※カプとしては特殊田×夏であり猫×夏です
分かりにくいですがお付き合い下さい



最近気になる事がある。

「…あれ、あそこに居るのって夏目ん家の猫か?」
「え…」
不意にかけられた西村の言葉で、窓の外を見やる。
校門の外に、見慣れた白と橙の生き物が鎮座していた。
あのふてぶてしさはどこからどう見てもニャンコ先生だ。何故こんな所に。

「お、夏目の事迎えに来たんじゃないのか?まだ昼だけど」
「健気だなー…忠犬ならぬ忠猫ニャン公ってヤツ?」
「はは、どうだか…」

食事なら塔子さんがちゃんと与えてくれてる筈だし、暇というならいつもの場所でゴロゴロ寝て過ごす筈。
一体どうして、こんな所まで来ているのだろうか。
ニャンコ先生は時々視線をこちらに向け、暫らくじっと見つめていたかと思うと急に別の場所を見やる。
その目はまるで獲物を観察するハンターの様で。
可笑しいやら不思議やらで、その後の授業はさっぱり頭に入らなかった。
そうして迎えた放課後、北本と西村の誘いを断り校門へと駆けたが
何故か、先生の姿は見当たらない。

「あれ…?」

もう帰ったのだろうか。ならば先程までここに居た意味は?
不思議な事もあるもんだと首を捻っていると、不意にぽんと肩を叩かれた。
振り返るより早く声がかかる。

「夏目、こんな所で何やってるんだ?」
「あ…田沼…」

自分よりほんの少し高い位置にある彼の、穏やかな視線。
そういえば彼の顔を見るのは今日はこれが初めてだなぁ、なんてどうでもいい事に気付く。

「何か捜し物?」
「いや…うん、うちの、ニャンコ先生が居たんだけど……気付いたら居なくなってて…」
「ふぅん…ニャンコ、もう帰っちゃったとか?」
「やっぱりそうかな…」

もう一度首を捻る。
確かに神出鬼没な部分はあるが、こうも意図を測りかねる行動はしない筈なのだが。
いや、思えば最近の先生はどこか普段と違っていた。
俺の話をうわの空で聞いていたり
かと思えばじっと俺の顔を見つめてきたり
夜、寝苦しさを感じて目を開ければあの斑の姿が覆い被さっていたり。
寝呆けて人を喰おうとするな、と怒りはしたが
今思うと何かが、おかしかった。
その何かの正体は、今だ分からぬままなのだが。

「…という事は夏目、暇?」
「え、ああ」
「じゃあさ、ちょっと付き合ってくれないか」

にこり、と田沼が微笑む。
何に?何処に?と尋ねるタイミングを失った様で、俺はそのまま大人しく彼の後を歩く。
いつもの帰り道から少し逸れた山道へ入ると
この時期にしては珍しく、可愛らしい小さな花が咲いている事に驚かされた。
特に人の手が加えられた様子は無い。
それだけ人が寄り付かない場所だという事だろう、田沼は何故こんな場所を知っている…?
途中、ニャンコ先生が言うところの"低級な妖"達の不思議そうな視線を感じながら
気付けば山奥、ほんの少し拓けた場所に出た。




「うわ…凄い、こんな高い場所だったのか…」

レジャーシート一枚なら余裕で広げられる程の芝生に腰を降ろすと、遥か眼下に町並みが広がる。
緑豊かな木々と、それほど多くは無い民家の棟々。
穏やかに流れる空気がまるで、目に見える様だった。
気付けば隣に田沼も腰を降ろしている。
ほんの少し冷たく肌を撫ぜる風に、さらさらとその黒い髪がなびく様を綺麗だと思う。
無意識に、手を伸ばしていた。

「……夏目?」
「…あ、ごめん…つい…」

艶やかな黒髪が指先を撫でる。
一体自分は何をしているんだか、急にこの行為を恥じ手を引こうとした。
だがそれは叶わず
自分と大差ないほど華奢な彼の手に、腕を掴まれた。
不思議なほど真っ直ぐで綺麗な瞳に射止められ、つい視線を逸らしてしまう。

「あ、の、田沼…これは…」
「ん?」
「いやその…そうだ、ここ、良く見つけたな、うん…」

思わず口調がしどろもどろ
触れ合ったままの肌が熱い。
話題逸らしに失敗した、と困惑する俺の様子が可笑しいのか
田沼はくすりと笑みを一つ溢す。
その顔はまだ、恥ずかしさの所為で見れない。

「…散歩をしていて、偶然…な」

掴まれた腕に、田沼の吐息がかかる。
反射的に身を引こうとするがそれは許されず
彼の手が俺の肩を掴み、そのまま柔らかな芝生へと押し倒された。
果てしなく広大な青と柔らかな緑を遮る様に、艶やかな黒が俺を覆う。
何だ、これは。
誰だ、これは。
俺の知っている田沼はこんな事、しない筈なのに。

「ここなら誰にも邪魔されない」

俺のシャツを寛げる指が、何だか別の生き物の様に動く。
首元にかかる吐息は、獲物を狩る強い雄の匂い。
こんなの田沼じゃない。
おかしい、こんなの。怖い。

「誰にも邪魔されずに…今度こそ夏目、お前と」

下半身に摺り寄せられた熱
何をされるかなんて、嫌でも分かった。
抵抗しようと彼の肩をぐっと押すが、震えて力が入らない。
どうして、どうして
誰か助けて
ねぇ助けてよ…田沼。
獣の様な田沼の瞳に映る俺は、一体どんな顔をしている?
唇に触れた熱の焼け付く様なその熱さに
俺の思考は、溶かされてしまった。





心身共に疲れきってしまった俺は、帰宅するなりどうやら丸一日眠っていたらしい。
俺を気遣って塔子さんはそのまま起こさずにいてくれた訳だが
まるでズル休みの様に学校を欠席してしまった事が、何だか申し訳なかった。

「もう身体は大丈夫かしら?他に何か欲しいものは?」
「いえ、大丈夫です…ありがとうございます」

布団から起き上がり、彼女お手製のお粥を掬い口に運ぶ。
その味はまるで塔子さんそのものの様に優しく、温かい。
丸一日何も食べていなかった所為か、空腹のお腹に染み渡る。
思わず涙が零れそうになるのをぐっと堪え、一口また一口とお粥を口に運ぶ。
そんな俺を見て、塔子さんは安心した様に微笑んだ。
ふと、チャイムが鳴る。

「あら誰かしら…貴志くん、ちょっと出てくるわね」

トントン…と塔子さんが階段を降りる音。
やがて明るい声が小さく響くが、遠く離れている所為で言葉は全く聞き取れない。
最後の一口を咀嚼する頃、静かな足音が二つ、トントンと鳴った。

「女の子がお見舞いに来てくれるなんて、良かったわね貴志くん」
「やっほ、もう調子は戻った?大丈夫?」

襖を開けて、多軌が顔を覗かせる。
その後ろで微笑む塔子さんは、一体俺と多軌に何を期待しているのだろうか…。

「ああ、もう大丈夫…わざわざ来てくれたんだ、なんか悪いな…」

空になったお粥の盆を塔子さんが除け、そこに多軌が座り込む。
皆で押しかけると迷惑になると思ってね、と多軌は小さな籠を俺に寄越した。
どうやら北本達かららしいお菓子の箱と、添えられた果物や花は女子組ならではの気の利かせ方だろうか。
ありがたく受け取ると、彼女はほっとした様に笑った。

「これなら明日は学校に行けそう?」
「うん、大丈夫だと思う」
「良かったー…田沼君に続いてお休みしちゃうんだもん、寂しかったよ」
「…田沼も、休んだんだ」

急に、心が締め付けられる様に痛む。
忘れていた訳じゃない
思い出したくなかった、昨日の事は。

「あれ、知らなかったんだ…昨日のお昼頃かな?
 急に体調が悪くなっちゃったらしくて、早退したの。そのまま今日もお休みで…」
「…昨日の、昼…?」
「うん、そう。一組の子が言うには授業中にいきなり苦しそうになっちゃったんだって…」

ドン、と何かで頭を殴られた様な衝撃。
おかしい、だって田沼は昨日、ちゃんと居たじゃないか。
放課後にニャンコ先生を探す俺の、所に。
先生を、



「あれ、そういえば猫ちゃんは?今日はお出かけ?」



視界がぐらりと揺れる。
あの時からニャンコ先生は消えていて。
現れた田沼は、

『ふぅん…ニャンコ、もう帰っちゃったとか?』

田沼は先生をあんな風に呼んだりはしない。
じゃあ、あれは、あの田沼は、一体…誰?
思い出す鋭い瞳
どこかで見た事のある輝き
そう、まるで野獣の如く…

多軌の声がただただ遠くで響くばかり
今の俺は、一体どんな顔をしている?




Like a beast








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