×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



5

 女性が煙草を吸うのは嫌厭されがちだが、私が身を置く組織は男女問わず愛煙家が多い。目の前で美しい所作で煙草の灰を落とす最上立会人の姿をぼうっと眺めながら、ほぼ水になってしまった薄いハイボールを飲み干した。次は何を頼もうかとタッチパネルのメニューに視線を落とす。彼女からやたらと熱っぽい視線に気付かないフリをするが、そんなことでは彼女は諦めてくれない。机の上に置かれた手にそっと指を這わせてくる。艶やかさを孕ませたその指先にぞくぞくと開けてはいけない何かが垣間見そうになり、思わず視線を上げた。にっこりと笑う彼女は一等美しく恐ろしい。

「だから私、最上さんとは寝れないですって」
「別に女と寝るのに抵抗があるわけじゃないんでしょう? 男より満足させてあげるわよ」
「最上さんには私よりお似合いの方がいますよ。ほら、その手をどけて。貴女の部下から怖い視線を送られる身にもなってください」

 最上立会人過激派といっても過言ではない彼女の部下達は事あるごとに粉をかけられ断る私を鋭い視線で睨みつけてくる。最上立会人とどうこうなりたいと思っていないので、せめてその表情だけは辞めてほしい。美女から睨まれるのは想像以上に恐ろしいものだ。しかし、彼女はそれを含めて楽しんでるようで顔を合わせるたびに、「今夜どう?」と誘いをかけてくる。半分は遊びで、半分は本気なのだろう。「間に合ってます」。と断る私はさぞ滑稽に写っていることだろう。同性愛を否定するつもりもないし、彼女は同性の私から見ても十分すぎるほどに魅力的だ。しかし、彼女とはよい仕事仲間であり、良き友人でしかありえない。

「あの門倉がいいなんて、なまえも変わってるわよね」

 紫煙を吐き出しながらなんてことのないように口にする名前にドキッとしながら新しく頼んだハイボールに口を付ける。

「……別にいいじゃないですか」
「趣味が悪いわねぇ、立会人なら他にもいるでしょう」

 誰これと名前が挙げられるがそれを無視して既に冷めてしまった揚げ出し豆腐に箸を付ける。何がいいのかしらねぇ、と煙を燻らす彼女に苦笑いを浮かべるが好きなものは好きだから仕方がない。

「さっさと告白するなり、既成事実作るなりすればいいじゃない」
「既成事実って」
「酒に酔わせて押し倒せばこっちのもんでしょう。アンタ、顔はいいんだから誘われて断る男なんてそうそういないわよ」

 私が気に入ってるんだから自覚しなさい。と彼女は楽しそうに笑った。

「大丈夫。振られたら慰めてあげる」
「むしろ弱ってるところに付け込もうって魂胆じゃ……?」
「酷い言い草ね。もう男なんかじゃ満足できない体にしてあげるわよ」
「……本当の最終手段にとっておきまーす」

 私の返答に気を良くしたのか定かではないが上機嫌に酒を煽る彼女はやはり美しくて恐ろしい。魔性の女というものを肌で感じる。私もこれくらい蠱惑的であれば彼にアプローチを掛けることが出来るのだろうか。と想像しようと思ったが全く出来なかった。賭郎立会人というものに籍を置いている為、常人よりはネジが外れている自覚はあるが、それでも他の濃い面々に比べたら私は十分平凡だ。魔性の女も、蠱惑的なオーラも私には何一つ合いはしないのだ。

「……平凡だって思ってるのは自分だけなのにね」
「何か言いました?」
「何も。ほらせっかくだからアンタの話に付き合ってあげるわよ。あの男のどこがいいのか聞いてあげる」

 美女に凄まれる恐ろしさを味わったことがあるだろうか。経験したくないものが増えてしまったと冷や汗を掻きながら逃げ道を探すがそんなものはどこにもありはしなかった。



 結局あのあと酒を煽らされ、酔いが回った口はぽつりぽつりと彼の良いところを溢していく。程よく打たれる相槌が余計に私の口を軽くさせてしまい、冷静になる頃には目の前の彼女はこれ以上にないくらいに楽しそうに笑みを浮かべている。これ以上の失態を犯さないようにお手洗いにと、逃げてきたはいいが頭の中は酔いでふわふわとしている。冷たい水で手を洗えば少しはマシになるかと思ったが変わらずだ。人並み以上に酒は強いが、最上立会人に比べれば可愛らしいものだ。彼女が酔ったところなど見たことがない。また、飲まされるのか、と思いながら通路を歩いていれば見知った顔が前方から歩いてきて心臓が跳ねた。先程までべらべらとこの軽い口が褒めそやしていた門倉立会人そのひとがいたのだ。

「か、門倉立会人……」
「おや、みょうじ立会人」
「偶然ですね……」

 顔に熱が集まりそうになるのを必死に堪える。これでも立会人だ。顔に出す、なんてへまはしない。平素と変わらぬ表情を浮かべて話をしていればまさかの隣の個室で飲んでいたことが判明した。一緒にどうですか、と誘われ、「最上立会人も一緒なんです」。とさり気なく断ろうとしたら、「ああ、彼女ならもう一緒ですよ」。とさらっと言われてしまった。既に個室には最上さんが我が物顔で居座って最近入ったであろう女性立会人にモーションを掛けていた。あの人らしい。気まずい思いはあるものの、門倉さんと一緒にいられるチャンスを逃すのも勿体ない。見知った立会人ばかりの席に軽く会釈をして混じらせてもらうことにした。こちらの席も盛り上がっていたのか既に出来上がっているのが何人かいる。銅寺立会人は楽しそうに笑いながら弥鱈立会人のゲームを見ているし、南方立会人も他の立会人と楽しそうに笑いながら酒を煽っていた。相変わらずの濃い面々とその自由さに一気に賑やかになったなあと思っていれば隣からメニューが差し出される。

「何を頼みますか?」
「えっと、じゃあ……」

 こういうときに可愛らしいカクテルを頼めればいいのだが、指差したのは日本酒だ。彼も同じものを頼むのか二つと表示された画面を眺める。隣に座った彼からは煙草と香水の香りが入り混じって私の鼓動を速くさせる。誤魔化すようにわざとらしく明るい声音で話し掛けた。

「こんな大人数で珍しいですね、立会い終わりですか?」
「あまり時間が掛からない立会いで、南方に飲みに誘われて話が広がってこんな感じになりましたね」
「楽しくていいですね」
「……みょうじさんは、最上立会人と立会いでしたか?」
「そうなんです。早くに終わったからって誘われて」
「もしかして、お邪魔してしまいましたか?」

 色を匂わせた言葉に勢いよく否定をする。そこを勘違いされると非常に困る。他の人ならまだしも、意中の相手に勘違いされたら溜まったものじゃない。

「まさか! 最上さんとはいい同僚で、友人ですよ。……彼女はそれ以上を求める節がありますけど」

 苦笑いをしながら運ばれてきた日本酒を口にする。冷酒は好きだ。口当たりがいいものに当たると飲み過ぎてしまいそうになるのが難点だけれど。彼に煙草の許可を求められ、断る理由もないのでどうぞと応える。実は彼が煙草を吸う姿はとても好きだったりする。賭郎本部の喫煙所で彼を見掛ける時はラッキーなんて思いながら不躾に見たりしてたまに視線が合うと挙動不審になりそうになる。笑みを浮かべて誤魔化して逃げるのだがバレているだろうか。バレてないといいなあ。隣を盗み見る。眼帯で隠された左目からは何を考えているかは読み取れない。すっと通った鼻筋と煙草を咥える唇が魅力的で視線を逸らせずにいたら、彼から煙草の箱を差し出された。そんなに物欲しげに見てたのだろうか。恥ずかしさに縮こまりながらも好きな彼から貰える煙草という魅力的な誘惑には勝てなかった。習慣的に好んで吸っているわけではないが、愛煙家に囲まれている賭郎で慣れてしまい、吸うことに抵抗はなかった。煙草が吸いたいわけではなくて、彼の唇に見惚れていたなんてバレたら恥ずかしくて死んでしまいそうだ。火を借りようとする前に彼はライターで火を灯してくれる。少しだけ戸惑いながらも火を貰い、吸い込んだ。いつも彼から香ってくる好きな香り。ほろ苦い味わいが口の中に広がり、彼とキスをしたらこんな感じなのだろうかと酔った頭でそんなことを考えた。

「……あんまりそういう表情男の前でせんほうがええよ」

 聞き慣れない言葉にドキッとしながら隣を見れば、勘違いしてしまいそうな熱の籠った瞳が射抜くように私を見ていた。

「そ、ういう、表情とは……?」
「そういう風に見られると、ワシに気があるんかって勘違いしそうになる」

 手袋を外した素の指先が私の髪を掬って耳に掛ける。くすぐったさに声を漏らして体を捩れば小さく何かを呟いたが、私の耳には届かなかった。酔った頭でなんだこれ、どうしたんだ、と状況を判断しようと視線を周りに送るが皆意識的に逸らされた。ねぇ、弥鱈立会人。今すごい勢いで目逸らしたよね。他にも視線を送るが一様に逸らされた。最上さんとは一瞬だけ視線が合うが、悪戯っぽく笑ってすぐにまた女性立会人を口説き始めた。ねえ、どういうことなんですかこれ。

「なあ、ワシを見てくれんの?」
「えっと、あの、……酔ってます?」
「酔った勢いで好きな女口説くような軽薄なやつに見えるん? 悲しいわ」
「え、すき、……え?」

 情報量が多くて頭がパンクしそうだ。門倉さんが、私を好き? なにかの冗談だろう。面白い冗談ですね。と言えばいいのに、私の口は言葉にならない空気を吐き出すだけであった。門倉さんは私の指先から灰が落ちそうな煙草を奪い去ると、一口吸ってそのまま灰皿へと押し付けた。それって間接キスってやつでは。と私が呆けてる間に彼は財布からお金を出すと私の手を取って歩き出す。え、え、あの。と、よくわからない儘、脱いだスーツと荷物を持たされ靴を履かされあれよあれよという間に店から出るのであった。既成事実を作ればいい。と最上さんの言葉が頭の中を巡っていく。ぬるい風が体を撫でる。握られたままの手だけがやたらと熱くてそこから溶け出してしまうのでは、と錯覚してしまいそうなほどだった。

「どこに、行くんですか?」

 恐る恐る尋ねると彼は私の指先を愛撫するように指の腹で撫でながら口角を上げる。立会いの時に見せる顔とは違う男の人の表情に浅ましい欲望がチラつき始める。

「どこがいい?」

 そんな決定権をこちらに委ねるなんて、狡いじゃないか。

「……私、好きな人としか寝ないです」
「奇遇やね。ワシも好きな女しか抱かんよ」
「……女の人取っ替え引っ替えしてると思ってた」
「なまえちゃんー? 聞こえとるよー?」
「だ、だって門倉さんこんなかっこいいのに……」
「のに?」
「わ、たしなんかで、いいのかなって」

 思ったままを口に出せば彼はふうん、と少しばかり不機嫌な声を漏らしタクシーを停めた。不穏な空気にビクつきながらも促されるまま、一緒に乗り込む。住所を運転手に伝え、門倉さんは私の手を重ねるように包むと情事を思わせるような手付きで私の手に触れてくる。

「もう、逃がさんよ」

 覚悟しておけと耳元で囁かれる。甘く響く声音がたまらなく愛おしくて、私は訳もわからぬまま彼の手をゆっくりと握り返す。意味がわからない。変な熱気に当てられて流されてしまってることだけはわかっている。そんな私の思考を知ってか知らずか、彼は僅かに笑みを溢した。それに抗議をしようと彼を睨み付けるが、いつもより数倍魅力的に見えてしまってもうどうしようもない。酒に酔ってるからだ、きっとそうだ。全部お酒のせいにして、これからのことを考えないようにしたいのに、隣の彼がそれを許してくれない。指の間を優しく撫でられると、どうしようもない気分になる。はやく、どうにかしてほしい。そんな浅ましくてはしたないことばかりが頭の中を埋めていく。疼き出した欲望を隠すように窓の外を眺めるがそこには色惚けした情けない私が映し出されるだけだった。
 てっきりホテルでも連れ込まれるのかと思ったら着いた先は彼の家だった。手を繋いだまま、彼の部屋に着いたかと思えば玄関先でそのまま唇を重ねられた。先程吸った煙草の仄かに苦い味が広がる。同じだ、と思う余裕もなく、口内を蹂躙されてしまい頭がクラクラする。今までも恋人はいたし、セックスだって人並みにしてる筈なのに、今までの誰よりも興奮していて体が少し触れ合うだけで電流が流れるようにびくびくと震えてしまう。キスだけでこんな風になってたら、これ以上をしたら死んでしまうのではないだろうか。

「ま、って、こんな、しらない」
「そんな顔されて、待つと思うとるん。それとも、ワシのこと煽っとるんか」
「ちが、だって、キスだけで、気持ちよくて、こんなの、死んじゃう」
「そんなこと言われて待つ奴がいたら、それは本物の阿呆や」

 やだ、待って。口付けの合間に吐息と一緒に言葉にならない言葉を漏らしながら、彼に縋り付く。
 忘れられない長い一夜の幕開けであった。

おまけ
「お持ち帰りされてそのまま食べられちゃったわけね。よかったわね。既成事実出来たじゃない」
「も、最上さんっ。そんな大きな声でここで言わなくても」
「……ねえ。なまえ。一回でいいから私と寝ない?」
「め、目がマジだ……」

 門倉さんと付き合ってより魅力的になってしまった夢主に本気気味の最上さん。