押し殺した想い


戻ったのは空が白み出す少し前
すっかり乾きこびり付いた血を落とす為、浴室へと足を運ぶ。

衣類を適当に脱ぎ捨て、シャワー栓を捻ると水が勢いよく出たが
少しずつお湯へと変わっていく。
乾いた血は水分を含むとすぐに落ちた。
僅かに赤く染った水が排水溝へ吸い込まれていくのを眺めながら
心に残った想いも一緒に流れてはくれないかと思う。

襲撃される事をちゃんと伝えなかった事への後悔を。
今日、彼女の温もりを知ってしまった事への後悔を。
あの夜、強引にでも彼女を攫っていれば良かったと言う手遅れな考えを。

全て無かった事にしてしまいたかった。

しかし数時間前、彼女に触れた部分が未だに熱を帯びている。
涙で潤んだ銀灰色の瞳が脳裏に焼き付いている。
透き通った声も、ほんのり甘いその香りも全て無かった事にはしたくないと
身体が、心がそう言っている。

あれは何時だっただろうか。
己の道を振り返った時、我の道には何も無いと。
本当に欲しいものを前にしても爪を突き立てる事しか出来ず
手を伸ばせば伸ばすほど遠く離れていくと。

今も、そしてこれからも過去を振り返れば彼女の笑顔が道を照らすだろう。
光があるからこそ、これから歩む道は濃く深い闇になる。

これから歩む暗闇が怖いのか?
まさか。今までだって歩いてきたろ。
何も恐れる事は無い。
何も。

手に鈍い痛みが走る。
シャワーから水は止み、代わりに水道管と蛇口栓の間であちこちに飛沫を撒き散らしていた。
放置して構わないだろう。

綺麗な服に袖を通し、廊下へと出る。
少し冷えた空気のおかげで火照った身体が冷え
次第に頭も冷えていく。

しぐれの事は忘れない
忘れないまま、記憶のずっと奥深くに全てを仕舞い込んだ。


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