今日は悪い事ばかりが続く日だ、と思った。
依頼された仕事は何の手違いかアクシピター側の奴等に横取りされて。
そのくせシベリンとナヤはちゃっかり他の仕事を完遂。
無駄足を踏んだ俺とイスピンは当然、稼ぎなどゼロ。
なのに武器の修理が高くついた。全く以って不本意である。

「…おまけにお前と同室なんて、俺は聞いてないぞ」

ベッドに腰掛けたままじろり、とシベリンに視線を送ると。
荷物整理をしていたらしい彼がふと顔を上げた。

「いやー…俺も別の部屋だと思ってたんだけどな、どうも人が多かったらしくて」

だから仕方なく四人で二部屋しか取れなかった、と。
その言い分も分かるし今からもう一部屋用意しろと駄々をこねる程、俺は我儘ではない。
ではないのだが。

「だからって、よりにもよってお前と一晩共に明かすなんて我慢ならねぇ」
「へぇ奇遇だな、俺もだ…まぁ我慢しろよ今日ぐらいは」

シベリンは彼お得意の笑顔を此方に向ける。
大人ぶったその態度が、俺は余計気に食わない。
どうしてこういけ好かない野郎と共に居なければならんのか。
イスピンやナヤが居る手前、あからさまな態度はなるべくしないつもりで居た。
だが今日ばかりは我慢ならない。
自分では大人ぶっているつもりだが、こういう態度を取ってしまう程にまだ十分子供であると自覚し余計にイラついた。

「…なぁマキシ」
「んだよ、話かけんな」
「お前なぁ…」

呆れたシベリンの声。
余計イラついて、思わず近くに置いておいた酒を煽る。

「…手短に話すわ、風呂はまずどっちが済ませる?」
「お前先行けばいいだろ」
「そうか…じゃあ先入らせてもらう」

その間に寝るんじゃないぞ、と一言残して彼は浴室へと消えた。
そうやっていい兄貴面する所が本当に嫌いなんだ。
あの男は分かっててやっているんだろうか、その真意は測りかねる。
シベリンはいつもそう、優しく頼りになる兄貴だ。
けれども俺にはそれが本当の姿ではない様に見える。
たとえ演技だとしても他人に親切に接する事が出来る、それは褒められる事だろうが。
常に仮面を被っている気がして、俺にはそれが何だか怖い。
怖くて、イラつく。
だから嫌いだ。
他人の真意など分からないから、大嫌いだ。



自棄になっているのだろうか
普段よりも酒を飲み過ぎたと気付く頃には、足元に無数の酒瓶が転がっていた。
この惨状をシベリンに見られたらどうせまた「お前、ちょっとは節度を」とか何とか言われるに違いない。
想像しただけでも余計頭にきて、ごくごくと残りを一気に飲み干したその時。

「おーいマキシミン」

風呂場の方から声がかかる。
返事はしない。

「悪い、タオル持って入るの忘れたんだ!持ってきてくれないか?」

…普段からどこか間の抜けた野郎だとは思っていたが。
どうしてそう大事なものを忘れるんだ、いよいよ本物の阿呆ではないのかこれは。
心の中で毒づき、仕方なしに荷物を漁る。
幸いタオルは取り出しやすい場所に入っていた。何の気なしに他の荷物を盗み見る。
意外と整頓された品々、戦闘に不必要な物はあまり無い様だ。
思い返せばコイツは常に他人ばかりを構っていて、自分を主張する事は無い気がする。
彼らしい荷物が見当たらないのも、その表れだろうか。

「…何してんだ、俺は」

他人のプライベートに深く干渉してしまったような、罪悪感。
しゃがみ込んで下を向いていたからか、立ち上がるとくらりと眩暈がした。
今日は酒の回りが速いようで
ふらつく足取りで、浴室へと向かう。

「ほら、持ってきてやったぞ」
「ん…悪いな」

コン、と軽くノック一つで扉を開ける。
途端に広がる熱気。
シャワーから流れ出る水音はザアザアと勢い良く響く。
その中に佇む真紅の姿に、思わず目を奪われた。

…見慣れた筈の彼が
水を滴らせる逞しい身体が、こちらを見やる金の瞳が、女性の様に長く艶やかな真紅の髪が、
なんだか酷く、扇情的に見えてしまった。

反射的に視線を逸らす。
早く取れ、と言わんばかりにタオルを持つ手を伸ばすと
受け取ろうとしたシベリンの指が、俺の指に触れた。
どきりとした。
なんて熱さだ、と戸惑う。

「あっ…おいマキシミン、何やってんだよ…」

思わず手を離した事に、一瞬遅れて気付く。
落ちたタオルを、容赦なくシャワーの水が襲う。
あっという間に水を含んでしまったそれは、最早意味を成さないただの布切れだ。

「まぁ、絞りゃ使えるからいいけどな」

彼の呆れた、けれどもどこか優しげな声音。
それにすら戸惑ってしまうこの状況は何なんだ、一体。
きゅっとシャワーを止め、落ちたタオルを拾うシベリン。
彼が屈んだ一瞬、鼻先を掠めた香りさえもう毒だと思った。
くらりと眩暈がする。

「…ん?なんだ、マキシミン…お前酒臭い」
「…うるせぇ」
「酔ったのか、程々にしとけばいいのに」
「だからうるせぇって…」

視界がふらつく
浴室の熱に当てられてか、先程よりも余計にそう感じた。
俺にはそれがとても怖い。
怖くて、イラつく。
だから嫌いだ。
こんな奴相手に変な気を起こす自分が、大嫌いだ。

目の前に垂れる長い真紅の髪を、掴む。
そのままぐいと引き寄せれば
少し困った様に俺を見据える金の瞳が、ゆらゆらと揺れた。
それは俺が酔ってるからじゃない
真意は測りかねる。
もしかしたら彼も、俺と同じで怖がっているのかもしれない。
この空間を支配する何か、に。
今にもどうにかなってしまいそうだ
今にもどうにかなってしまえばいいのに

彼の髪を、身体を伝う雫がぴちゃりと跳ねた。
その様子を視界の端で追いながら俺は
何か言いた気に開く唇を、奪った。

あー本当にどうして今日は、悪い事ばかりが続く日なんだ。




最悪な出来事、が。








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