ここは何処だろう、そうぼんやり思った。
しかし考える程に己の思考は働いておらず。
目の前に広がる緑の草原を、どこか遠くで見ている感覚。
これは何だ、これは誰だ。
手を伸ばしたいのに伸ばせない
どうしてか勝手に足が動く
緑の草原をひたすら駆ける自分。一向に疲れを感じない。

やがて何かを追っている事に気付く。
それは最早遠くに過ぎ去ってしまって
自分はどうやらそれが凄く悲しくて
どんなに走り続けても、当たり前に届かない距離。

せめて伝われば、と今度は大声で名を呼ぶ。
名を、



「…ん……あ、れ…?」

ぱちり
目を開けると、飛び込むのは見慣れた天井。
何故か酷く汗をかいていたようで、パジャマはしっとりと濡れている。
肌に張り付く髪が少々鬱陶しい。
外はまだ暗い、夜中なのに目が覚めてしまったのか。
どのみちこんなに汗をかいては直ぐ寝付ける訳ないな…ふと起き上がり、気付く。
隣に、居ない。
見慣れたあの、猫が。

「…先生?」

呟く声は、宵闇にすっと消えてゆく。
返事などなかった。悲しかった。酷く酷く、悲しかった。

「先生…どこ、せんせ…」

辺りを見渡せど、矢張り猫の姿は無い。
きっと集会にでも顔を出しているんだ
そう思い窓に手を掛けるが、鍵は閉まったままで。
まさか、と背筋に冷たい汗が伝う。
考えたくなどない
けれどもきっと、そういう事なんだ

「…先生、せんせい…」

伸ばした手は空しく宙を切る。
いつだって呼べば答えてくれた、手の届く範囲に居てくれた。
それが当たり前の事なのだと、いつからか思い始めていた。いつまでも続くのだとそう。
そんな事、ある筈もないのに。

「やだよ先生…居なくならないでよ…せんせ…」

急に、どうしようもない程の涙が溢れてきた。
俺はそれを止める術など知らない
その場に崩れ落ちる様に座り込み、ただただ只管に涙を流した。
いつか別れが来ると
知っていた筈なのに、やるせない。
まるで壊れたラジオの様に、一心に名前を呼ぶしかなかった。

「せんせい…せん、せ…」




「何だ夏目、人の名前なんぞ呼びおって」


「………へ…?」

その声に、ぱちりと目を開けた。
見慣れた天井よりも早く
ふてぶてしい猫のあまりにも近い顔が、目に飛び込んでくる。

「朝だから良いものの…あまりに五月蝿いから起きてしまったではないか、こやつめ」

たし、と猫特有の柔らかな肉球が頬に置かれる。
重い、あったかい、痛い。
紛れも無く現実だった。

「…な、泣くほど強くはしてないぞ!?」
「え…あ、ごめん…」

不意につう、と涙が零れた。
これが現実なんだ
もう悪い夢からは覚めたんだ
夢から…

「…ねぇ、先生」

起き上がり、ごしと目を擦る。
どこか心配そうに見上げるニャンコの表情に酷く安心して
その安心を確かなものにしたくて、そっと彼の頭を撫でた。
「ずっと…側に居てくれよな、先生」

どうしてか、泣きそうな声になってしまった事に猫は気付いているのだろうか。
どうか気付かないで居てほしい。こんな情けない俺の思いになんて。
虚ろに思い出す夢を掻き消そうと、もう一度その頭を撫でる。
現実はいつまで経っても消えないと
ひたすらに、信じたかった。




うつろ、うつつ。








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