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7

 ピアスの数が多いとヤンキーだったりメンヘラだったりとやたらレッテルを貼られたりするのだが、生憎と私はそのどれにも属していない。派手な格好が好きで一般的に見れば目立つ時期もあったが、中身は至って平凡であったと思う。髪を真っ白に抜いてから奇抜な色を入れたことや耳以外にもピアスをしたこともあるが、少しばかり好奇心がそういった方向に傾いていただけである。若気の至りだったなあと思うがあの時期もなんやかんやで好きではあったりする。赤とか紫に染めていたあの頃が懐かしい、と立会の前にそんな昔のことに思いを馳せていたのはここ最近のとある会員が原因だ。若い頃に派手な格好をしすぎた反動からか今の外見は昔からは想像出来ないほどに普通である。それも要因の一つなのか、端的にいえば舐められている。男社会である立会人の中で女立会人が珍しいのは否定しないが、頭から爪先までじろじろと値踏みされるように視線を向けられ、「へえ。女の人の立会人なんているんだね。小さいのに凄いんだねえ」。と文字にすればなんてないものを侮蔑を含んだ声音で見下すように言い放たれた。否、実際見下していた。こういった経験は数多くしてきたので反応はせず、「十全に恙無く立会いを務めさせて頂きます」。とにこやかに対応したのがいけなかったのか、いちいち立会の関係のないところでちくりちくりとセクハラとモラハラで訴えられそうな発言を一身に浴びせられた。一回きりなら我慢出来るのだが何故だかお気に入り認定されたのか週に一回は必ず立会に呼ばれる。その度に耳を疑うような言葉を浴びせられ流石の私も辟易していた、そんなある日のことにそれは起こった。いつもは私一人の立会だが、その時は門倉立会人と一緒の立会だった。男は門倉立会人を一瞥するとつまらなそうな表情を浮かべいつもの饒舌さが嘘のように口を噤んでいた。男の前では態度が違うのか、と少しばかり腹立たしく感じ、またそんな肝の小さい男に良いように言われている自分の存在もまた余計に癪に触る。そんなことが繰り返し起こり頭を悩ませていた頃、本部の喫煙所で門倉立会人と南方立会人が談笑している姿を見つける。視線が合って会釈をしながらその場を離れようとした時に南方立会人の耳元が目に入る。ピアス、復活させるか。派手な格好で過ごしていた頃は電車に乗っても痴漢には会わなかったし、変なナンパもなかった。魔除けか、と思い立ったが吉日の言葉に倣ってすぐに予約できる美容院を探すことにした。
 派手な格好を辞めたのは賭郎に属することを決めた時だ。スーツ姿にその時にしていた髪色が似合わなかったのだ。ならばいっそと黒髪に戻し、そして立会中に邪魔そうだとピアスを外した。濃いキャラクターが数多く揃う賭郎立会人の中ではさぞかし私は無個性で平凡だったことだろう。それが一転して頭の色が見違えるほどに明るくなった。耳にピアスを付ける。スーツに派手髪、耳にピアスの姿はビジュアル系バンドのようで楽しくなってしまい普段は簡素なメイクなのに濃い目のメイクに仕上がってしまった。懐かしい感覚に思わず笑みが溢れるのだった。



「では、今回の立会はみょうじが務めさせて頂きます」

 にこりと笑みを浮かべると例の男は罰が悪そうな表情で私を見ていた。今回立会が一緒になった弥鱈立会人はギョッとしたような表情を浮かべたあと、いつものようにシャボン玉を作りながら「どうしたんですか?それ」。と気怠そうに声を掛けてきた。

「イメチェンです」
「それは、まあ……。随分と思い切りましたねぇ」
「スーツには黒髪が至上主義だと思ってんですけど、気分転換に明るくしたら楽しくなっちゃって」
「……みょうじさんてヤンキーでした?」
「全然。こういう格好が好きなだけです」
「はぁ。まあ、私には関係ありませんけど」

立会を恙無く行い嫌な気分になることもなく久しぶりにすっきりとした気持ちで終わることができた。うん、これからはこの路線で行こう。そう決意をした私であった。



 面倒な立会いを請け負うことがなくなりストレスの根源が絶たれイキイキとしていた。一部の男性からは怪訝そうな表情をされたが、女性からは概ね好評だ。以前から軽くアプローチされていた最上立会人から本格的に誘われたときにはどうしようかと思ったが、のらりくらりとなんとかごまかせている。と思う。……ごまかせていると信じたい。賭郎本部で必要な書類を提出し、帰ろうとしたところに門倉立会人と出会った。喫煙所が近いから煙草だろうか。挨拶をしてそのまま帰ろうとすれば「なあ」。と声を掛けられた。

「それ、いくつあるん?」

 耳元のピアスを指差されて問われる。珍しく素の彼の言葉が新鮮で思わずこちらも素が溢れ出る。

「……全部で10個以上?」
「ふうん」

 立会以外で彼と言葉を交わしたことがあったが、丁寧な口調が殆どであった。ふとたまに溢れる素の砕けた言葉遣いにギャップを感じたあの時の情景が思い出されて少しばかり心臓が跳ねた。

「痛くないん、それ」
「私は痛覚が鈍い方だからあんまり……でも、軟骨と舌は痛かったかも」
「舌?」
「これ」

 べ、っと僅かに舌を見せれば、彼はしげしげと私のそれを眺めた。

「舌ピアスって初めて見たわ。開ける時痛そうやなぁ」
「というか、門倉立会人がピアス開けてないのが不思議。ドヤンキーなのに」
「元や、元」

 嘘だ。今だってバリバリ現役って雰囲気だぞ。という言葉を飲み込んだ。カチリと舌ピアスと歯が当たって音が鳴る。不思議そうにする彼にピアスが当たると音が鳴ると伝えれば、面白そうに口角を上げた。

「なんかいいことありました?」

 思わず敬語で尋ねれば、彼はいつもの不謹慎な笑みを浮かべる。

「ええ。とても興味深いことが」

 私に合わせるように敬語で返され、ではまた今度。とその場から去っていく。嵐のような人だな、と思いながら私も次の立会の準備の為に移動する。



 なぜか、その日からやたらと門倉立会人と立会をすることが多くなりプライベートでも飲みに行くことが多くなった。最初は南方立会人や弥鱈立会人、銅寺立会人と一緒だったのに気付けば二人で飲むことが多くなり、あれ、と思わないこともなかったが、楽しいので気にも留めなかった。立会人としての在り方や、彼自身のことを人間として好ましく感じ、少しずつ距離が縮まったある日、個室の居酒屋で立会終わりに軽く飲んでいた時に事件は起きた。何杯目かのビールを頼んで立会や賭郎のこと、プライベートで見た映画の話など取り留めのないことを話していたとき、彼が突拍子もなく言う。

「それ、ちゅーするとき痛くないん?」
「ちゅーって、ガキか」
「うっさいわ。で、どうなん」

 既にジョッキで五杯以上と他にも色々と飲んでいるのにその顔色は素面と変わらない。少しばかり陽気にはなっていそうだが、彼の不謹慎な笑みは酔っていなくてもこんなものだ。彼と同じペースで飲んでそれなりに酔いが回った私は、頼んだモツ煮を箸で突きながら、なんでもないように答えた。

「痛くないよ。私はね。相手がどう思うかは知らないけど」

 落ち着いた髪色の頃に付き合った男とそういう雰囲気になったときにべろちゅーしたら、舌ピアスにドン引きされて以降彼氏はいませーん。とヤケ気味に答えれば彼はくつくつと楽しそうに笑ってビールを煽った。

「門倉くん馬鹿にしてる?」
「馬鹿にしとらんよ。ただ、その男が可哀想やなあって」

 喧嘩売られてるのかとムッとするが、彼はただ楽しそうに笑うだけだ。

「おどれみたいないい女抱かないなんて、阿呆過ぎて可哀想やろ?」

 爆弾発言をされて思わず箸を落としてしまった。テーブルの上を転がる箸の音を聞きながら目の前の男を見れば、楽しそうに笑みを浮かべながらもその瞳の奥からは隠しきれない欲が渦巻いていた。心臓が早鐘を打つ。そりゃ二人っきりで何度もこうやって会えばそういった感情を持ち合わせないわけでもない。が、あくまでそれは人間性を好んでいるのであって、男性的とかそういう目で見てたわけではない。はずだったのに、今は断言出来なくなっている。気不味くなり、視線を逸らして誤魔化すようにビールを飲み干した。

「……セクハラ」

 唇を湿らせてなんとか出た言葉はその一言だった。

「口説いてるつもりなんやけど」
「君は顔がいいから、そうやって適当に言えば女の子が抱けたかも知れないけど私は違うからね」
「ならどうやったら、おどれはワシに口説かれてくれるん?」

 これだから顔が良い男は困る。自分の魅せ方が嫌になるほどわかっている。腹立たしいくらいに男前のその顔にせめてなにか仕返しをしたい。だが、生憎とアルコールで酔った頭は最適解を出してくれそうにない。何も言えずにもごもごとしていれは眼前の男はギラつく欲望を隠しもせずに私の耳に指を這わせた。ピアスの数を確かめるように指先で触れられて愛撫されてるみたいな気分になるからやめてほしい。耳が性感帯になってしまったかのように体がびくつきそうになる。

「なまえちゃん耳まで赤い」
「うるさい。誰のせいだと、」
「んー? ワシのせい? なら嬉しいなあ」

 優しい口調なのにその瞳は全然優しくない。猛禽類に捕食された小動物の気分が嫌というほどに理解できた。

「……耳触るのやめて。癖になったらどうしてくれるの」
「なら、責任取らんとなあ」

 なあ、なまえちゃん。なんて囁かれてすっかりいい気分になった私はぐらつく理性をなんとか保とうとしている。アルコールではない頬の熱さを恨むように門倉くんを睨み付けたが彼は至って楽しそうに笑うだけでそれが堪らなく悔しかった。アルコールを摂取した脳は全く使い物にならない。ああ、もうくそったれ。そんな悪態を突きながら机の上に乗り出すようにして彼のネクタイを引っ張ってその唇に噛み付いてやった。かちりと聞き慣れた舌ピアスの音と、やたらと熱い舌の温度にぞくぞくと体中に甘い痺れが心地良く広がっていく。少しでも彼の意表を突きたくて、口腔内を暴れ回って乱暴に口を離した。間抜けが表情が拝めるかと思ったが、私の行動は逆効果だったらしい。ギラギラと熱の篭った瞳で射抜かれてしまい、体がすくんでしまう。

「し、舌ピアスのご感想は……?」

 誤魔化すようにもつれる舌で引き攣るように笑う。

「絶対に抱くから覚悟しとけや」

 門倉くん目だけ笑ってないよ、なんて軽口を叩く暇もなく手を引かれ雪崩れ込むようにホテルに連れ込まれる。自業自得の意味を身を持って知ることになったのだった。