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秘密めいた夜を鏤めて


 夜も更けたネオンの光が一層輝く時間、なまえは頭の中で紙幣の計算をしながら、鳴り響く牌の音を聞いていた。鮮やかな手付きで牌を揃えて上がる男は無表情で冷たく、低い声で点数を告げていく。ジャラジャラと鳴り響く煩い音と煙草の臭いにはもう慣れた。最近ここに現れるようになった黒ずくめの男、噂によると傀と呼ばれているようだ。色々な雀荘を渡り歩き大量の金を毟り尽くしては出禁というのを繰り返しているらしい。この店のマスターもあの男を見る度に顔色を悪くしているのだから、ここも時間の問題だろう。卓を囲んでいる男の姿を見る。端整な容姿をしているのに無表情のせいでとても近づき難い。勿論、無表情のせいではなくその発せられるオーラというか禍々しい雰囲気のせいもあるのだろうけれど。打牌の音が響く中、なまえはその男の指使いに心惹かれて仕方がなかった。今亡き両親の借金返済の為にこうして高レート麻雀に携わる仕事を嫌々ながらしていたのだが、この男のせいで最近では楽しみさえ覚えてしまっている。華麗に上がりを見せつけ大金を手に去っていく姿は中々に圧巻で、まだ十九年しか生きていない小娘に衝撃を覚えさせるほどに、かの男は苛烈であった。男の姿を凝視していると、自動卓に牌が吸い込まれていくその瞬間に目が合ったような気がした。吸い込まれてしまいそうな深い闇で包まれた瞳にぞっとする何かを感じ、思わず足が竦みそうになる。目を反らしてしまいたいのに何故かそうは出来なかった。彼から目を離したら自分が自分でなくなるような、そんな気がしたからだ。牌のかき混ぜる音が室内に響く中、男は目を細めて笑うとすぐに視線を外して配牌を始めていく。私に向かって笑ったのだろうか。なまえは不思議な気持ちを押し込めながら、違う卓で呼ばれた声に返事をする。要望された酒を作るために裏へと行くその時、男の顔を盗み見たが、男はただ牌を無表情で見つめていたのだった。



「御無礼、ロンです」

 放銃した男は焦燥に駆られた表情をしていたが、かの男は気にするでもなく飄々と卓上でやり取りされた点棒を見ていた。局が終わったのか、大量の札束が行き来するのを横目で見ながら時間を確認する。客が捌ける頃ようやく、私は帰れるのだ。後片付けやら次の日の営業の準備やらで帰れるのは大体客が捌けた二、三時間後ぐらいが常である。もうこんな遅い時間に来る客もいないだろうし、今いる卓が割れたら終わりだなと、なまえは使っていない牌を拭きながら客の様子を伺った。続行する雰囲気でもない卓はそのまま客が続々と出て行き、最後に出て行ったのは大金を手にしたあの男だった。出て行く様子を見て、卓上へと視線を移すとあの男の座っていた席にライターが一つ置かれていた。ただの100円ライターならば、気にするでもなく忘れ物として一時預かりをしたのだが、置かれていたそれは明らかに高価なものだとわかった。出たのは今さっきだ、今から行けば間に合うだろうか。いつものなまえならば絶対しないことをしているのは、あの男の姿が焼き付いて離れないせいだろうか。エレベーターを待っている時間も惜しく階段で急ぎ足で下まで駆け下りると、辺りは闇に包まれていて人のいる気配などしなかった。乱れる息をなんとか整えつつ、冷たい空気に白い息を吐き出しながらあの男の姿を探した。いくらなんでもいるわけがないか。右手に握り締めたライターに視線を落としながら、溜息を零すと靴音が聞こえる。音の聞こえた方向を見れば、唯一ある街灯の下で男はいた。佇む姿はまるで映画のワンシーンのようで、とても暴虎と呼ばれている風には見えなかった。なまえはその姿に見惚れそうになったが、ライターの存在を思い出し男の元へと近付く。

「あの……」

 声を掛けても男はこちらを見ずにどこか虚空を見ていた。近付くなともいえる雰囲気に呑まれそうになりながらも、なまえは何かの衝動に駆られるがまま、男に言葉を続ける。

「忘れ物ですよ」

 手に持っていたライターを差し出しながらそういうと男は黙ってなまえの手元を見て、そしてゆっくりとした手付きでそれを持ち上げた。なまえはホッとしたような気持ちになりながら、男を見上げる。男はポケットから煙草を取り出し、そして火を灯してゆっくりと紫煙を吐き出した。何てことのない仕草が似合うのは色男のせいか、それともなまえがもう男に取り憑かれてしまっているせいなのか。冷たい風が吹くと、途端に忘れていた寒さが体を襲い、末端から冷えが支配していく。急いで出た為、防寒着など纏わず薄着でいるものだから余計に寒さが体に沁みた。くしゅんと可愛らしいくしゃみが出る頃にはなまえの体はすっかりと冷え切っていた。さっさと戻って仕事を終わらそう。なまえは男に失礼します、と会釈をしてその場を離れようとした時だった。ふわりと首に温かいものが触れる。え、と振り向くと男の首元には先程まであったマフラーが巻かれていなかった。なまえは自分の首元を見る。そこには男がしていた黒いマフラーがゆるく巻かれており、仄かに温かみが残っている。

「一体、どういう……」
「……また来ます」

 男はなまえの言葉を聞き終える前にそう言って夜の帳へと消え去って行った。追い掛ける気力もなく、なまえは只々呆然とするだけである。また来るってことは、このマフラーはクリーニングして返さなければならないな。なまえはそんなことに思いを馳せながら、マフラーに鼻を寄せた。温かみのあるそれは煙草の香りが染み付いていたが不思議と不快とは思わなかった。また来ます。男の言葉を脳内で反芻する。あの鮮やかで苛烈な男の姿が見れることを期待しているこの感情は一体なんなのだろうか。冷たい指先に触れる温かみが体の奥底にじんわりと広がっていった。

秘密めいた夜を鏤めて

20161121 title コールフィールド