※捏造設定注意



初めて言葉を交わしたのは、放課後の教室だった。

「…今見た事さぁ、秘密にしといてよ」

着乱れた制服を直しながら、その男はまるで命令するかの様な声音でそう言い放った。
…折原、臨也。
名前はかろうじて知っていたが、顔も声もその時初めて聞いた。
いや、恐らくもっと前に見聞きしていた筈なのだが、良くない噂を聞いていたからであろうこの男に対する興味が一切なかった。
だから覚えていなかったのだ。

「…ねぇ、お願いだからさ」

関わるべきではないと、頭の中で声がする。
けれども夕日に照らされて、僅かに火照った顔をこちらに向けて紡がれる言葉に
何も、出来なかった。





あの出来事から半月が経つ。
その男はやはり俺に向かって、あの時と同じ言葉を吐いた。

「ドータチン、さっきのアレ秘密にしといてよ、ね」

ただ違うのは、その口調がやけに馴々しいものに変わっているという事と
俺が誰にも口外しないとの確信を持っての声音だと、いう事。
電気が今にも切れそうな階段の踊り場の隅で、座り込んだままのその男は床に散らかった己の服を手に取る。
その様子を俺は、数段下から見上げるように見つめていた。

「お前、今日何人目だ」
「さぁ?そんなの一々数えてないから分からない」
「臨也」

名前を呼べば、短く整った眉が歪む。
不快感を露にした瞳をこちらに向けた彼は、何故咎めるのかと言いたそうに口を開く。
だが言葉を発する事はせず、やがて視線を逸らして着替え始めた。
白い肌のあちらこちらに散らされた紅い跡を、一層赤いシャツで隠される。
服の上からでも見て取れるほど、その体は華奢だった。

「…お前、いつまでこんな事続けるんだよ」
「……」

臨也は立ち上がり、ベルトに手を掛ける。
バックルの金属音がカチャカチャと、やけに五月蝿く廊下に鳴り響く。
今時の若者がどうしてシャツをズボンの中に入れるんだ、と突っ込もうかと思ったがやめた。
やがて上着を羽織った臨也は階段をゆっくり下りてくる。
俺の隣でぴたりと足を止めるが
その視線は、こちらに向けられてなどいなかった。
思わず細い腕を掴む
それでもこちらの顔を見ようとはしなかった。

「…何、離してよ」
「どこ行くんだ」
「家に決まってんじゃん、流石にもう時間も遅いし」

不愉快だ、と全身で告げる様に臨也は答える。
その態度が気に入らない。掴んだ腕にぎりりと指を食い込ませると、ようやく彼は視線をこちらに寄越した。

「…離してよ、京平」

見上げるように
だが獰猛な肉食獣のように
双方の瞳を鋭く光らせ、俺を睨み付ける。
この男が俺の名前を呼ぶ時は、心底怒りを露にしている証拠だ。
それでも手を離す気はなかった。
いつも飄々としていて掴み所が無く、やる事なす事全てがふざけている様に見えるこの男が
"本心を露にしている"
その事実が
どうしてだろうか、俺は酷く嬉しかった。

「臨也、少しは考えろ」
「…何それ意味分かんない」
「少しは自分を大事にしろ、って言ってるんだ」

ヒュッ、と空を切る音がする。
一瞬遅れて痛みが走り、何かがつぅ…と頬を伝った。
俺に掴まれていない方の臨也の手にナイフが光る。なんだ切りつけられたのか、とどこか冷静に思った。

「…あんたに説教される筋合いはないよ」
「説教じゃねぇ」

じゃあ一体なんだっていうの、
再びナイフを構え、こちらに振り下ろそうとするその手を掴む。
力任せに引き寄せると、俺より小さい体が浮いた。
カラン、とナイフが床を跳ねる。抵抗する術を失った臨也の手は、頼りなく宙を彷徨った。





女は勿論、男とも寝る。
年上も年下も関係なく、学校も街中も関係なく
金さえ払えばその身体を自由に使わせてくれる、そんな便利な存在。
俺の聞いている折原臨也とは、そんな男だった。
けれども俺が見ている彼は
俺が見続けてきた、折原臨也は。

「…心配してんだよ、それくらい分かれ」

吐息がかかる程の至近距離で見つめながら、呟く。
俺を見上げる真っ赤な瞳は
まるで今にも涙が零れそうな程、濡れていた。
思えば初めてこいつの、こんな姿を見たあの日も。
オレンジ色の夕日に包まれて、赤い顔をしていたあの時も。
…あの瞳はまるで、泣き出しそうな程に震えていた。
それに気付かない振りをし続けてきたのは、一体誰の為だ。誰の望みだ。
もう一度
今度は強い口調で、告げる。

「お前の事が心配なんだよ、臨也」

いくらでも放っておく事が出来たのに、どうして俺はそうしなかったのか。
未だに続く、俺の唯一の後悔だった。
ただその時
俺の紡いだその言葉にほんの一瞬
本当に、ほんの一瞬だけ、口元を綻ばせた表情と
頬を伝う血を舐めた、舌のあまりの熱さだけが

いつになっても、忘れられないままだった。




助けて、は言わない








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