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提督審神者ねた



「上は一体何を考えているんだろうな」
「すみません、提督殿……」
「ああ、別に君を非難しているつもりはないよ。私達下っ端は上の命令には絶対だからね」

 ああ、然し参ったものだ。白い詰襟の軍服を肩に掛けた女は目を細めて、指紋認証画面を表示しているタッチパネルに触れる。彼女の足元には補佐である管狐、こんのすけと呼ばれる式神が申し訳なさそうに彼女を見上げていた。真っ直ぐ背筋を伸ばして遠くを見つめる彼女の立ち姿はとても美しい。濡羽色の髪を低い位置で結わえ、強い意志の宿る漆黒の瞳を長い睫毛で縁取る横顔はまるで絵画に描かれた美しさだ。

「ああ、全く。頭が痛い」
「ご無理をされませぬように。ただでさえ貴女さまは……」
「平気平気。これとは無関係さ」

 固定された左手に視線を落として彼女は被っていた軍帽の鍔に触れながらさて、と言葉を漏らした。

「余り待たせるのも申し訳ない。さっさと行こうか、こんのすけ」
「はい」
「こんな死に損ないが一体何の役に立つのやら……先方に失礼だと思うんだがなぁ」

 よっこらせと声を出して右手に持っていた松葉杖に力を入れる。歩き難くて仕方がないなと笑う彼女をこんのすけは悲痛な面持ちで見上げるのみである。

「では、準備は宜しいですか」
「ああ。構わない」
「それでは移動します。暫くお待ち下さいませ」

 こんのすけがそう言うとたちまち目前が明るくなり、辺りが光で包まれる。眩いそれに目を細めて瞬きを一つするとそこは異世界であった。



「見習い研修、ですか?」

 幼さの残る少女は資料を見ながら、担当である男を見た。少女の隣に座る初期刀である歌仙は見習という言葉に眉を僅かに歪めたが、一瞬のことですぐにいつもの涼しげな顔で男の言葉を待った。見習という言葉は審神者界では少し敏感ワードで、少数の事例とわかっているのだが、薄暗い印象がこびり付いてしまっているのだ。

「はい。見習いというよりは特殊な事案なのですが……」
「特殊?」
「審神者さまは提督という存在を知っていますか?」
「噂には、ですけど……」

 審神者が陸で戦うのであれば、提督とは海で戦う者達のことだ。深海棲艦という歴史修正主義のような敵と戦うために艦娘という武装した少女(と呼んでいいかわからないが便宜上こう呼称する)達を指揮する存在。それが提督だ。少女が知っている情報を話すと男は頷いてもう一つの資料を手渡した。

「最近、鎮守府。審神者でいう本丸ですね。その鎮守府が襲撃される事件がありました」

 資料には小難しい言葉が連なっていたが要約すると、鎮守府が深海棲艦に襲撃され多くの被害が出た。幸いにも死者が出ることはなかったが、提督艦娘共々甚大な被害のせいで、戦線の停滞を余儀なく強いられている。そこで目を付けたのが審神者が定住する本丸だ。神の末席とはいえ付喪神が住む本丸は神気と呼ばれるものが微量とはいえ漂っている。神気が漂うその空間は不思議な現象が起こったりするのだ。例えば、年中桜が咲き乱れたかと思えば審神者の一存ですぐに桜が雪へと変わり、植えた作物もあっという間に育っていく。そんな不思議な環境は怪我や病気といったものも自然治癒するという。刀剣男士には当て嵌まらないが、人間である審神者が本丸に定住すると病気がちで床に伏せっていたのが嘘のように回復し、寿命が大幅に延びるといった事例も報告されていた。

「……つまり、怪我をした提督さんを本丸に一時的に住まわせて、療養させようということですか?」
「話が早くて助かります」
「けど、本丸には審神者適性がないとそんなに長期間いられませんよね?」
「はい。そこで、審神者適性検査をしたところ、ある提督が適性を持っていることが判明しまして」

 通常の人間なら短い時間ならば問題はないが、長期に渡って本丸にいると心身に支障をきたす場合がある。審神者には適性があるので本丸で暮らす分には問題はない。意図的に神気を盛られるといった事案は例外ではあるが。男が資料を指差すとそこには一人の女性の顔写真が載った経歴書があった。提督の仕事はよくわからないが、その膨大な情報量にこの女性がとても有能な提督であることが読み取れる。少女は隣の歌仙にも見えるように書類を傾けると、彼は難しい顔をしてそれを読み解いていた。

「彼女は被害を受けた中でも随一のランカーで、彼女の鎮守府一つの働きで他の鎮守府500ほどの仕事をこなします」
「ご、ごひゃく!?」

 途方も無い数字に上擦った声を上げ、目を丸く見開いていると隣から咳払いが聞こえてきた。少女はすぐに背筋を伸ばして息を一つ吐き、担当の男に向き直る。男はさして気にしていない様子で端末を操り出てきた画面を少女と歌仙に見せた。

「審神者でいうと彼女はこの辺りにいると思って頂いて構いません」
「わぁ……」

 トップランカーの仲間入りじゃないですかやだー。胸中で呟いていると隣で黙していた歌仙が口を開いた。

「それで、主は何をすればいいんだい」

 歌仙の射抜くような視線を受けながらも男は憮然とした態度で端末を横に置き畳に指を置く。三つ指と少女が小さく呟くと同時に男は言う。

「審神者さまの本丸で提督を療養させて頂きたいのです」

 見習いという体で。頭を下げる男に少女は慌てるが、歌仙は当たり前だといった態度で、隣にいる少女に声を掛けた。

「どうするんだい? 主」
「どうするも、なにも……なにもこんなパッとしない私の本丸じゃなくても……」

 少女の本丸に特筆すべき事項はない。強いていうのなら真ん中より下のランクで右往左往しながら日々、半泣き状態で仕事をしているのだ。審神者を始めてまだ一年にも満たないこんな弱小本丸ではなくて、それこそトップランカーといわれる先輩方の本丸の方がいいのではないか、と少女が口走ると、男は顔を上げる。

「これは審神者さまの為でもあるのです」
「わたしの……?」
「はい。審神者さまが努力をして日課をこなしているのは担当である私が一番に存じています」

 しかし、上層部はそうでないのです。結果こそ全て。戦果が出せてこそ。そういった考えを持つ者は少なくありません。男は真っ直ぐ少女を見つめ、内密な話ですので他言無用ですと前置きをし、口を開いた。

「ある一定基準の戦果をクリアしないと報酬が半減されるという案が出ているのです」
「は、はんげんって……そんなの、」

 今でさえなんとか日課をこなしてカツカツな資材を頑張って運用しているというのに、これ以上報酬が減らされたら……。想像したくないと顔色を悪くさせた少女は頭に手を当て、唇を震わせた。

「審神者が少ないということは周知の事実ですが、それでも最近は増加傾向にあるのです」

 検査のボーダーラインを下げたり、霊力の補助をする札や道具を使って運営するという仕方も徐々に認められてきている。しかし、悲しいことにボーダーラインを下げたせいで、本丸維持が精一杯で戦果が中々挙げられないという本末転倒な事が起きている。これは由々しき事態であった。

「戦う場所が違えど、指揮をするという点は同じです。しかも今回の提督はかなりの強者。これを利用しない手立てはないでしょう」
「利用って……」
「言葉は悪いが、謂わば相互利益という奴だろう。主はその提督殿から指南して貰い、提督殿は本丸(ここ)で傷を癒して貰う。合理的じゃないか」

 歌仙は頷いて少女の手から溢れ落ちた書類に目を通す。若干二十代にして、階級少将というのは中々に、否、かなりの切れ者だ。

「それに、提督殿を受け入れるのにそれ相応の対価があるんだろう」

 名目上は見習い研修なのだから。実際、見習い研修を受け入れた審神者には何かしらの支給がある。それは審神者によって異なるが現金であったり、資材であったり、様々だが。抜け目のない男だと、担当は眼鏡の奥の瞳を細めた。しかし、人を疑うことを知らないような無垢な審神者にはこの刀ほど適任な初期刀はいないのであろう。

「勿論です。見習い研修を受けて貰えるのならば、以下の報酬が支払われます」

 端末に表示された金額を見て、少女はふらりと体の力が抜け後ろに倒れそうになる。それを難なく受け止め、主と声を掛ける歌仙は流石といった所だろうか。

「お受けして頂けますね」

 強い眼差しで問う男に少女はただ黙って頷くことしか出来なかった。男は目を細め、では準備をしますので、今日はこれで失礼しますと立ち上がる。少女は知らない。この研修を受け入れたがる本丸が数多にあったことを。少女は知らない。この担当がどれほどの言葉を尽くして、この見習い研修をもぎ取ったことを。少女は知らない。知る術もない。担当は少女と刀剣男士に見られないところで口角を上げた。存外、この本丸の審神者殿を男は買っているのだ。



 そんな経緯から彼女は本丸へと移動していた。突如目の前に現れた景色に驚きはしたが、すぐに足を進める。潮の匂いがしないのが少し寂しく思えた。いつもよりゆっくりとした歩みで進むと、古き日本家屋のような大きい屋敷が見えてきた。木々が多い茂り、一等大きい木は桜の花が舞っていた。春の匂いを感じながら平和だなと彼女が思っていると、隣で歩いていたこんのすけは彼女の怪我をしていない方の足を突き、姿を消した。

「お待ちしておりました、提督殿」

 自分よりも背の低い幼い顔立ちの少女が緊張した面持ちで待っていた。巫女装束というのだろうか。白い小袖に緋袴という姿は小柄な少女によく似合っていてとても可愛らしい。彼女は部下達を思い出し、少し笑みを浮かべた。少女はその笑みをどう受け取ったのか困ったような表情で視線をあちこちへと彷徨わせ、そして視線を合わせた。

「お待たせしてしまいましたか?」
「いいえ。時間ぴったりです」
「ならよかった。こちらでお世話になります。提督と申します。お好きにお呼びください」

 彼女は松葉杖を小脇に抱えて敬礼をする。しかし、不思議そうにする少女の顔を見てすぐに気恥ずかしそうにする。

「すみません、つい癖で。此方では一般的ではなかったですね」
「いえ、えっと……わたしが此処の主である審神者です。提督さんとお呼びしても?」
「構いません。ご指導ご鞭撻よろしくお願いしますね、先輩」
「せ、せんぱい!?」

 激戦を勝ち抜いて来た提督殿に先輩などと言われる身分ではない、と焦った表情で手を振る少女に彼女は頬を緩ませた。

「一応、見習いという立場ですので。名前は明かせないのでしょう?」
「そうですけど……」

 納得がいかないといった様子ではあったが、彼女に何を言っても無駄だと判断したのか不承不承ながら是とした。

「では、広間に案内しますね」

 刀剣男士達も全員そこにいますので。少女はそう言うと気遣う表情で彼女を見た。戦争というものを嫌でも実感させられ少女は体が震えそうになった。何せ彼女の姿といったらそれはもう痛ましいの一言でしか表せそうにない。本来ならば袖を通す筈の軍服の上衣を肩に掛け、左手は折れているのかギプスで固定され下に着ているシャツの隙間から手を出していた。左足は折れてはいないものの痛めているのか引きずったように歩いている。補佐のための松葉杖をつく右手は一見支障がなさそうに見えるが、……いや余計な詮索はやめておこう。その視線の意図を察した彼女は気にしないでくださいと慣れない松葉杖をつきながら歩みを始める。なるべくゆっくりと歩き、いつもより時間を掛けて玄関の戸を開ける。室内用の松葉杖は既に支給済みで、彼女にそちらを渡すとバツの悪そうな表情で気遣い痛み入りますとそれを受け取った。

「中も広いのですね」
「はい。何せ今確認済みで六一口いるらしいので、それに合わせて最初に拡張したんです」

 まだわたしの本丸には全員いないんですけど。少女は情けなさそうに笑っていたが、彼女は事前に渡された書類でこの本丸の情報について粗方知っていた。審神者になってまだ一年にも満たない、そして未成年の少女だということを。本来ならば、学生を謳歌して夢に恋にと楽しい時期なのに適性があったばかりに戦争へと駆り出される。松葉杖を持っていた手に力を込めた。提督業には成人をして自ら志願しないとなれないものだ。しかし、審神者というのは自ら志願しなくても適性があればほぼ強制的に審神者という職に就かなくてはならない。戦争ということはわかっていたが、年若い少女が身を置くには余りにも惨い。彼女が難しい顔をしているのに気付いたが広間の前まで来てしまっていた。少女は躊躇いがちに声を掛ける。

「あの、提督さん?」
「あ、ああ。失礼した。もう着きましたか?」
「はい。足元お気を付けください」

 障子をがらりと開ける。いつぞや祝勝会として行われた宴会の広間のような広さに驚きながらも後に着いて行く。此方に向かう視線は様々だったが、あからさまな悪意はなさそうなのでホッとした。少女の隣に立って全員が見渡せば見目美しい者達ばかりで眩しい。幼い子供から青年まで色々な刀があるのだなと彼女が目を細めると、少女は咳払いを一つして拍手を打つ。

「此方が今日から見習いとして本丸に住んでもらう提督さんです。体が癒えるまでの期間限定ですが、仲良くするようにお願いします」

 提督さん一言と言われ少しばかり考えてしまったが、彼女は一歩前に進み、全員を見渡してから口上を述べた。

「横須賀鎮守府から参りました。提督と申します。こんな成りをしていますので、ご迷惑をお掛けすると思いますが、精一杯努めさせて頂きますので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

 空いている手で軍帽を脱ぎ、丁寧をお辞儀する様を少女は心配そうに見ながら両手を所在無く動かしていた。初期刀である歌仙は少女に一番近い場所でそれを見ながら雅じゃないと天を仰ぐ。背筋が真っ直ぐ伸ばされ、深い黒曜石のような瞳は強い意志を有していた。美しいと部類される容姿であったが、頬に貼られた湿布がそれを阻害する。歌仙はゆっくりと彼女を見て、襲撃の痛ましさをまざまざと見せつけられたのだった。

「(しかし、彼女はなぜ佩刀をしているんだ?)」

 確か提督というのは審神者と一緒で、指揮をする立場で自ら戦場に立つわけではないと聞いたはずだがと歌仙が考えていると、名前を呼ばれた。

「提督さんに案内をお願いしたいんだけど、歌仙お願いしていいかな?」
「ああ、勿論だとも」

 それでは解散と少女が言うと座っていた刀剣男士達は腰を上げて各々の仕事に向かうようだ。歌仙も彼女の元に向かおうと視線をそちらに向けると鶴丸国永の姿が見える。彼女を驚かそうとしているのか背後からゆっくりと音も無く忍び寄っていた。歌仙の視線に気付いたのか悪戯に笑みを浮かべ人差し指を口元で立てている。ああ、どうなっても知らないぞ。歌仙がやれやれと溜息を吐いたその時に事は起こった。

「では、歌仙に案内をさせるので、ゆっくり見て回ってくださいね。わたしは執務室にいますので何かありましたら」
「はい。では歌仙殿、宜しくお」
「わっ! おどろいた……っ!?」

 鶴丸が後ろから手を伸ばして彼女のことを驚かそうとした瞬間、鋭い空を切る音が室内に響いた。体に突き刺すような殺意が空間を支配し、呼吸をすることすら躊躇われるような、そんな雰囲気が漂っていた。その雰囲気を作り出したのは先ほど提督と紹介された彼女であり、背後にいる鶴丸の首元に右手で握っていた松葉杖を突き刺していた。触れるギリギリの角度と明確な殺意に少女は冷や汗が流れてしまう。少女と歌仙からは見えないが彼女と向き合っていた鶴丸にはよく見えていた。瞳をぎらぎらと殺意で燻らせる。それは戦場に立つ者の、殺す覚悟のある者の瞳だということを。嫌な汗が鶴丸の頬を伝った。

「つ、鶴丸!? なにをしてるの!?」

 一番に声を上げたのはこの本丸の主である少女だった。ふと我に返った鶴丸は魅入ってしまいそうな瞳から視線を逸らして情けない声を上げた。

「いやあ……せっかくだから驚きをもたらそうと、だな……」
「怪我してる人を驚かす必要ないでしょうが! 提督さん大丈夫ですか!?」
「……ああ、すみません。背後から来られると、どうにも反応してしまって」

 あれだけギラついた瞳がすぐさまに息を潜めて、首元に突き刺していた松葉杖を引いた。彼女は謝罪をするが、鶴丸は上の空のような曖昧な相槌を打つだけだ。

「すみません。先輩の大切な部下なのに手を挙げてしまって」
「全然大丈夫です! 元はと言えば鶴丸が驚かそうとしたのがいけないので!! ほら、鶴丸! 言うことあるでしょう!」
「あ、ああ。すまなかったな。もうしないさ」
「そうして頂けると助かります。……背後から驚かすのなら足音を立ててくださいね」
「……それは意味がないんじゃないのか?」

 一連の流れを見ていた刀剣男士達は提督と紹介された彼女を再度見た。主である審神者の少女より背が高い、白い詰襟の軍服を肩に掛け、飄々とした掴み所のない雰囲気で痛々しい姿ではあるも凛々しく立っている。提督というものがどういったものかはわからないが、明確にわかったことがある。面白そうな人間が来たものだ。ああ、退屈せずにすみそうだと神々はうっそりと笑った。

20170129
20170220