空腹戦争



「シズちゃん俺お腹すいたー焼きそば食べたい」
「っ……」

ベッドの上で子供みたいに頬を膨らませながら空腹を訴える、男。
に、声を掛けられ額に青筋を浮かべる、俺。
誰よりも何よりも吐き気がする程大嫌いな人間と同じ空間に居る、その事実だけで思わず物を投げ飛ばしたくなる。
けれどもそれをしないのは、ここが大事な自分の家だから。
ついでに言うと大嫌いな人間…折原臨也は、両腕両足に包帯を巻きつけベッドから一ミリも動けない状態で居る。
いくら嫌いであろうともそんな状態の人間に危害を加えるというのは流石に道理に反していると思うし、
何より奴がそんな姿になったそもそもの原因が、俺にあるのだ。

「…焼きそば、インスタントしかねぇんだけど」
「いいよそれで、君の手料理なんて想像しただけでもゾッとするからね」
「おいこらどういう意味だ」

怪我をしていようとも口だけは達者な臨也を一睨みし、渋々キッチンへ向かう。
お湯を沸かし、買い置きのカップ麺の中から薄味のインスタント焼きそばを選んだ。
確か昔こいつが薄味派だとか言っていたのを、覚えている己の脳味噌が忌々しい。

俺はあくまでいつもの様に、池袋へ現れた臨也を張り倒しに行った。
自販機や標識を投げつけてブン回した、そうあくまでもいつもの様に。
なのに奴はいつもとは違う行動を取る。俺の攻撃を分かっていた筈なのに、ちっとも避けようなどとはしなかった。
その結果があの怪我だ、俺との喧嘩で滅多に傷を負うことの無いあいつがこんなザマになるだなんて思ってもいなかった。
…だから、気が動転して自宅に連れて来てまで治療しちまった。それだけの事だ。
それだけの事なんだが。

「…つーか新羅呼べば良かったじゃん、俺」

出来上がったカップ焼きそば片手に部屋へ戻ると奴は、余程腹が減っていたのか臨也らしくない笑顔を浮かべた。
何だろう、そんな顔されると嫌いな人間相手でもそんなに悪くはないかと錯覚してしまう。
身を起こしてベッドへ大人しく鎮座しているその横へ、焼きそばの容器と割り箸を置く。

「おら、食え」
「…あーんしてくれないの?」
「何で俺がそんな事しなきゃならねぇ」
「だって、両手とも包帯だし食べにくいんだよね」

俺が適当に巻いた、いかにも不器用丸出しの包帯がぐるぐると巻かれた両手を上げる。
骨が折れた訳でもなし箸が持ちにくいぐらい我慢しろと思ったが
俺の責任なのだ、ぐっと堪えた。
諦めてベッドサイドに腰掛け、若干斜めの体勢になりつつも臨也の方へと体を向ける。

「…ほら」

一口分の麺をつまんで臨也の口元へ持っていく。
ずるずると音を立てて吸い込めばいいものを、恥ずかしいのか何なのかちまちま麺を吸い上げる姿が
まるで小動物みたいだな…なんて思いながら、その様子を観察する。

「んぐ……、シズちゃんこれソース薄すぎ、ちゃんと混ざってないよ」
「人様に食べさせてもらっといて文句言うな」
「ていうかじっと見ないでくれないかな、食べにくいんだけど」

甲斐甲斐しく世話してやってるのにこの態度。
じゃあ勝手に自分で食っとれと言おうとしたが、口を開けて次をと急かす臨也が何だかおかしくて。

「…なんか、その…アレだ、悪かったな」
「ん、何が?」
「何ってその怪我に決まってんだろーが」

臨也は与えた焼きそばをもさもさと食らいながら、包帯の巻かれた手足を眺める。
ゆったりとした咀嚼を繰り返し、ごくん、と飲み込む音がした。

「…今更謝られても調子狂うんだよね。そもそも殺すつもりの相手に怪我させたからって、どうして罪悪感なんか感じる訳?」
「それもそうだな」
「そうだよ、シズちゃんヘンなの」
「手前に言われたくはねぇけどな」
「それよりシズちゃん下手すぎ、口の周りソースだらけになっちゃうじゃん」
「てめぇが上手い食い方すりゃいいだろ」

なんやかんやとケチをつけながらも大人しく食べる臨也。
そういや高校時代も食事の時だけはやけに素直だったなこいつ、ぐちぐち言うのは相変わらずだけど。
口元へ差し出した麺を大口開けて食らう表情はおよそ折原臨也には似合わぬ間抜け面で、
いつもこんだけ隙があれば少しは可愛気もあるのに、と残念に思う。
いや別に可愛いも可愛くないも構わず嫌いなんだけどな。

やがて食べ終えた臨也は、唇の端についたソースを舌でぺろりと器用に舐め取る。
だが残念、もっと頬の方にまでソースついてんぞ。頬へと手を伸ばし指先で拭ってやる。

「……え」
「ん?なんだノミ蟲」
「いや…その」

指先についたソースを舐める。
そういえば俺食事してないや、だからか余計濃い味に感じるなぁ。
なんてどうでも良い事を考えていると、どういう訳か臨也は居心地悪そうに俺をじとりと睨みつけた。

「…シズちゃんってそういうとこ、無自覚だよね」
「何がだよ」
「…別にいいけど」
「だから何がだよ」

いつもは自信に満ち満ちているこいつの、どこか子供のような情けない表情がなんだか新鮮で思わずじっと見返す。
が、矢張りむかつく顔には変わりないのですぐに視線を逸らした。
今日は一々調子が狂う日である。
何となく手持ち無沙汰で、空になったカップ麺の容器を箸でつつく。

「そういや手前、なんで避けなかった」
「…お腹、空いてたから」
「は?」

予想もしていなかった返答に、思わず素っ頓狂な声を上げる。
ちらと視線だけを向ければ先ほどとは一変して、普段通りの捕らえどころがない笑顔がこちらを見やった。

「腹が減ってはなんとやら、ってよく言うじゃん」
「…あー」
「そもそも単細胞のシズちゃんはこの言葉自体知ってるの?」
「馬鹿にしてんのかお前」

思わずごつんと臨也の頭に拳を振りかざす。
いた、と小さく声を上げて恨めしそうな目でじとりと見つめてくる奴には少し、気分が良い。
空の容器を片付けようとベッドから腰を上げる。
途端、立ち上がるとほぼ同時に己の腹からは、ぐう、と何とも間抜けな音が響いた。
思わず互いの顔を見合わせる。
にたりと、まるで獲物を見つけた捕食動物がごとく不敵な笑みを浮かべた臨也に対して今度は俺が、情けない表情を浮かべた。

「あれー?大人しいと思ったらシズちゃんも腹が減ってはなんとやら?」
「くっそ…」

人を小馬鹿にするけらけらとした笑い声を背に聞きながら。
一刻も早く戦をしてやろうと、キッチンの食料棚を漁るのだった。


END.







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