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6

「そんなに楽しいですか」

 手触りの良い髪を櫛で梳かしていれば、そんな言葉を投げ掛けられた。長い足を惜しみ無く組み頬杖をつく姿はモデルのようで私は良い男は何をやっても様になるなあと思いながらも髪を編み込んでいく手は止めない。

「楽しいですよ。とても」

 溜息を零した彼を無視するように私は眼前の美しい黒髪をどんな風に仕上げようかと心を躍らせる。立会後にこんな戯れをしているのには理由があった。
 ひっそりと佇んだ山奥の別荘に会員からの呼び出しを受けた。先に門倉立会人と共に現地入りをし、準備を整え、勝負自体も首尾よく終わらせることができた。会員達を見送り、黒服達も下がらせ、二人で今回の立会について談笑しながら帰ろうかとした瞬間に携帯が鳴る。電話をとれば、大木が倒れて山奥に通ずる一本道が通行が出来なくなったと、一足先に下がらせた部下達からの連絡だった。怪我の有無を聞き、無事なようで安心したが帰る手段がなくなってしまった。本部に問い合わせをすると迅速に倒木の除去作業を進めているようだが、今日中というのには難しいらしい。もう少ししたらヘリで迎えに行くから暫く待機、と能輪立会人に言われてしまえば私は素直に待つしかない。通話を切って端的に事を伝えれば門倉立会人は肩をすくめて、そのまま椅子へと腰を下ろした。

「暇ですねえ」
「そうですね。なにか面白い話ないんですか、みょうじさん」
「え、無茶振りすぎません?」

 取り留めのない話を二、三するが時間は一向に進まない。山奥過ぎてプライベートの携帯は電波が不安定で繋がりづらく暇潰しも出来やしない。門倉立会人に煙草を吸っていいかと一声掛けられ、どうぞと胸元に忍ばせておいたライターに火を灯せば彼は少し目を細め、煙草を火に近付けた。

「それ、誰に習ったんですか」
「最上立会人にこのまえ冗談でやったら、門倉立会人にやれば面白いわよって言われて」

 小さい声で門倉立会人が何か呟いたような気がしたが聞き取れなかった。スーツのポケットに入っている携帯灰皿を取り出して渡すと彼は煙を吐き出しながら呆れたような表情を浮かべた。

「こういうことを誰にでもしないことをおすすめしますよ」
「……門倉さんだけですけど」
「無自覚か。タチ悪いのぉ」

 吐き出された紫煙を目で見つめるが特段楽しくはない。何か面白いことはないかなと考えていた時に天才的な天啓が舞い降りた。

「髪の毛弄ってもいいですか?」
「……どうぞお好きになさってください」

 何を言っても無駄だろうという表情で彼は煙草の灰を落とす。私はスーツに忍ばせてある櫛とゴムを使ってどう可愛らしくアレンジしようかとウキウキしていた。

「痛かったら言ってくださいね」
「物好きですね。野郎の髪なんて弄ってもどうにもならないでしょう」
「門倉さん髪の毛サラサラですね! シャンプー何使ってます? トリートメントは?」
「少しは人の話を聞いた方がよろしいかと」

 二本目の煙草を吸い出す門倉さんを尻目に私は好き勝手に髪の毛を弄らせてもらう。しかし、本当に艶がありサラサラとした美しい髪だ。シャンプーが何を使っているか割と本気で知りたいところだ。
 髪のサイドを編み込んでいき一つに纏める。文句を言いながらもなされるがままになっていてくれる門倉さんは本当に優しい人だ。コテがあったらゆるく巻いたりとかできたのに、なんて思いながら出来上がった髪型を見て満足する。写真を撮りたかったがさすがにダメだろうと諦め、結んだ髪を解いてからもう一度新しい髪型を思案する。ハーフアップとかも可愛いのでは、と今度は裏編み込みで編んでいく。さらさらと指通りの良い髪の艶めきを心ゆくまで堪能したのだった。時折二、三言葉を交えながら絶え間なく髪を触る私を厭わずに紫煙を黙って吐き出す姿は本当に絵になる。色男は狡い。ファッション誌の表紙でも飾れるんじゃないかと思いながら、結局はシンプルが一番似合うと初めにした編み込みの一つ結びをする。一番綺麗にできたと満足しながら、門倉さんにお礼を伝えた。

「もうよろしいのですか」
「はい満足しました、解きますか?」
「……いえこのままで」

 タイミングよく通信が入り、ヘリが近づいて来たことを知らせる。では、行きましょうかと煙草を消す門倉さんはにっこりと怖いくらいの笑みを浮かべた。

「今度はみょうじさんの髪の毛を結んで差し上げますね」
「……え」

 そんなのは聞いてない。人にするのはいいが、されるのは、こう、なんか違うだろう。遠慮しようと口を開きかけたが有無を言わさない圧に私は曖昧に笑って流した。冗談に決まっているよね。門倉さんてお茶目なんだなーと現実逃避をするのだった。



 その今度は意外にも早く訪れてしまい、私は内心とても焦っていた。しかし、彼は仕返しと言わんばかりに楽しそうに手招きをしている。彼の背後に悪魔が垣間見えた気がしなくもない。

「えっと、私は全然大丈夫ですので」
「遠慮なさらないでください。さあ、どんな髪型がお好みですか。これでも手先は器用ですから安心してください」

 拾陸號の時は見かける度にきっちりと綺麗にリーゼントに纏め上げていたのを知っているから、その手先の器用さに疑いはないがいかんせ笑みをが怖い。何かを企むような表情に思わず顔が引き攣る。

「まさか嫌だ、なんて仰いませんよね」

 人の髪を好き勝手にした癖に、自分がされるのは嫌なのか。なんて副音声が聞こえてきた。降参するように両手を上げて私は「門倉さんのお好きにしてください」。と椅子に体を預けた。頭上から楽しそうな視線が降り注いでくるのを痛いほど感じながら、髪を梳かされていく。優しい手つきで髪を梳かされるのはひどくむずむずとして気恥ずかしい。もしかしなくても私は結構恥ずかしいことをしていたのでは、と冷や汗を流した。

「あの、この前はすみませんでした」
「どうしたんですか、突然」
「いや、……これ結構恥ずかしいなあと」
「私にしたことをお返しするだけですよ。我慢してくださいね。大丈夫です。可愛らしくしてあげますよ」

 楽しそうに話す門倉さんの指先が触れるたびに体がびくついた。もう絶対にやらない、と強く心に決めたのだった。