「シズちゃん髪痛んでる」
「……あ?」

いつもの様に臨也と喧嘩をしていた。
否、喧嘩といっても俺が一方的におちょくられているものなのだが。
手近にあったコンビニのゴミ箱を担ぎ上げ、いざ投げんとしている時に
俺をまじまじと見つめた臨也が、ふとそう溢した。

「遠目で見ても分かるって相当酷いよね…そろそろハゲるんじゃないのシズちゃん」
「うるせぇよ」
「ていうかそれ、もしかして毎度脱色してる?ちょっとシャレにならないと思うんだけど」
「だからうるせぇって…」

わざとらしく小首を傾げながら近付いてくる。
いやちょっと待て、俺等今の今まで殺伐としていた気がするんだけど。
担ぎ上げたゴミ箱はそのまま、果たして投げつけるべきか否かと悩んでいる内に
気付けば目の前に迫っていた臨也の指が、俺の髪に触れた。
頬の横に流れる髪を一房掬い、やわやわと触る。やがて短く整った眉を歪ませ、呆れた顔で俺を見上げた。

「…触っただけで、ギシギシ言うんだけど。死んでるってこれ手入れしようよ」
「…手入れ、してるぞちゃんと。毎日髪洗ってるしドラヤー使って乾かしてるし」
「じゃあトリートメント剤が合ってないんじゃないの」
「は?…トリートメントなんて女がやるもんだろ」
「は?」
「え?」

何言ってんの、と臨也が溜息を吐く。
俺の髪から指を離し、自分の髪を一房掬うと
ほらちょっと触ってみてと言わんばかりにもう片手で俺の腕を掴む。
仕方なしにゴミ箱を地面に放り投げ、黒々とした臨也の髪に触れる。

「どうよ」
「いや…どうって…」
「シズちゃん自分の髪と比べてみなって、これが手入れの差だよ」

言われて己の髪と比べる。
なるほど心地が全く違う、触れた先からさらりと指を滑ってまるで零れ落ちそうだ。
その感触がなんだか物珍しくて、臨也にいい加減にしてよねと怒られるまで夢中に触っていた。
すっかり戦意喪失している俺は、先程地面に放ったゴミ箱に腰を降ろす。
ちょっとケツが痛いがまぁ、座り心地は悪くない。ポケットから煙草を取り出した。
臨也も同じなのか、ふらふらと変なステップを踏んでガードレールに腰掛ける。

「兎に角さぁ…シズちゃんただでさえキツい染め方してるんだから、もっと髪を労わらないと」
「…なんで手前に心配されなきゃいけねーんだよ」
「別に心配なんてしてないけど」
「なんだそれ」

煙草に火を点ける。肺まで思い切り吸い込み、すうと煙を吐き出した。
宙に霧散してゆく様を見るのは嫌いじゃない。
ふと横に視線を向ければ、何か言いたそうな顔で臨也がこちらを睨み付けていた。
がりがりと頭を掻く。

「…なんだよ」
「いやー、髪染めて煙草吸って、早くくたばればいいのにしぶとく生きてるなぁと思って」
「安心しろ手前を殺すまでは死なねぇ」
「うーん全然嬉しくない」

臨也はポケットからナイフを取り出す。
だが俺に向けるでもなし、指先でくるくると弄ぶだけだった。
…いつ振りだろう、こんなに会話を交わすなんて。
顔を突き合わせれば常に一触即発、物を投げつけて殴りつけて切りつけられて。
それがあまりにも当たり前過ぎて
心中は穏やかでないにしろ、落ち着いて言葉を交わしているこの状況が不思議だった。

「でもさぁシズちゃん」

高く透き通った声で、臨也は呟く。

「俺って髪も染めないし煙草も吸わないし、朝弱いけど何だかんだで規則正しい生活してるし。シズちゃんより長生きしそうなんだよね」
「まぁ神経は図太いからな」
「それは関係ないでしょっていうかちょっと失礼じゃないの」

けらけらと、本当に楽しそうに笑う臨也の顔を
そういえば久々に見た、気がする。
あるいはいつも、こんなに楽しそうに笑っていたのかもしれないけれど。
吐き気がする程大嫌いな男の顔をまじまじと見て、何だか面白くない気がして。
煙草を思い切り吸い、その煙を臨也の顔面目掛けて吐き出してやった。
途端に咳き込み、ちょっと綺麗な顔が歪む。

「っ…げほ、けほっ……ちょ、ひど、なんなの君…」
「…手前も、早くくたばればいいのにと思って」
「ああそう……ン、っ」

細い顎を掴んで引き寄せる。
奴の薄い唇を己の唇で塞ぎ、肺の奥深くまで吸い込んだ煙を送り込んでやる。ざまぁ。
軽く触れただけで離れていったそれは、少しかさついた俺のものとは違ってやけに柔らかかった。
互いに顔を見合わせて、しばし無言。
じとりと睨みつける瞳には、気のせいか涙が滲んでいた。

「…あのさ、ほんと何なの」
「ニコチン摂取させてやろうと、良かったな血圧上がるぞ」
「そんな事しても寝起きの低血圧なんて変わらないっていうか肺まで煙入れてないから意味無いよ」
「吸い込めよ」
「無茶言わないでくれるかな、っ…」

煙を、先程よりも深く深く吸い込む。まだ何かぐちぐちと喚く奴の頭をがしりと掴んで、引き寄せた。
噛み付くように唇を塞いで、煙を送り込む。
俺の服を掴み、嫌だ嫌だと顔を振って逃げようとする臨也。
そのくせ舌を絡ませればそれに答える。矛盾してるなと可笑しくなった。
周りを歩く奴等がこちらを見る。何か言っているがまぁ気にするな手前ら、大丈夫これ殺し合いだから。
だから、もっとちゃんと煙吸い込め。
肺の奥の奥までニコチンまみれになれ、そして少しでも早くくたばれ。

ん、と鼻にかかる声を漏らす臨也。
掴んだままの髪を撫でると、艶やかな黒がさらさらと掌や甲を滑った。
帰りにどっかでトリートメント剤でも買っていくか、なんてぼんやり思いながら
奴が酸欠で死にそうに喘ぎ出すまで、ずっとキスを繰り返した。

…ついでに煙草も、一箱買って帰ろう。




死にたがりと、殺したがり








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