それはきっと見つからない



「なぁ、放課後、一緒に勉強しねぇ?」

前の席、ぴんと伸びた背中をつんつんとシャーペンで突きながら、そう問いかければ。
色素の薄い銀髪を揺らしながら、彼――月森が振り向く。
真面目に授業を受けていたところを邪魔されたからか、はたまた単に突かれた事が鬱陶しかったからか
眉間に皺をよせながら、少々苛ついた声音で彼は答えた。

「…別に、構わないけど。場所は?」

一瞬断られるかと覚悟したが、思いの外この男は優しいようだ。
教壇で弁を取る教師に咎められぬよう、僅かに顔を近付けてこそこそ話しかける。

「ジュネス…は、クマが居るし集中出来ねぇよなぁ」
「じゃあ、うち来るか」
「いいの」
「菜々子の邪魔さえしなけりゃな」

くすくすと意地の悪い笑みを浮かべる月森が、何だか憎らしい。
話を聞いていた千枝も、アンタが居ちゃ菜々子ちゃんだって宿題出来ないもんねー、なんて言いやがる。
くっそお前等、俺の事なんだと思ってんの。頭でもはたいてやろうかとノートを構えるが、危うく教師と目が合いそうになり諦めた。

「じゃあ、今日はここまでだ。テストに出すかもしれんからしっかり覚えておくように!」

教師の一言が耳に痛い。
迫りくるテスト期間に恐怖しながら、いそいそと荷物を鞄へ詰め込んだ。




月森の家へ来ることは滅多に無い。
今日だって久々だからと妙に緊張して、ここまでの道中さんざん笑われた。
しょっちゅうつるんでる間柄ではあるけれど、二人きりとなるといまいち距離感が掴めない。
だから本当は、菜々子ちゃんも交えてこう仲良く、緩やかに、キャッキャとだな…

「菜々子、俺達は上で勉強するから」
「うん分かった、お邪魔しないようにテレビ観てる」

俺の願いも空しく、現実はこうである。
別に気まずい訳じゃない、ないのだがどうも身の振り方が分からないのも事実で。
俺ってここまで友達付き合い下手だったっけ、浮かぶ疑問符。

「じゃあ上いくか、花村」
「…え、あ、うん」

靴を脱いだまま玄関で立ち往生していた俺を急かすような、月森の声。
まぁ、言っても勉強するだけだしな。
何をあれこれ考える必要があるのかと己を笑う。誤魔化すようにわざと音を立てながら階段を上がった。




「で、本題はこれにございます月森先生」

カーペットに正座し、ベッドサイドへ腰掛ける彼にノートを差し出す。
それを受け取った月森はちらとページを捲り、途端に攻め立てるような視線を俺へと向けた。
ついつい視線を逸らしてしまう。

「…なんでノート真っ白なんだ」
「いやーその、この時俺は眠気と絶賛格闘中で」
「誰だよ一緒に勉強って言った奴、これじゃ俺が教えるだけだろ」
「ごもっともでございます!ですがどうかここは、今度肉でも奢るから!」
「いや別に肉は要らないけど」

とりあえず教科書出せ、と呆れた声音で急かされる。
こんな有様でもしっかり面倒見てくれるとは、何だかんだと言って優しい奴だと思う。
机へと向き直り、教科書を開く。肩がつきそうな程密着した月森が、隣りから紙面を覗き込んだ。

「このページはここだけやればいいから」
「公式は?これ?」
「そう、次のページも同じ、ただ引っ掛けがあるから要注意」

細い割には男らしい指が、教科書を滑る。
その動きをつい追いかけながら、教わった通りに問題を解いていった。
月森はといえば、教えるだけ教えて後は我関せず、といった態度で別の教科書を捲る。

「…お前、それ予習?」
「いちいち気にしなくていいからとっとと進めろ」
「冷てえなぁ…」

言われたとおり黙々と課題をこなす。
しかし忍耐力が足りないからか、はたまた勉強に対する熱意不足か。
一ページ進めるごと目に見えてスピードダウンするペンの動きに、はぁ、と月森の口からなんとも大仰なため息が飛び出した。
ああこれは間違いなく呆れてる、下手すれば説教も覚悟だな。
びくりと身構えつつペンを走らせていると。
ごく自然な様子で、彼の頭が俺の肩へともたれ掛かった。

「…えっ」
「ああ悪い、書きづらいか」
「いや別に平気…」

もたれる体はずしりと重い。そんでもって、あたたかい。
何だか不思議だった。元々そんなにスキンシップをする方じゃないこいつが、くっついてくるとかさ。変だろそんなの。
ちらりと視線を月森に向けるが、彼は相変わらずこちらをさして気にも留めず教科書を読み続けていた。
なんだこれ、どういうこと。
決して俺の頭が弱いとか、そういうんじゃない。多分ここに里中や天城が居たらあいつらだって同じように思う筈だ。

「…なぁ花村」
「は、はい」
「俺たちって何なんだろうな」

唐突な問いかけに俺は、その意図を汲み取れず手を止めた。
どうしてこんな事を言うんだとか、そもそもどういう括りでの俺たちに対する疑問なのかとか、頬へ触れる銀の髪がくすぐったいとか。
色んな思いが頭の中をぐるぐると駆け巡り、それでも俺の口から飛び出る言葉は当たり障りのない回答しかない。

「その答え、勉強に必要なの?」
「いや…別に、なんでもない」
「そっか」

つまらない俺の答えをやはり、月森は気にすることなく本を読み続けた。
…あほらし。再びペンを走らせる。
だがどういう訳か文字を追えどその内容が頭の中へと入ることは、ない。
ぐるりぐるりと月森が投げかけた疑問が脳内を占領する。俺たちって何なんだろうな。
俺たち、俺と月森。
人間で、男で、高校生で、テレビの中に入れて、そんで。

「花村、さっきから全然進んでないけど」

肩に乗ったままの頭がもぞりと動き、俺の手元を覗き込むようにその身が寄せられた。
途端に鼻腔をくすぐる匂い。
シャンプーか、これ。すっとして清潔そうで、ちょっとだけ甘い。

「…なぁ月森、俺たちって何なんだろうな」
「…それさっき俺が聞いたじゃん」
「多分お前が聞こうとしたのとは意味が、違うよ」

しょっちゅうつるんでる間柄ではあるけれど、二人きりとなるといまいち距離感が掴めない。
俺たちって、何なんだろうな。

月森の手からとさり、と教科書が落ちる。
見た目以上にがしりとした肩を掴めば、その身体は頼りなさそうに揺れた。
細い銀の髪が散らばる。
カーペットを背に彼はまるで、さっき教科書を読んでいた時のように、なんの興味すら宿していなさそうな目で俺を見上げた。
さらけ出された白い首筋に唇を寄せる。
仮に俺が捕食者ならば今のこいつは単なる餌だ。けれどそれは俺の求める答えとはきっと、違う。
じゃあ、放課後一緒に勉強する仲の良い友人だろうか。恐らくそれも正しくはないだろう。
だって、友人ならばこんな事、しない。
掴んだ月森の手にそっと口付ければ、ほのかな汗の匂いがした。
本を持つ指、シャーペンを握る指、前髪を鬱陶しそうに払う指、剣を握り締める指。
見知ったはずのそれから香る匂いがなんだか異常に、興奮した。
指の付け根に舌を這わせると、恐らく今日初めて、月森が涼しげな表情を僅かに歪ませた。

「…これ、答え探しと関係あるの?」
「分からねぇ、だから今その答えから模索中」

べろりと舐めあげた手のひらからはやっぱり汗の味がした。
ちょっとしょっぱい、でも不思議と嫌じゃない。次いで手首に噛り付けば、月森の眉間に皺が寄せられた。
はぁ、と互いの唇から漏れ出す息は荒い。それは戦闘での疲労とはちょっと違っていて、そんな互いを見るのはきっと初めてだ。
今までそんな姿を見せ合うことはなかった、そんな関係が俺たち。
行き着いた答えはやはり、求めていたものじゃなかった。

「なぁ、月森も探してよ」

一緒に勉強、しようって言ったじゃん。
月森は頷かない。
そのくせ伸ばされた腕は引き寄せるように俺の首元へと絡みつく。
いつだって涼しげだった瞳をぎらつかせた姿に、彼の真理を垣間見た気がした。


END.







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