※Like a beastの続きです
未読の方はまずそちらを御覧下さいませ
※アンハッピーEND注意



人間に興味を抱くなんぞ、なんとも理解し難い思考である。
低俗な生き物に、現を抜かす奴等もまた低俗。この私が言うのだから間違いない。
しかし長年生きてきて
そんな己に、僅かながら変化が起こり始めている事に
私は
気付きたくなど、無かったのかもしれない。

望まずに始まった
夏目という名の、人間との生活。
こやつはまだ幼く、ただでさえ世界を知らぬというのに妖ものに関わろうとする。
ただの阿呆ではないか。手を出し傷つくのは己であるというのに。
そんな少年をいつしか私は特別に思っていたのかもしれない。
側に寄り添う内、情が湧いた。
その情が一体どんな意味を持つのかなど、理解せぬ方が双方にとって都合が良かった筈だ。
けれども私は。




「……ン、っ…」

宵の帳が降ろされる。
夏目の、すうすうと規則正しくか細い寝息に
思わずごくりと、息を飲んでしまう程に私はこの時を意識していた。
招き猫の姿では大きく見える夏目が、本来の姿である今の私には驚くほど小さく脆い。
華奢な身体にそろりと覆い被さる。
まるで今にも折れてしまいそうな肉体が、しっかりと生を持ち息衝いている。
この私が力を込めて圧し掛かれば、いとも容易く壊れてしまうというのに。
柔らかな頬に鼻先を寄せる。
小さな顔
いっそこのまま喰ろうてしまおうか。

「…んん…な、に…」

気配に気付いたか
もぞり、と夏目が目を開けた。
暫くぼんやりと私の瞳を見つめる。否、視点は全く以って合ってなどいないが。

「…せんせ……、はぁ!?」
「何だ起きたか」
「起きたかじゃない!何で斑の姿なんだよ、重い、どけって!」

じたばたと、覚醒した途端にこやつは騒がしい。
仕方無しに身を離す
解放されほっと息を吐き、夏目はじとりと此方に視線を向けた。

「おい、寝呆けて人を喰おうとするなよ」
別に寝呆けてなどいなかったのだが。無言を了解と捉えたか、満足した夏目は再び眠りに就く。
この少年が知ったらどう思うだろう
私がどんな想いを抱き、お前を見ているのかを。
思い知らせてやろうかとも考える、しかしこの身ではそれすら叶わない。
だから人間に興味なんぞ抱くべきではないのだ
所詮は人と妖、真に触れ合う事など出来る筈がない……否、或いは私が人であったなら。
人であったならば、それも叶うのだろうか。

私が夏目と同じ、人であったならば。




夏目の周りに集まる人間は様々だ。
騒がしい人間、穏やかな人間、冷たい人間、温かい人間…十人十色とは良く言ったものだ。
中でも多いのは、夏目に好意を寄せる人間である。まぁ好きでなければ近づこうとはしないのだ、当たり前なのだが。
そんな人間達の中で一際強く、夏目を想っている存在に私は気付いた。
確か…田沼、と言ったか。力は微弱だが妖の存在を悟る事の出来る人間。
だがその力故にか、妖ものの気に当てられてしまう体だと聞いている。

「ふむ…非常に気の毒ではあるな」

日当たりの良い土手道を、ちまちまと短い手足で歩みつつ呟く。
太陽はまだ高い位置で笑っている。雲は無く、快晴といったところか。
この分なら今日一日は天候が崩れる事もなかろう。
足の裏でじゃりじゃりと小石を踏みつける。ちくりと痛むこの身が憎い。

「気の毒ではあるが、私はそれ程人間に優しくないのでな」

頭上を低級な輩が通り過ぎてゆく。
奴には妖ものの姿が見えない事、そして夏目とは違う"クラス"というものに属しているのは非常に好都合だ。
田沼という少年には悪いが、少々利用させて頂くとしよう。
妖もの達が建物へと入ってゆくのを遠巻きに見つめる。恐らくあと僅かで、望み通りの展開になるであろう。
石垣の陰に腰を休ませる。

「悪く思うな…少年よ」

頭上をまた、妖ものが通り過ぎてゆく。
後はただ只管に、時が経つのを待つだけだった。




日が傾きかけた頃、きんと高い音が響き渡る。どうやらチャイムというものらしいがどうも耳障りである。
建物を見上げれば夏目が視界に入り込む。ばたばたと慌てておる…どうやら、そろそろか。
軽く目を瞑れば、ぼんっという音と共に土煙が舞い上がる。
本来の姿程ではないが、招き猫の姿よりも視界が高い。確か夏目と然程の差はなかった筈だ。
ふむ、何度か体験はしているが人間の瞳から見る景色は面白いものがあるな。
こうなるといよいよ面白くなってくる。妖は皆一様に人をからかう悪戯者ばかりなのだから。
草木の陰に隠れる。この姿は無駄に図体がでかいのが少々厄介だが、我慢するとしよう。
目の前を数人の人間が通り過ぎる。幸い此方には欠片も気をかけていない様だ。
そうして右足元の辺りを歩む蟻が左へと移動しきる頃
聞き慣れた息遣いと足音が此方へ近づいてきた。

「あれ…?」

私に背を向け、独特の高い声音で不思議そうに呟くのは紛れも無く夏目だ。
何度も首を傾げている。恐らく私の姿を探しているのであろう、建物を見上げている時何度か目が合ったからな。
気付かれぬ様そろり、と草木を掻き分ける。背後に立つと矢張り夏目の華奢さが目に見えて分かった。
その頼りない肩をぽん、と叩く。

「夏目、こんな所で何やってるんだ?」

途端に振り返る二つの瞳が、少々見上げがちに私を映した。

「あ…田沼…」

そうだ。今の私は私ではなく"田沼"という少年そのもの。
彼の姿を思い浮かべ、夏目の瞳を見つめる。
瞳に映る己を見、私はこんな穏やかな表情も出来たのかと気付かされた。果たしてそれはこの少年の持つ良さがあってこそなのだろうが。

「何か捜し物?」
「いや…うん、うちの、ニャンコ先生が居たんだけど……気付いたら居なくなってて…」

夏目が私の事を考えている、その事実を何故か嬉しく思う。
感情までもがいよいよ人間臭くなった様だ、不快ではあるが仕方ない。
この姿でなければ不可能なのだから。

「ちょっと付き合ってくれないか」

にこり、と微笑みを送る。きょとんとした無防備な夏目の表情を、恐らく私は見た事がなかった。
いくら身を借りているとはいえ、そんな表情を向けられるこの姿が疎ましい。
私であるというのに。全く複雑である。




山道を突き進む。普段あまり散歩に来ない場所故にか、見慣れぬ妖の姿がちらほらと視界に映る。
奴等は私の気を察知はしている様子だが、それがこの姿から発せられた物だとは分からぬのだろうか。
訝しげに私と夏目を眺め、それきり付いてくる事もなくその場に居留まったようだ。
構わず進むとやがて拓けた場所に出た。

「うわ…凄い、こんな高い場所だったのか…」

素直に感動しているのか、夏目の声音は少々上ずっている様に思える。
芝に座り込むその隣に腰を降ろす。町並みを見下ろすと、普段見慣れている筈のそれらを遠くに感じた。
夏目は何も喋ろうとはしない。
普段の姿ならば聞こえる筈の夏目の鼓動は耳に届かず、代わりに己の脈打つ音がどくどくと響く。
町中とは違う、すっと透き通る様な空気が身を撫でる。
今になって改めて、普段の姿と人間の姿では風一つ取っても感じられる温度が違うのだと気付かされた。
ふと気付く。夏目の指が私の髪に触れようとしていた。

「……夏目?」
「…あ、ごめん…つい…」

ハッと視線を泳がせる、その表情がたまらなく愛しく思えた。
引こうとする手を掴むと、痩せた手首の熱を手のひらに感じる。
人の肌とは不思議なもので。触れ合った先からじわじわと溶け合う様な感覚に、つい思考を奪われそうになる。

「あ、の、田沼…これは…」
「ん?」
「いやその…」

相変わらず視線を泳がせたままの夏目。
傾いた日の色に照らされているからか、はたまた別の理由か、その頬は赤く染まっている。

「…そうだ、ここ、良く見つけたな、うん…」

動揺しているのであろう、その震えた声音が非常に可笑しい。
掴んだままの細い手首に唇を寄せる
普段となんら変わらぬ筈の夏目の匂いが、
何故かつんと、頭の奥にまで香った。
始めはほんの少し、からかってやるつもりで居たのだが。
どこか遠い場所でぷつんと、何かの切れる音がした。

身を引こうともがく夏目の肩を掴む。
押し倒した身体は相変わらず華奢で、しかしこの身と大差はない。
からかってやるだけの筈、だったのだが。
色素の薄い髪がさらり、と緑に萌ゆる芝を滑った。
夏目の身体に跨る様に乗り上げる。近づいた距離に、漸くその身が刻む鼓動が響く。
どくどくと、その音は己のものと重なる。
二人分の音。
私と夏目だけが、今この場を支配する。
ここなら。今なら。この身ならば。

「…今度こそ夏目、お前と」

白く細い首筋に噛み付く。びくりと身を震わせる夏目が、小さな唇から声を漏らせば。
その声に一層触発される様に、彼の纏うシャツを取り払った。
幼さの残る柔らかな肌に舌を這わす。
胸の突起を弄ぶ様に舐めれば、それはやわやわと硬さを増した。
力のない腕が、拒む様に私の肩を押す。
その手を払い除けもう一方の突起を指先で弄る。ふるふると、夏目は首を振った。
今更止めてやる気などない、私はそこまで優しくないのだから。
下半身を摺り寄せる。確かな熱を持った夏目のそれは、擦る度に私を押し上げる。

「ゃだ、やめ…」

なんと弱弱しい声であろうか。
それでいて甘く響く、たまらなくなる程に愛しく感じるこの感情は厄介だ。
ぷくりと膨らむ突起の先に爪を立てると、下半身に触れ合う熱がより一層首を上げる。
布越しに膨れ上がったそれは心なしか湿り気を帯び始めた。
痛みと快感は紙一重だと、何処かで耳にした記憶があるが。
こういう事であったか、と潰してしまう程に強く突起に吸い付く。

「ひっ…ぁ、あっ…!」

途端、びくびくと細い身体が震えた。
まさかと夏目のズボンの中に手を滑らせる。
じわじわと下着が水気を含み、布の合わせ目から垂れる液体がとろりと私の指を汚した。
達したのだ。たったこれだけの刺激で。
ちらと夏目を見る
両腕で顔を隠し、色が変色するのではと不安になる程きつく唇を噛み締めていた。
その表情は見えないが恐らく、泣いているのだろう。ひくひくと引きつった声が洩れる。

「……夏目」

芝生の上、ぐしゃぐしゃと乱れた髪を撫でる。
その頭を持ち上げる様に抱き寄せると、縋る様に二本の腕が首元へ伸びた。
纏ったままのシャツの胸元にじわりと涙が滲む。

「…怖いか、夏目」

ぴくりと細い肩が揺れる。
夏目の頭をもう一度芝に寝かせ、しっかりと瞳を覗き込み問うた。

「怖いか」

夏目がまだ僅かに涙の滲む目を伏せると、細い指を私の髪へと伸ばした。
その指先が一房を掴み、くいと引っ張る。
ちらと、もう一度かち合った瞳は恐怖と期待を含む色。
薄く開いた唇に己の唇を寄せる。一度軽く触れ、そのまま喰らう様に貪った。
再び夏目の腕が首元に絡みつく。まるでこのまま押し潰してしまうのではと思う程に密着する身体。
重なり合った唇からは時々くちゅくちゅと音が洩れる。
絡めた舌は驚く程に柔らかく、熱い。およそ初めて感じる彼の一面を知った。
下着ごとズボンをずり下ろす。直に触れた夏目の性器は先程達したばかりだというのに、既に新たな熱を孕んでいた。
精液に塗れたそれを擦れば、舌の動きは一層淫らなものに変わる。

「ン……んぅ、っは…」

苦しくなったのだろう、唇を離し肩で息をするその吐息は荒い。
呼吸に合わせて手を動かすと、先程よりも滑らかな液体がその先端から伝った。
私の手は勿論、ひくひくと震える秘部をも容赦なく濡らす。
思わずごくりと、喉が鳴った。

「ぁ…なに、を…」

赤く色付くそこへ、濡れた指を這わす。
閉ざされたその肉を撫でる様に刺激すると、思っていたよりも容易く指を飲み込んだ。
夏目の吐息が張り詰めた声音に変わる。
流石に許容の範疇を越えていたのだろう、嫌だともがく様に脚をばたつかせるが
その拍子に、挿入された指先が押し上げるかの如く肉壁を刺激した。

「ァっ…!?」

甲高い声が発せられる。
無理やり肉を引き裂くかの様に指をもう一本そこへねじ込むと、夏目は更に声を漏らした。
奥へ奥へと、突き上げながら肉を撫でる。夏目の細く長い睫毛がふるりと震え、赤く腫らした瞳から涙が零れた。
首元に回された腕に力が込められる。
熱に侵されたその吐息が耳にかかり、こちらの脳までその熱さでどうにかなりそうだ。

ぐちぐちと弄る指を拡げる。真っ赤に充血した肉がぱくりと口を開くそこへ、己の滾る欲望を宛がう。
指を引き抜きその先端をぐりと押し付ける。
細い指とは比べ物にならない程の質量と熱を孕んだ性器に、夏目の声は思わず引きつる。
華奢な腰を押さえつけ、肉を裂く様に欲望を押し込んだ。
まるでその身体に飲み込まれるような感覚。触れ合う場所から互いに溶け合うのではないかと錯覚する。
根元まで飲み込むと、ねっとりと絡みつく肉壁がひくりと震える。
嗚呼、ひとつになったんだな、夏目と。
叶う筈がないと、そう思い続けていた光景が今目の前に広がっている。嬉しさに思わず笑みが零れた。
ゆっくり腰を動かす。
あ、あ、と振動に合わせて声を上げる夏目。
顔を近づけ、伝う涙を舌で拭ってやればその声は甘いものに変わる。
やがて一際強く腰を打ち付けると
びくびくとその身を痙攣させ、苦しそうに言葉を吐き出しながら達した。
…甘い甘い、その声。


「…ぬ、ま……田沼ぁ…!」


急に
すぅ、と頭が冷えてゆくのを感じた。
涙に濡れた宝石の様な夏目の眼に映る、この顔は。
嬲り、陵辱し、恥辱の念を植えつける、この男は。
深く深く淫らに交じり合う、この身体は。この人間は。
私ではなく
この、人間は。




そこからは、思い出せなかった。
何度も手酷く、犯したかもしれない。恐怖に引きつる声で、罵られたかもしれない。
けれども思い出せなかった、思い出したくなかった。
その身に触れられれば良かった。その身とひとつになれれば、それだけで良かった。
下らない欲望の果てに、二人の人間を傷つけた。
純粋な少年の抱く恋心を利用した。純潔な少年を騙しその身を穢した。

…人でなし、と誰かが頭の中で嘲り笑う。
そうだ、自分は人でなしだ。人にはなりたくてもなれない。人になる事など、初めから望んではいけなかったのだ。
所詮私は妖、人間の形を真似たところで真に人間になれる筈はなかったのだ。
…人間という低俗な生き物に、現を抜かす私こそが低俗な生き物なのだ。
涙に濡れた瞳で私を見つめていた、あの視線を思い出す。
彼がその両腕に抱き、求めたものは…呼んだ、名は。

低俗な私などでは、なかった。
彼の中には私の存在など、微塵もありはしなかったのだから。




冷たい夜風が毛並みを撫でる。
かっと見開く瞳は正しく、夜を駆ける野獣そのもの。
人には聞こえないであろう、妖のこの声を、夜の闇へと発する。それは怒号にも似た悲鳴。
脳裏に浮かんだあの少年には、果たしてこの声が届いただろうか。
荒々しい別れの言葉は、そのまま夜の空気に溶けてゆく。

鋭い爪を生やす四つ足で、情や未練を断ち切るように
想いの方向へ背を向け、思い切り土を蹴った。




Like a man








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