交換条件はいつだって不平等



「どうして居るんですか」

目の前に立つ少年は心底不機嫌そうに呟いた。
どうして居るんですか、こっちが聞きたい。僕は明日の非番を有意義に過ごすため、珍しく早い時間に仕事を片付けてとっとと帰るつもりでいたんだ、それなのに。

「文句があるなら君のおじさんに言ってよ」

ねめつけるような視線を受け流すようにさっと顔を背ける。
その先にある台所ではこちらのやり取りになんぞ気づいてないのか、楽しそうに鼻歌を口ずさみながら洗い物をする少女とコーヒーを淹れる父親が仲良く肩を並べていた。
二人の背中を見つめて、はぁ、と深くため息を吐き出し少年は手にしたままの鞄をぶんと振り回す。
ばしん、激しく頭を打ち付けられて思わずおい、と声を上げるが少年は素知らぬ顔で二階へと上がっていった。
何だよまったく、謝罪くらいしろよガキが。
じんじん痛む後頭部をさすっていると少年の父、というよりは僕の上司である男が湯気の立ち上がるマグカップを眼前に差し出した。

「あ、すんませんわざわざ」
「砂糖とか入れるなら自分でやってくれな。孝介と話してたみたいだが何かあったか?」
「いや、特には」

誤魔化すように愛想笑いを浮かべると、上司はさして興味もない質問だったようで「そうか」と呟くだけだった。
マグカップに口を寄せると湯気は思いのほか熱い。
これじゃ飲めないじゃん、文句を言う訳にもいかずふーふーと冷たい息を吹きかける。

「ねえ足立さん」
「ぶっ!?」

唐突にすぐ近くから少年の声がして、思わず肩をびくつかせた拍子に熱いままのコーヒーにちょっと唇をつけてしまった。
おい痛いんだけど、熱い通り越してるんだけど、ていうか君いつの間に降りてきたの。
恨めしげな視線を向けた先にはだらりと軽そうな私服に着替えた少年が、分厚い教科書を手に立っていた。
ああ、そういう事。この家に呼ばれるのは大抵この少年絡みだ、来てしまった以上拒絶する術は僕にはない。

「おじさん、足立さん借りるよ」
「おう、足立ー厳しく頼むぞ」
「はぁ…」

ため息交じりの返事に少年はどこか意地の悪そうな笑みを浮かべる。
クソ、最悪。熱々のマグカップを手にしたまま少年の後をついて階段を上がると案の定彼の自室へと通された。
物が少ない割には生活感のある、年頃の男の子にしてはきちりと整頓された部屋に入るのはもう何度目だろうか。
彼はまるで僕の事など視界に入っていない、そもそも意識すらしていない、と言いた気な様子でさっさと勉強机に向かう。
仕方なく背後から手元を覗き込めばそこそこ難しそうな式を、几帳面な字でさらさら流れるように解いていた。

「なんだ、僕が見てあげる必要なさそうじゃん」
「……このテキスト、解答ページは学校に預けてあるんで。足立さんどうせうちで夕飯食べたんでしょ?その分だけでも働いて下さいよ」
「かわいくねー」

少年のペンがノートの上を滑ってゆくたびに増す苛立ち。
本来ならこんな生意気小僧の家庭教師もどきなんてしたくないんだけれど、もはや上司命令だから仕方ない。
早く解いてよね、と冷たく言い放ってどかりとベッドへ腰を下ろした。
手にしたままだったマグカップの中身をあおる。
もうすっかり冷めたそれは妙な苦味を伴って、火傷した部分をひりひりと刺激した。クソ、なんんだよもう。ぐいと一気に飲み干して空のカップを荒くテーブルに置いた。

「ねえ、まだなわけ?早く帰って休みたいんだけど」
「もう少しくらい待って下さいよ」
「やだよ、大体さっき君に驚かされた所為で火傷して痛いんだよね」

途端にぴたりと彼の手が止まる。
なに、もう終わったの。見やった少年の手にはノートも教科書も何一つ持たれていない。
男にしては細くきれいな指が伸ばされて、柔らかな指の腹が僕の下唇をなぞった。

「足立さん、どこ火傷したの?ここ?」

華奢な体が両足を跨いで乗り上がる。
思わず支えるように腕を回せば、わずかに捲り上がったシャツの下から白い脇腹が覗いた。
つい釘付けとなる視線に彼は乾いた笑いを漏らす。

「足立さんってやらしいね」
「どこがだよ、君がこんな服着てるからいけないんじゃないの」
「……じゃあ脱ぎましょうか?」

わずか高みから見下ろす瞳は生意気で綺麗で、やらしい。
本当は自分が脱ぎたいだけでしょ、ぶかぶかのシャツを胸元まで捲れば既に小さなふたつの膨らみはぴんとそそり立っていた。
まじまじ見てやろうと顔を近づければ彼の手が後頭部をぐっと支え、まるで自らねだるように胸元へと押し付けてきた。
アーもうほんとやらしい、なんなのこいつ。
虐めてやろうと真っ赤な突起を口に含んできゅっと歯を立てれば案の定彼の口からは高い声が上がった。

「あンっ……も、ほんと、変態なんじゃないですか」

君に言われたくないなぁ、口に含んだまま喋る。勿論わざと。
舌先で転がしたり音を立てて吸い付いたりと好きなようにいじれば彼の指先には益々力が込められる。
あんまり強く握られると髪抜けちゃいそうだし、やめてほしいなぁ。訴えるように見上げた少年の顔はまるで女の子みたいにとろとろして、とてもじゃないけどあの上司には見せられない。
ちゅ、と音を立てて唇を離すと彼の口からは、あっ、と物足りなさそうな声が小さく漏れた。

「言ったでしょ、火傷して痛いんだってば。舐めてよ」

べ、と舌を出せば素直に彼は舌を舐め合わせる。
はぁ、と生暖かい吐息が互いの口から吐き出され心なしか体温も上昇し始めた。
首元を締め付けていた窮屈なネクタイを解いて、シャツのボタンを外す。
開いた胸元をぱたぱた仰ぐと少年は舌から唇、首筋へと移動するように唇を這わせた。

「なに、スイッチ入っちゃったわけ?勉強は?」
「足立さんだってこっちの方が好きなんでしょう」
「まあね」
「俺、解くの早いんで。ちょっとくらい息抜きしましょうよ」
「エロガキだなあ」

ちらりと壁にかけられた時計を見れば、すっかり普段の仕事終わりと変わらない時間になっていた。
何のために早く仕事を上がったんだか分かりやしない、まったく散々だよ。せめてそれなりの報酬は貰いたいよね。
スラックスの前を広げれば上に乗っていた彼が床に膝をついて、僕の下腹部に顔を近づけた。

「はい、ここも火傷したから舐めて」
「……足立さんそれおっさんみたい」
「うるさいなあ、熱いんだからどうにかしてよ」

既にギンギンにおっ勃ったそれでぺしりと彼の頬を叩く。
一瞬嫌そうな顔をして、けれども真っ赤な舌を覗かせたと思えば彼は側面や筋を丁寧に舐める。
熱い舌が熱いそれを擦るように舐めるものだから、本当に火傷するんじゃないかと一瞬不安になった。
彼の柔らかな口内にぱくりと咥えられる。長い睫毛を伏せて額にうっすらと汗を滲ませながら、彼の頭がゆっくり動かされる度その口元からじゅぷじゅぷ漏れる音に思わず眩暈を起こしそうになった。
あの上司が大事にしてる子が、まさかその部下の性器を咥えているなんて誰が想像出来るだろう。
自然と喉の奥から笑みが込み上げてくるのを堪えて、甲斐甲斐しくしゃぶる彼の頬を撫でてやる。
まさか気遣うように触れられるとは思っていなかったのか、大きく目を見開いてこちらを見上げた。相変わらずその瞳はとろけていて、ついさっきまでの生意気さなど欠片もない様子につい気分がよくなる。

「ね、このまま口に出していい?」
「ん……」

こくんと頷いて彼はいっそう舌の動きを早める。
窄められた唇の締め付けは良好で、根元からの吸い上げるような刺激に呆気なく僕の性器は精を吐き出した。
びくびくと細かく脈打ちながら彼の口内へ発射する。眉間に皺を寄せて数秒間固まったのを見て、あー流石に出しすぎたかなと不安になるが、時間をかけてゆっくりと飲み干してくれた。
ごくん、一際大きく白い喉が上下して唾液まみれの性器が唇からずるりと抜け出る。

「月森くん、平気?」
「……」

喉がいがいがとするのか、顔をしかめながらも彼は首を縦に振った。
なんだかんだ言って拒絶しない辺り、僕はこの子を憎めない。
普段もこのくらい可愛げがあればいいのになぁ、なんて思っていると彼は乱れた服を整え再び勉強机と向き合った。

「あれ、続きは?しないの?」

だるい体を起こしてべたべたに汚れた下腹部をティッシュで拭う。彼は僕を無視するようにペンを走らせるので、なんだよもうと悪態をつきながらスラックスを穿き直した。
するとややあって階段を上る足音が聞こえた。まさか、耳を澄ますと思った通りその足音は部屋の前でぴたりと止む。
コンコン、控えめながらも強いノック音は顔を見ずとも誰のものだか分かりきってしまう。
やべーあと少し遅かったらバレてたかもじゃん。無駄に心臓がバクバク鳴った。

「孝介、もう遅いからそのへんにしろ。足立も悪かったな」
「あ、いえ……」

ドア越しの声に未だ動悸は治まらない。
上司の親戚、しかも未成年に手を出したのがバレたらただじゃ済まされないもんな。ついつい頭の中に浮かんだ想像を、ぶん、と首を振ってかき消す。

「待っておじさん」

不意に少年が立ち上がる。
その手に持たれたノート、ちらりと見えたページには何故か採点した覚えのない赤色のチェックが山ほど書き込まれていた。
彼が開いたドアの向こうには嫌というほど見慣れてしまった上司の姿があって、思わず顔を背ける。

「ん、どうした」
「これ次の試験範囲なんだけど、思ったよりも出来なくて」

でっち上げた採点ノートを見せて、彼はどこか子供らしい笑顔をおじに向けた。

「足立さん、明日非番なんだってね?今夜は泊まって勉強教えてくれるみたいなんだけどいいかな?」
「!?」

おい待て何でそれを知ってる、あと肝心の足立さんがその話初耳なんですけど。
僕の意見を聞くこともなく上司は「おお悪いな足立」なんて暢気な笑みを残してさっさと自室へ消えてしまった。
ぱたんと閉じられたドアの音さえどこか空しく響く。ノートを手に振り返った少年は、どこか意地の悪そうな笑みを浮かべて僕に告げたのだった。

「足立さん、俺も舌を火傷しちゃったみたいなんだよね」

ああもう、絶対、次の休みはあんな上司から逃げ切ってやる。
心の誓いはけれども擦り寄ってくる少年の熱に、溶かされてしまった。


END.







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