一目見た時から気に入らなかった
俺を見下ろす瞳の冷たさは、今も昔も変わらない。




他人から奇異の目で見られる事には慣れていた。自分から他人との間に境界線を引いて、生きてきた。
そんな俺に関わろうとする人間は
類は何とかと言う通りに変わった人間しか居ない、不本意ながら。
…だが折原臨也は、そんな"変わった人間"なんてカテゴリに収まる様な男じゃなかった。
どんな奴かと問われても、恐らく彼を形容する正しい言葉は浮かばないだろう。

最初はやけに綺麗な顔だ、と思った。
その次は言う事全てが嘘で塗り固められている、と思った。
仕舞いにはただひたすらに気に食わない、と思った。

そして最後には
この世界で生きるどの生物よりも大嫌いだ、と思った。

「こんなに強く嫌ってる、強く思ってる、それってさぁまるで恋みたいじゃない?」
「黙れ」
「つれないなぁ…少しくらい会話を楽しもうっていう心意気はない訳?」

手前相手にそんな気起きる訳がない、と心の中で毒づく。
そもそもこの男の目を見て、マトモに会話をしようと思う人間が居るとしたら今すぐその面を拝んでやりたい。
何せこいつはその瞳に何も映してなんかいない
人間が好きだと言いながら、薄いガラス玉みたいな両目の奥には人間を見下す色を隠して。
その上に"折原臨也"という色を貼り付けて、本心をひた隠しにして生きている。
俺は思う
折原臨也という生き物は、本当はどこにも居ないのではないかと。
それは周りの奴等が、目の前にいる憎たらしい顔の男が、望んだ偶像で。
今目の前に存在していて"折原臨也"と名乗っているこいつは
きっともっと、別の何かなんだ。
少なくとも俺にとっては、そんな存在。

「で、今日はシズちゃんとやり合う為に来たんじゃないんだよ。だから見逃して?」
「俺が手前を一度でも見逃した事があるか?」
「…ない、ね。あーもう面倒臭いなぁ君、そんなに俺を構いたいの」
「気色悪い事言うな」

冗談だよ、と奴は乾いた笑い声を漏らすと
わざと大げさに肩を竦め、貼り付けた笑顔を俺に向けた。
心底吐き気がするその表情を、俺はもうずっと見てきた。
その表情しか、こいつは俺に向けてなどいなかった。

目の前に立っていた奴は、ざり、とアスファルトの小石を踏み潰して踵を返す。
逃げるつもりか
いつもそうだ、人の心を掻き乱すだけ乱してこいつは消えていく。
一体何様のつもりなんだ、問い詰めたところで答えは得られる筈が無いと知っている。
だから、それなのに、どうして、やっぱり、
果たしてどの単語がこの行動に合うのだろうか?考える事も億劫だが
咄嗟に俺は、奴の腕を掴んでいた。
なんのつもり、と奴は振り返らずに問う。

「…手、離してくれないかな。君とやり合う気はないって言わなかった?」

男にしては僅かに高い声音
だがどこか冷たく、鋭いその声が俺の鼓膜に突き刺さる。
掴んだ手を思い切り引く
俺より低い位置にある二つの眼球と、視線が交じり合う。

「…ほんっと、気に食わねぇ」

今見下ろしているのは俺の方
なのに何故、俺を見上げている筈のこいつの目は何故
俺を見下ろしているあの時と、同じなんだ。

"折原臨也"の口元が歪む
それは微笑んでいる様にも見えて、今にも泣き出しそうにも見えて、けれども俺を嘲笑っている様にも見える。
本当に、心の底から吐き気がした。

「シズちゃん、今、俺の事を心底殺してやりたいって思ってるでしょ」
「…今じゃねぇ、いつもだ」
「そう…やっぱり俺ってば愛されちゃってるのかも。ほら愛と憎しみは表裏一体って言うし」

突き放す様に腕を離した。
奴は僅かによろめいて、やっぱり張り付いた笑顔を浮かべる。

「…俺、シズちゃんの事嫌いだよ。大嫌い。誰よりも何よりも、嫌で嫌で仕方ない」

互いに視線を逸らさずに居た
"折原臨也"を貼り付けた二つの眼球は、貫く様に俺を見る。

「そんな風に思っちゃう存在って、俺にとって君だけなんだよ。悔しいけどさ」

奴の腕が伸びる
少し痛んだ髪にその指先が触れ、くっと掴まれる。
何か反論しなくては、と思った
けれどもこいつの言葉がこれっぽっちも理解出来ない。
もしかしたらそれは理解の出来ぬ言葉なのかもしれなかった、だが俺にはそれさえも分からない。
至近距離に、奴の顔が近付いてくる。
ガラス玉の様な両の瞳には、何も言えず情けなく黙り込んだ俺の顔が映る。
俺は"折原臨也"を見ている筈なのに
それはまるで、俺自身を見つめている様な錯覚だった。
鼻先に奴の吐息が掛かる
吃驚する程、温かかった。

「ねぇシズちゃん、君は境界線を引いてるつもりかもしれないけどさぁ、
 俺を心底嫌う事で実は内に招き入れちゃってるんだよ。
 …気付いてた?」

刹那、目の前が黒に染まる。
視界を塞がれたのだと気付いた時には、吐息よりも一層熱を孕んだものが唇に押し当てられていた。
少しかさついたそれは俺の唇を塞ぐ様に滑る。
やがて奴の舌がぬるりと口内に押し入れられて、漸く俺はキスをされているのだと気付いた。
…何故か、抵抗が出来なかった。
訳が分からない。何故こいつとこんな事をしているんだ、何故、何故、何故。

首の後ろをがしりと掴まれる。
深く入り込んで来た舌は、ただひたすらに俺を貪る。
絡め取られた舌が、ぬるぬると擦れ合う。そこから溶けていく気がして、何だか怖くて。
けれど、それでも良いとすら思った。もう何も考えられなかった。

やがて唇が離れる。
は、と小さく息を吸い込む。塞がれていた両目は光を捉えた。

「…嗚呼、やっぱり」

今まで聞いた事のない声音で、奴は呟く。
熱に犯された、情欲を孕んだその声の持ち主を俺は知らない。
二つの瞳に映る、今にも泣き出しそうな程顔を赤くした男を俺は知らない。
そんな男の目の前に立ち、"見上げる"様に視線を合わせるそいつは



いつだって人を見下していた
本心を隠し、何も映さない瞳だった
それが俺の知っている"折原臨也"だった、のに。

奴は、口元を綻ばせる。
吐き気がする程、反吐が出る程にそれは"笑顔"だった。
折原臨也には似合わない表情で
折原臨也にとてもよく似合う表情で
折原臨也らしくない表情で
折原臨也らしい表情だった。

俺は思う
今まで見てきたそれこそが偶像などではなく紛れも無い"折原臨也"で
目の前に居るこいつはきっと、もっと別の何かなのだと。
じゃないと困るんだ
そんな表情を向けられて、気付いてしまったこの感情をそうでもしないと片付けられない。

「…俺、シズちゃんの事が大嫌い。
 誰よりも何よりも、強く強く、

 そう、想うよ」

嗚呼それはまるで、
『それってさぁまるで』

恋のような、感情。




それはまるで、








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