿に、見下ろす金城の目付きが鋭く変わる。
「……荒北、立てるか」
「んあ……?」
「交代だ」
 汗で張り付いた艶やかな黒髪を払い、荒北の頬を金城の指先が柔らかく撫でる。ぬぱ、と粘着質な音と共にぺニスから唇を離し、金城の指に己の指を絡めながら爪の形をなぞるようにその先端を幾度か食みながら荒北はうっとりと、けれども雄特有のぎらついた瞳で金城を見上げた。
「……ヨくしてくれンの?」
「俺がお前の期待に応えなかったことが一度でもあったか?」
「ハ!言ってくれるじゃナァイ」
 ちゅむ、と金城の指先に口づけて勢いよく荒北が立ち上がる。己を慰めていた指を引き抜き、無機質な一枚板に縋るが如くシャワー室の扉に両手をついた。背を向ける金城に対し腰をつき出す形だがそこには恥じらいなど微塵もあらず、期待ばかりが荒北の全身を燃やす。余計な肉のない真っ白な尻たぶを金城の手が撫でるだけで、すっかり馴らされた後孔はひくひくと震えた。
「いーヨ、もう」
 足りない言葉の真意は乗せられた色が物語っている。急くように上ずった荒北の声音が鼓膜を震わせ脳へと伝わるより早く、金城は己の熱を浅ましい入り口へと擦り付けた。ああっ、と荒北の口から感嘆の息が吐かれると同時、唾液まみれの先端がとろけきった肉を割って入る。そのままぐぷりと腰を進めれば荒北の口からはおよそ普段の彼から想像もつかないほど甘く、しかし雄らしい唸り声が上がった。
 静かなシャワールームに響く野獣の息遣いと、粘着質な音の不自然さが金城の情欲を加速させる。最奥まで挿れた凶悪な熱でわざとなまでに内壁を擦りながら出し挿れを繰り返す、それに合わせて金城の口からも肉食獣のような荒々しい息遣いが漏れた。
「っは……あ、らきた」
「アッ……は、う……すげ、イイ」
「奥か?」
「ん、奥も、なんかもーゼンブ、きもちーから……」
 繋がり合った熱に思考もなにもかも持っていかれるような感覚が二人を襲う。絡みつく内側の肉はきゅうきゅうとぺニスを締め付け、しかし次の瞬間にはぐずぐずに溶かされだらしなく咥えるばかりだった。ずる、と扉についた手が汗で滑る。支えるように荒北の腰をしかと掴みスパートをかけようといっそう密着せんとした金城の耳へ突然、窮地を告げる声が届いた。
「思ったより遅くなったなー」
「とっとと浴びて帰んべ」
 咄嗟に金城の右手が荒北の口を塞ぐ。どたどたと廊下を踏み歩く複数の足音がシャワールームへやってくると同時、思わず金城の喉からひゅっと息が漏らされた。それなりに数ある個室の一番奥で事に及んでいるお陰か声が届くことはなかったが、いつ気付かれてもおかしくない。じっと身を潜めていると彼らは幸いにも入り口からすぐの個室へと入ったようで、一斉にシャワーが捻られた。
 共同でのシャワールームだということをすっかり失念していたが、様子を窺う限りすぐに退室するだろう。金城がほっと胸を撫で下ろしたその時、右手にぬるりとした感触が伝わった。
「……!」
 扉へしがみつきながら見上げるように振り向く荒北の視線が、ねっとりと絡み付いた。勘弁してくれ、小さく吐かれた金城の言葉は激しいシャワーの音にかき消される。れろ、と口を塞いだままの手のひらを嬲りながら荒北はゆっくりと円を描くよう腰を動かす、それは刺激と言うにはあまりにも緩やかでもどかしいものだった。
 じわり、腰を支える金城の手が汗ばむ。人が居る、いくら水の音が激しくとも流石に、けれども。
「っ……!」
 ガタッ、と扉が軋むのは一瞬だった。真っ直ぐに立ち上がらせた荒北を扉に押し付けるよう、隙間なくぴっちりとその背に肌を重ねる。小刻みに律動すれば金城の伸びかけた陰毛がちくちくと荒北の尻たぶを刺し、その感触に唸りをあげる荒北の声は悦びの色ばかりだった。ぐちぐちと淫らな音を立てるほんの数メートル先では見ず知らずの生徒が談笑している、あまりにも倒錯的なその事実が余計に二人を加速させるものだから困りものである。
「なんか音しねぇ?」
「気のせいだろ」
「〜〜っ!」
 一切手加減なく打ち付けられる腰使いに荒北の鼻息が激しくなり、塞ぐ指の隙間からはだらだらと唾液が漏れ伝い胸を汚す。止まることなく続けられる律動に荒北の全身が震え、扉と腹部の間で押し潰されているぺニスはとうとう限界を迎えびゅくびゅくと小刻みに欲を吐き出した。それでも金城の動きは止まらず、押し付けられた体は力なく金城と扉との間で揺さぶられるのみだった。口を塞いでいた手がいたずらに咥内へ進入するが噛み付く力すらなく、う、あ、と律動に合わせて控えめに漏らされる声はどこまでも情欲の色に染まっている。
 数メートルの距離で淫らな行いが繰り広げられているなど微塵も思っていないであろう突然の訪問者たちは一人、また一人とシャワーを終え部屋を出て行く。ぺたぺたと遠ざかる足音を聞きながら、そろそろ、と僅かに掠れた吐息混じりの声で金城が限界を告げれば答えるように荒北のそこは収縮を繰り返し、繋がるまで知ることすらなかった射精を促すその動きに金城のペニスも堪らず欲を吐き出した。どくどくと熱が注がれる間も金城は緩やかな抜き挿しを繰り返し、全て出し切る頃には若い雄が再び勢いを取り戻す。
「あれ、そーいや来たとき電気点いてたけどなんで?」
「あれじゃね、チャリ部の部室まだ明るかったから誰か来るつもりとか」
「ここ暗いと電気点けにくいもんなー」
 呑気な会話を交わしながら最後の一人が部屋を出る。バタン、と扉の閉まる音が響くと同時に荒北はぐずぐずに溶かされた瞳を背後の金城へ注いだ。
「……金城ォ、ほんとにヤるかよフツー」
「でも好かっただろう?」
「バァカ!おめーなァ……」
 今なお続けられる緩やかな抜き挿しに、結合部からは注がれた精液がごぷりと溢れ出る。肩に乗せられた金城の頭を引き寄せるように撫で、鼻先を伝う汗をちゅっと吸い取った。
「……すっげー、ヨかった」
 口の端を緩ませにたりと笑う荒北に、つられるように金城の口元も緩む。だが二回戦へもつれ込もうとする金城の腕を掴むと、残酷な一言を吐き出した。
「ワリ、オレ明日早いから終わりな」
 ぬぽっ、と名残惜しげな粘着音を伴って引き抜かれるペニスは元気すぎるほどにその昂ぶりを主張している。体を反転させぐったりと扉に背を預けた荒北は金城のペニスに軽くシャワーを当て、己のそれと合わせるように両手で包み込むと手慣れた様子で擦り始めた。
 これでガマンな、宥めるように金城を見やる荒北の表情は誰がどう見たって溶けきっているというのに彼の決意は固い。触れ合うギリギリの距離から発せられる艶めかしい息遣いに、これじゃあまるで蛇の生殺しだ……と生唾を飲み込みながらも耐える金城の脳裏には既に、いかなる理由をつければ明日の鍵当番を引き受けられるか、という問題ばかりが巡っているのだった。



END.







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