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兵頭十座


 何気なく寮でテレビを見ていると新商品のコンビニスイーツのCMが流れてきた。今流行りの女優を起用した内容は在り来たりのものではあったが、新商品と銘打たれた新作プリンはとても美味しそうだ。隣に座っていた太一は女優を頻りに可愛いと絶賛し、向かいに座っていた一成は最近このバンド人気だよね〜とスマホを弄りながら喋っていた。しかしそんな二人に反して、十座の頭の中はカラメルなたっぷりかかったプリンでいっぱいだった。壁に掛かった時計をみやれば時間は十一時になろうとしていた。女子のように体型を気にしているわけでもない十座は暫く頭の中で言い訳を考えたあとソファから腰を上げた。

「あれ? 十座サン映画クライマックスっすよ」
「……シャー芯買いにコンビニ行ってくる 」

 勿論ただの建前である。十座の頭の中は新商品のプリンでいっぱいだった。それを悟らせないようにいつもの鋭い目付きの厳つい表情でポケットに入れた小銭入れの中身を確認していた。単純な太一はその言葉通りに受け取って「じゃあ、俺っちのコーラも買ってきて欲しいっす!」と無邪気に笑い掛けていた。ここに万里がいたならば、こいつプリン買いに行ったんじゃね? と察していた所だが生憎彼は、茅ヶ崎の部屋で狩りに勤しんでいたのであった。一成さんは何か買ってきますか? と十座が問うと彼は笑ってレモンティーと答えた。そんな会話をしているとCMが開けて見ていた映画が始まる。アクションが売りの派手な作品で続きが気になる所ではあったが、プリンの方が今は大切であった。暗い夜道を歩いて近くのコンビニに向かう。ちょうど近くに同じコンビニがあって良かったと思いながら歩いていると、右から声が聞こえてきた。

「お、兵頭じゃん。こんな遅くに何してんの?」
「……テメェこそ何してんだよ」
「バイト帰り」

 近くの居酒屋でバイトしてるんだよね〜とへらり笑って見せた彼女、みょうじなまえは十座と同じ欧華高校のクラスメイトであった。脱色した明るい髪色はアッシュグレーと言うらしい。何故そんなことを、知ってるかと言えば聞いてもいないのに本人がべらべらと喋ってきたからだ。適当に相槌を打つ十座のことなど気にも留めず、ただ己の話したいことを話していた。十座より小さい背丈を少し見つめて罰の悪そうに舌打ちをした。

「こんな夜遅くに出歩いてんじゃねぇよ」
「んん? 心配してくれてる? やっさしー!」

 能天気に彼女はけらけらと笑いながら十座の隣に並び、何処に行くの? と訪ねた。人の気遣いを簡単にスルーしやがってと十座は苛立つ気持ちを抑えながら短くコンビニと答えた。

「まじか。私も行くとこなんだよね。一緒に行っていい?」
「勝手にしろよ」
「はいはい」

 ぶっきらぼうな十座の言葉を軽く受け流して、暑くなったねぇと呟いた。少し離れた距離を埋めるように十座が歩みをゆっくりとしたのは無自覚であったが、彼女はそれを見て少し口角を上げてみせた。どうでもいいような話題を振って、勝手にこうして付いて行っても結局のところ十座は優しいのであった。本人にそれを伝える気は更々ないみょうじではあったが。

「兵頭、何買うの?」
「シャー芯」
「ふうん」

 私はメンソールが切れたんだよね。とコンビニ内に備え付けられたゴミ箱に空になったパッケージを捨てた。こいつ未成年だよなと当たり前のことを脳内で吐き捨てながら、十座は建前のシャー芯と目当てのプリンを見に行った。コンビニの中まで付いてきたらプリンの言い訳をどうしようかとも思ったが、みょうじはすぐに十座から離れたので、少しばかり安堵した。シャー芯と新商品のプリン。そして頼まれたコーラとレモンティーをカゴに入れてレジに並ぶ。やる気のない学生アルバイトが気怠げに値段を告げる。支払いを終えてコンビニを出ると、店の前にある喫煙所で白い煙を燻らせているみょうじがいた。

「……バレても知らねぇぞ」
「兵頭って喧嘩してた癖に煙草は吸わないよね」
「臭ぇし好きじゃねぇ」
「はは。悪い悪い。離れてるからもうちょっと待ってて」

 大人びた容姿のせいか、少し化粧をするだけで印象が随分と変わる彼女は学生服を着ていなければ、高校生だなんてわからないだろう。しかし、それは十座にもいえることであった。第三者から見たら、柄の悪そうなカップルが煙草を吸っている図にしか見えない。

「……ん。帰ろっか」

 灰皿に煙草を捨てて携帯タイプの消臭剤を自分に掛けて、彼女は十座に笑いかけた。律儀に待っていてくれるあたり十座は本当にいい奴だなと彼女に思われてることなど知らない十座は、早く帰ってプリンを食べたいと考えていた。

「俺といるときもう吸うんじゃねぇぞ」
「なんで?」
「俺まで吸ってるって思われるだろうが」
「ぷっ。はははっ! うん、努力する」

 ポケットに入れた煙草を指でひと撫でしてからみょうじは先ほど買ったのか、袋から飴を取り出した。

「兵頭にあげる」
「別に、いらねぇよ」
「素直になれよ〜。貰っとけよ〜。ほら!」

 無理やり十座のポケットに捻じ込むと彼女は満足気に笑って、手に残ったもう一つの飴を封切った。みょうじに甘いものが好きってことはバレてないはず。十座は頭の中でそんなことを考えながら隣の彼女に声を掛けた。

「家どこだ?」
「もうちょっと先、って……なんで?」
「送ってく、夜遅くに危ねぇだろ」

 目を丸くした彼女が珍しかったのか十座は少しだけ笑う。しかし、すぐにいつもの表情に戻り足早に家路に向かおうとする。

「……どうしたの? 兵頭? 変なものでも食べた? なんか寮? に入ってキャラでも変えたの?」
「食ってねぇし、変えてねぇよ」
「……ありがと」

 常々から言葉足らずな面はあったが、いざという時に男前になるのは如何な物だろうか。みょうじは十座の横顔をちらりと盗み見た。鋭い眼光と整った顔立ちに、無自覚イケメンは困るんだよなあと溜息を零しながら棒突きの飴を口に入れた。夜遅い路地は大通りに近いと言っても人通りは少なかった。今まで誰一人とすれ違っていない事実にみょうじは少しだけ悪戯をしてやろうと十座を見た。家はもう目と鼻の先だ。十座の服の裾を少しだけ引っ張った。なんだと煩わしそうにこちらを向く十座の襟を引っ掴んで無理やり屈ませて、その唇に噛み付いた。精一杯背伸びをして無理やり屈ませてやっと唇が届くのだからこいつの身長はずるいと思った。重ねるだけの口付けをして襟を放せば、目を丸くして阿呆面を晒す十座がいてみょうじは楽しそうに笑ってみせた。

「兵頭が、こうやってしてくれんなら、煙草辞めるよ」

 奪っちゃった。と手をキツネにして彼女は兵頭の口にそれを持っていく。ちゅと軽く唇にくっつけてからみょうじは惚ける十座にまた明日と声を掛けて早足で駆けて行った。十座が意識を取り戻した時には彼女はマンションの中に入るのが見えた頃で、大きく溜息を吐いたあと忌々しそうに舌打ちをした。口にはほんのり飴玉の味が広がっている。

20170713