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零崎軋識憑依ねた


 十七年間生きてた私はどこか欠落した日々を送っていた。靴下が片方だけないような、片目だけ潰されたような、右手が使えないような、言いようのない虚無感を抱えて生きて来た。私に必要なものがない感覚。とても気持ちの良いとは言えない感覚が付き纏う日々にも慣れて来た頃に突然それはやってきた。通学途中に出会ったとてつもなく大きい怪人は道行く人々を薙ぎ倒していき、とても愉快そうな声音で次の標的を品定めしていた。倒れた民間人と、逃げ遅れた人々約数十名。動けば確実に殺されるという緊張感。私は何故かその緊張感がとても心地良く感じた。怪人から溢れ出る邪悪な殺意に愛情を抱けるほどに、私は心から安堵していた。やっと、自分の足りないものに出会えて、ずっと探していた宝物を見つけたような感覚に私はとてつもない喜びを感じた。しかし、まだ何か足りない気がする。ああ、何が足りないのか。怪人が指を指して私の近くのサラリーマンを指差してこう言うのだ。次はお前にしよう。恐怖に竦む彼を助けられる人はここには居ない。神様、仏様、どうか我等をお救いください。しかし、世の中に神様も仏様もいるはずがない。人を助けられるのはいつだって人でしかないのだから。

「朝から街を壊してんじゃねえぞ、クソが」

 そんな物騒な言葉と共に怪人の頭を吹き飛ばした。最近めっきり見なくなった昭和の不良のような格好をした彼、S級ヒーローの金属バットであった。そのヒーロー名の通り、金属バットを片手に戦っている、らしい。らしいというは今の今まで、その姿を直で見たことがないからだった。顔を知っているのはクラスメートにヒーロー好きの女子がいて毎日ヒーロー図鑑を見せられていたからだ。しかし、生で見るヒーローの戦闘というのは随分と迫力があるものだな。と感慨深く思っていると、逃げ遅れた人々は彼が現れた隙に逃げ出したのか周囲には私しかいなかった。とても大きな衝撃音と共に吹っ飛んだのだから倒したのだと思っていたのだが、どうやらとても頑丈らしい。耳を劈くような咆哮を上げながら砂埃を巻き上げてこちらに向かってくるのがわかった。

「おい」
「……私か?」
「お前以外に誰がいんだよ。さっさと避難しな。もう来るぜ」
「そうだな」

 そうした方がいいのは山々だが、どうやらダメらしい。私がそう言うと彼は怪訝そうな顔で私を見ていた。ピリピリと肌で感じる殺意に私はぞくぞくと体を震わしていると、地震のような衝撃と共に地面が割れてもう一体の怪人が出現する。近くのスピーカーから災害レベル鬼が二体確認されていて、避難する旨を告げる放送が流れていた。避難出来るものならしたいが、この状況なら逃げても逃げなくても死にそうだな。不思議と今の状況に焦りはない。そして足りなかったものが漸く見付かった。幸福感がゆっくりと私の体を支配していく。

「ありがとう」
「ハァ?」

 頭が逝かれたかと思われたのか、凄い表情で私を睨む彼に私は肩を竦めてみせる。君のお陰で私は足りない物がわかったのだ。物心付いた時、既に私の側にあった中に何も入っていないバットケース。中身が入ってないにも関わらず、私はそれを肌身離さず持ち歩いていた。持ち歩かねばならないと思っていたからだ。理由などわからなかったが直感的に体がそうだと言っていた。しかしその理由も今わかった。殺意に当てられ、金属バットを得物にする彼を見て、私は私ではない俺を思い出した。

「『おかえり、俺』」

 何故今まで忘れていたのだろうか。私は俺で、俺は私だったのに。重みの増えたバットケースからそれを取り出した。一度は折られてしまったが、それを忘れてしまいそうなほどに前と同じままの美しいそれ。愚神礼賛シームレスバイアスを取り出して私、否、俺は歪に微笑んだ。

「『んーじゃま、かるーく零崎を始めるちや』」



 彼女は突然礼を言ったかと思えば、背負っていたバットケースから凡そ女が振り回すものではないブツを取り出して目にも留まらぬ速さで駆け抜けて行った。後から出現した怪人の方に向かったと思えば、彼女の手にしていた禍々しい釘バットを怪人目掛けて振り被った。その一振りは突風を巻き起こし、怪人の頭を木っ端微塵に粉砕していた。そしてすぐにもう一度釘バットを振り上げてその体を原型が分からないほどに破壊していた。破壊し尽くしていた。グロテスクな残骸が降り注ぐ中、彼女は悠然と立っていた。ただ立っているだけで他を圧倒するような威圧感。金属バットはその様子を目を見開いて見ていた。ただの普通のどこにでもいるような制服を纏った少女が、災害レベル鬼の怪人を倒すなんて誰が予想した。

「よそ見するなんて随分と余裕だなァ、」

 怪人が野太く低い随分と耳障りな声でそう言いいながら、金属バットの頭上にその屈強な腕を振り下ろそうとしていた。しかし当の本人はそんな怪人の言葉など耳に入らず、ただあの少女に目を奪われていた。ぎゃあぎゃあと喧しい怪人にもう一撃強烈なのをぶちかませば漸く静かになり、金属バットは少女の方へと歩み寄った。

「お前、なにもんだ……?」

 少女は丈の短いスカートを手で軽く叩きながら釘バットを肩に背負い、考え込むような様子で顎に手をやった。そして考えが纏まったのか、金属バットの顔を見ながら、無表情にこう言ったのだ。

「私はみょうじなまえ。ああ、でも今はこうだから違うな。『俺は零崎軋識』か……? わからないな。まあ、『軋識アス』とでも、呼んでくれ」

 何故か少女の後ろに居ないはずの男の影を見たような気がする。いやきっと気のせいだろう。金属バットは少女へと視線を移し、訝しげに少女のことを見つめるのであった。

20151116