触れかけた指先


陽も差していないのに随分と暑い夜だ。
並木道は灯りが少なく暗い。
そんな中を歩くと一本の木の下に白い影がぼんやりと見えた。

気配に気づいたのか彼女はこちらを向いた。
銀灰色の瞳がこちらを見つめる。

「本当に居るとは思わなかったよ」

会いたいと願い続けた彼女が今、目の前にいた。
透き通る白肌にほんのりと桜色に染まった頬。
初めて会った時と変わらない綺麗な姿だった。

こんな暗い所に一人、とりわけ彼女は目立つ。
攫ってくれと言わんばかりだ。
彼女は笑ってこの周辺にそんな悪い人はいないと言った。

自分のことを知ったとき、彼女はどんな反応をするだろう。
少し沸いた罪悪感から逃げるように話題を変える。

「花、もう咲いてないんだね」
「桜はすぐ散っちゃうから…。でも、また来年の春にはまた見られるわ」

もっと長く咲いていればいいのに、そう呟くと
彼女は桜の木から目線を離さずに笑った。
桜の木ではないどこか遠くをみているような目をしていた。

「神威さんは…またすぐに遠い星へ行ってしまうの?」
「どうしてそう思う?」

嫌な予感がする。
彼女はごめんなさいと一言謝ると、ぽつぽつと語りだした。

自分が春雨の所属している事。
ろくでもない奴だと、知人から聞いた事。

「うん、その人が誰か想像はつくし間違ってないよ。
それと謝る必要は無い。俺も君の事を調べたから」

彼女が正直に話したのだから、こちらも言わねばならないだろう。

この周辺一帯の地主の娘である事を。
1人で外出する事は滅多にない事を。
それらを知った上で、手を出すつもりはない事を。

彼女は不安げな瞳をこちらに向けていた。
それはどうしようもない悪党が目の前にいる事への不安からなのかはわからない。

「目の前に悪党がいるのにしぐれは怖くないの?」

何かを堪えるように手をきつく握りしめているのが目に入った。
彼女の口からは会いたかったと、話がしたかったと
少しずつ潤んでいく瞳が真っ直ぐにこちらを見つめていた。

あぁ、今すぐにでも彼女を抱きしめたい。
その白い肌に触れたい。
しかし、触れたらもう後には戻れないような気がする。

彼女の周囲にも危険は多いが、それ以上に自分のいる場所は危険だった。

「ありがとう。しぐれにそう言ってもらえるだけで嬉しいよ」

でも、この夜中に一人でここにはもう来ちゃいけない。
その時の彼女の顔を直視することは出来なかった。


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