欲色の疑問符



自分でも何故そんな事を訊ねたのか分からない。
ただふとした拍子に疑問が浮かび上がった、それだけなのだが。

「静雄、お前オナニーちゃんと出来てるか?」

俺がその言葉を口にした直後、静雄は固まり果たしてどう返答すべきなのかと困惑の表情を浮かべた。
あーしまった、自分で口にしたくせにこれはあまりにも不躾な質問だったと後悔する。

「すんませんトムさん、あの、どういう意味で……」
「いやーほらお前、ちょっとでも感情高ぶったりするとすぐ力入っちまうだろ?」
「あー」

だから興奮状態で果たして自分のモノを痛めず、最後までちゃんと満足出来てるのか、と。
心配半分、好奇心半分。単なる疑問だから受け流して欲しかった。
別に答えなくてもいいんだぞ、と軽く笑いかければ、はい、と困った様にはにかむ静雄。
こいつ変なところで純粋だからな、気にしないでくれりゃいいんだけど。
とんとん、と書類の束を机の上で揃える。
社長や他の社員はとっくに居ない、あとはこの書類を片付ければ残業から開放されるという時に。
何で俺は余計な事を言っちまったかな。少なからず後悔した。

「……あの、トムさん、その」
「ん?」

俺の背後、ソファに腰掛けたまま動こうとしない静雄がおずおずと口を開く。
あーしまった、これは完全にさっきの話題を気にしているな。
何か気の利いた事でも言って別の話題を振るとするか、振り返るが果たして言葉を発する事は出来なかった。
俺のスーツの裾をくっと掴んだ静雄が、まるで濡れた子犬のように困った目で、見上げる。

「おれ……した事ないんすけど、自慰」

そして発せられた言葉に
今度は俺の方が、どうしていいものかと眉を顰めるのだった。




「……なんで俺等こんな事、してんのかね」

しんと静まり返った真っ暗な事務所の中。
ソファにもたれるよう床へ腰を下ろし向かい合う男二人。
それだけでもおかしいというのに、この状況は一体なんだろうか。首筋にかかる静雄の息は荒い。

「すんません…俺が、変な事、言った、から……っ」
「あー、いいから、喋んなくても」
「はい……ぁ、うっ……!」

あくまでも事務的な手つきで、規則的な刺激を与える。
それだけでもう溢れ出した先走りが、たらたらと俺の指先を伝い落ちた。
びくびくと硬くなる静雄のそれは、なるほど他人の手どころか刺激そのものに慣れていないらしく初心な反応を示す。
何故だか、可愛いと思った。

「静雄、気持ちいいか?」
「んっ……はい、すご、いいっす……」
「そっか、なら良かった」

俺の肩へとしな垂れるように顔を埋めていた静雄がゆるんだ笑顔で答える。
長いこと付き合ってきた後輩のこんな顔、初めて見た。
ひどく興奮した。男相手にこんなの絶対おかしいだろ、頭では分かっていてもどうしてか抱いてしまう劣情。
わざと煽るように、たらりと蜜を零すその先端をぐりぐり弄る。
途端にひっと声を漏らした静雄は、俺に触れないようにと床に押し付けていた手をぐっと握り締めた。
気付けば足が震えている。下着も何もかもを脱ぎ去ったその細い太腿は、かろうじて筋肉がついているという位で。
華奢だな、改めて思う。
くたりと埋められた頭も、寄りかかる身体も、何もかもが頼りなくて新鮮だった。俺の知ってる静雄は果たしてこんなんだったか。

「トムさ……トム、さん……っ」

絞り上げるように一際強く竿を擦れば、まるで今にも泣き出しそうな声音で静雄が俺の名を呼ぶ。
なんだお前、そんな可愛い声も出せるのな。
一度抱いた欲の念はそのままじわじわと思考を侵食してゆく。
ごくり、唾を飲み込む音が自分の喉から発せられたと気付くまでに時間を要した。

「……なあ、静雄、顔上げて」
「へ……」

そろりと上げられた顔は赤い。顎を持てば同時に静雄は、あっ、と小さく声を漏らした。
どうせ、キスもした事ないんだろうな。
薄い唇を舐める、それは思いのほか柔らかい。
そのままぱくりと唇を食べてしまうと、絡めた舌の熱さにぞくりとした。
俺って後輩の男相手に興奮するほど変態だったっけ。浮かんだ疑問を打ち消すように手の動きを早める。
だらだらと垂れ流された先走りが俺の手を、静雄の脚を、互いを穢してゆく。
むせ返るような雄の匂い。ちっとも不快じゃなかった。

「っは、あ……トムさ、もう、だめっす……」

静雄は唇を離してぎゅっと目蓋をつむる。直後、俺の手のひらが静雄で染まった。
どろり、少々黄色がかった白いそれは嗅ぎなれた自分のものとはまた違った独特の臭い。
生々しいほどのそれをぶちまけた彼は、初めての感覚にはあはあと激しい呼吸を繰り返す。
上気した頬を撫ぜるとまるで子供みたいに無邪気な笑顔を向けるものだから、ついつられて口元が緩んでしまう。

「初めてにしちゃ上出来だな」
「それ、褒めてるんすか」

笑う静雄はいつも通りで、けれども俺は知られざる一面を知ってしまった後だ。
図体ばかりがでかくて、いつだって後をついてくる無垢な可愛い後輩。ついぞさっきまで抱いていた印象はほんのひと時でその形を変えた。
そうして俺の肩にくたりと寄りかかる火照った身体へと尋ねる。
単なる疑問なんかじゃない、先にあるものを確実に期待するその一言。

「静雄、お前セックスってしたくないか?」

彼は思案するように視線を泳がせて、たっぷり呼吸を置いた後におずおずと口を開く。

「……それも、気持ちいいっすか?」
「ああ、気持ちよくしてやるよ」

静雄の頭に浮かんだ純粋なる疑問は、俺のどす黒い欲望に飲み込まれた。


END.







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