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 休みの日に朝から惰眠を貪っているとけたたましくスマートフォンが震えた。寝惚け眼なまま指先を動かして画面を見れば長年連絡を取っていない知人レベルの名前が表示されていた。無視してもよかったのだが、指先が滑って電話を取ってしまったので仕方なく耳元へ近付ける。溜息を欠伸と一緒に押し殺して「もしもし」。と続ければ食い気味に凄まじい勢いで話しかけられた。内容を要約すると割りの良いバイトがあるので一緒にして欲しいということだった。紹介する人数が多ければ多いほど時給が上がるという私にしてみたらどうでもいい内容を彼女は必死に伝え、なんとかこちらをうんと言わせたいようだった。焦った様子に突っ込んで話を聞けばなんともう私が行けるということになっているらしい。勝手に紹介されて溜まったものではなかったが、余りにも必死に身の上話をされてまで頼み込まれてしまったので面倒臭くなり思わずいいよと応えてしまった。電話口で彼女は喜びながら、本当にありがとうと本心から思っているのかわからない言葉を述べて、集合時間と場所を早口で伝えるとすぐに通話が切られた。ツーツーと音を聞きながら二度寝する気分にもなれない体を起こす。せっかくの休みなのになあ。とりあえず完全に目を覚ますためにシャワーを浴びようとベッドから降りるのだった。



 集合場所に早めに向かえば記憶の中知人より大人っぽくなった女性がそこにいて、申し訳なさそうにしながらも安堵したような表情を浮かべていた。どうやら色んな人に同じことをしていたようだが、断られたようだ。私も断ればよかったなあと今更思いながらも彼女にバイトの内容を訪ねた。「なんか、カジノで裏方の仕事を手伝うっぽいよ」。なんだそのざっくりとした内容は。怪訝そうに顔を歪めると彼女は「危ない仕事じゃないよ!前に手伝ったけど、簡単だったし」。と慌てたように手を動かした。胡散臭いなあと思ったが、迎えの車が来たらしく彼女に背中を押されてその車に乗り込む。十五分ほど揺られてどこか地下の駐車場に停められる。同乗した黒服に連れられて程なくするとキナ臭さ満点のカジノを模した一室がモニターに映し出されたキャストの控え室に通された。ディーラーの出で立ちや黒服のボーイに指示を出していた男がこちらを一瞥する。彼女は慣れた様子で黒服から何かを受け取ると私にこっちだよと手を引こうとするが、その男に一声掛けられる。

「君には彼女と違う仕事をしてもらいたい」

 私はこの時、朝の電話を取らなければよかったと死ぬほど後悔をすることになる。



 バカラやブラックジャック、ルーレットなどのテーブルゲームやスロットまで完備されたカジノに時代錯誤じゃないかと頭痛のタネになりそうな格好で私は立っている。頭にウサギの耳を付けてカフスとカラーそして際どいラインぎりぎりを攻める所謂バニーガールの出で立ちで私は立っていた。なんでもたまたま来ていたここのオーナーのお眼鏡に奇しくも叶ってしまいあの黒服経由でバニーガールとして働けということであった。裏方じゃないなら帰りますと言葉を続けようものなら、ここに連れてきた張本人である彼女と一緒に帰れと言われてしまう。鋭い目線でこちらを睨みつけてくる彼女を放っておいて帰ってもよかったのだが、無事に返してくれる保証もない。このカジノのボディーガードであろう屈強な男達を余裕で倒せる自信はあったが、後の処理が面倒なので黙って首を縦に振る。更衣室でバニーガールの衣装を見ながらやっぱり殴って帰ればよかったと後悔したが覆水盆に返らずだ。一緒に来た彼女もそれなりにミニのスカートを履いていたが布面積は圧倒的にこちらの方が少ない。頑張ってね、なんて無責任に言葉を押し付けて彼女はさっさと自分の持ち場に行ってしまう。なんだか嫌な予感がするのだが気のせいだよな、なんて思いつつバニーガール姿でアルコールをひたすら提供する。この格好のせいでやたらとチップをねじ込んで隙あらば触れてこようとする輩を捌きながらホール全体を見渡す。捻じ込まれたチップはディーラーにそのまま捻じ込んできた輩に返してもらう。チップやったから抱かせろなんて言われたら溜まったものではない。しかしこのカジノではそういった暗喩を含ませて、そしてそれが罷り通っていることも察せられる。さっき大量のチップを捻じ込まれたバニーガールは男と一緒に別室へと消えていったのを見ている。のらりくらりとその場を交わしているとインカムから騒がしい音が聞こえ眉を顰める。断片的な言葉は私が危惧していたことが現実になり思わず天を仰ぎたくなる。賭郎勝負が今ここで行われるようだった。血の気が引く音が聞こえる。問題は誰がここに来るか、だ。最上立会人とかに会ったら一生ネタにされるし、なんならこのネタで関係を迫ってくるに違いない。以前からやたらと熱っぽい視線を送ってきているあの美しくも恐ろしい立会人の姿を想像して思わず身震いしそうになる。能輪立会人や夜行立会人が来た日には生易しい目を向けられるに違いない。そしてあの人は、絶対にきて欲しくない。せめて、自分と関わりの少ない立会人であれと願ったが現実は無情なのだとこの後、私は痛感することになるのだ。



 賭郎勝負の立会いのために呼ばれた場所は地下に作られた巨大なカジノであった。表向きは小綺麗なマンションを謳っているがその裏ではこんなことをやっていたのかと、門倉は頭の片隅で思いながらカジノへと足を踏み入れる。通常のカジノを通らずにマジックミラーとなった通路を通ってVIPルームへと足を進める。ふと、視線を向けるとそこには見知った女性が普段よりも露出をした格好で給餌をしているではないか。玩具を見つけたかのように不敵に笑った門倉は立会いの他にも面白いものを見つけたのだった。
 立会い自体はスムーズに終わり、かもなく不可もなく、かといって興を唆られるものでもなかった。このカジノのオーナーであろう仕立ての良いスーツをきた大柄の男はチップを換金して負け分を黒服へと渡した。金額の確認を終え、その場を引き上げるために門倉は部下に車を回させるように手配をさせる。門倉達がその場を引き上げるのと同時に、オーナーの隣に男が駆け寄り何かを耳打ちする。慌てた様子で足早に去るオーナーに何かを感じ取った門倉はその後をついて行くことにした。

「君、わかるだろう。ただでさえ今日は負け分が重なっているんだ」
「そういうことをしろとは事前に聞いていませんが」
「ここでそんな格好をしていたらわかることだろう。誰がバイト代を出すと思っているんだ」

 ここではカジノとは別の側面も併せ持っているのだろう。露出の多い女性キャストが多いのもそういうことだ。性接待をしろと自身よりも体格の良い男に凄まれても尚、真っ直ぐとその瞳を見つめ返す彼女に痺れを切らしたのか無理矢理彼女の手を掴んで部屋へと引きずり込もうとする。彼女がその男に手を出すよりも速く男の首に手刀を叩き込む。倒れ込んだ男の頭越しに驚いた表情を浮かべる彼女は実に実物であった。

「こんなところで奇遇ですね。みょうじ立会人」
「か、門倉立会人……」
「実にお似合いですよその格好」
「勘弁して……」

 一番会いたくない人に会ってしまった。といった表情を浮かべる彼女が愉快で門倉は浮かべた笑みを深めるのだった。



 自分より號数が上じゃないと付き合いたくない。と以前拾陸號だった門倉に言い寄られた時に断ったことがある。彼は納得していない様子だったが、私はなるべく彼に合わないようにしてそのことについて言及されないようにした。別に彼が嫌いなわけではない、見た目で言えば寧ろタイプではあるし、中身も話し易く、彼の立会人としての矜持も尊敬している。だからこそ、問題なのだ。彼を好きになったらダメになるとわかるレベルでハマってしまいそうなのだ。プライベートと仕事は完全に分けたい。仕事でかっちりしている人がプライベートでだらしなくて幻滅されるなんていうのはよく聞く話だろう。人間として尊敬している門倉に幻滅されるなんて考えただけで死にたくなる。ちっぽけな自尊心の為に號数を持ち出して誤魔化した。彼が立会で大怪我をして生死を彷徨っている時は酷く心配をしたが、それを出来る立場にない私はただ彼の無事を祈ることしか出来なかった。驚異的な回復力で怪我を治した彼は空席であった弐號という大出世を果たし、立会人として復帰をした。そのことを陰ながら安堵していた私に彼は特大の爆弾を落としていった。

「これで私の方が號数が上になりましたが、考え直して頂けますか?」
「えっと、あの、その……門倉立会人……?」
「あの時は私は拾陸號であなたは拾参號でした。あなたは自分より號数が上ではないと付き合えないと仰ってましたね」

 圧が、圧が凄い。有無を言わさない目力は拾陸號の時より鋭さが増していて思わず後ずさってしまう。私が一歩後ずさると、彼は一歩近付いてくる。何回かそれを繰り返すがとうとう背中が壁に着いてしまい逃げ場がなくなってしまった。横に逃げようにも素早く壁に手をついた門倉が顔を近づけてこちらをじっと見つめてくる。所謂、壁ドンであった。以前のリーゼント姿も好きであったが、下ろしている姿も素敵だ。眼帯に隠されていない右目が私の瞳を真っ直ぐ射抜く。だから凄いタイプなのだ。自覚したくなくて遠ざけていたのにこんなに近付かれたら否が応でも好きだって認めてしまいたくなる。早鐘のように鳴る心臓をバレないように努めて冷静になろうとするが、眼前の彼がそれを許してくれそうにない。

「待って、くれませんか。その私が決心をつく、まで」

 震える唇を誤魔化す。鼻先が触れてしまいそうな近さ。彼の纏う匂いが鼻腔をかすめて頭がくらくらしてしまいそうだ。彼は私の言葉を聞くと残念そうな表情で「今のところはそれで良しとしておきましょう」。と私の髪を一房撫で付けて去って行ってしまう。こんなにも人の心を掻き乱すだけ掻き乱して去って行くなんて本当に酷い人だ。なんて、彼を弄ぶような真似をしている私が言えた台詞ではないのだけれど。誰に向けるわけでもなく溜息は虚空へと消えていった。



 そんないきさつがあって今に至る。つまり待っていて貰っているのだ。返事を。もう殆ど落ちかけている私の心はなけなしの矜持だけで保っていたがそれももう危うい。こんな格好を見られて平気でいられるほど私は冷静な人間ではない。その他大勢に見られた時はなんとも思わなかったのに、今はとてつもなく恥ずかしく思える。なるべく体を隠そうと体を縮こまらせるが彼は鼻で笑うように笑みを浮かべた。

「そんなに、見ないで頂けると……」
「ああ。失礼。みょうじさんが可愛らしくて」

 壁際に追い詰められるとあの時を嫌でも思い出してしまう。そして今は何より布面積が明らかに少ないのが問題だ。恥ずかしさに顔を俯かせると耳元でぼそりと囁かれる。

「けど、妬けるのぉ。そんな姿、ワシ以外の男に見せつけたんか」
「……っ、」
「なあ、おどれのことで頭いっぱいで阿呆になってる可哀想なワシのこと早う慰めてくれ」
「み、耳元は、反則じゃ、ないですか……」

 くつくつと楽しそうな笑い声が聞こえる。普段は仕事モードで敬語でしか話してないのに、こういう時だけ素を見せるのは狡いと思う。壁と門倉さんに挟まれて行き場のない体は耳元で囁かれる低い声と香水と煙草の香りが入り混じった匂いでおかしくなりそうだった。

「そんな物欲しそうな顔してまだ渋るんか?」
「……だって、私、好きになったら、門倉さん、幻滅しますよ」
「そんな生半可なモンだと思うとるん。癪に触るのぉ」
「だって、私、好きになったら、これからどうやって門倉さんを見ればいいのか、わからないです」

 公私混同しない自信がない。立会いが一緒になったら嫌でも意識してしまう。絶対にだ。自信を持って言える。途切れ途切れの言葉を聞くや否や彼は楽しそうに笑みを浮かべると私の顎に手を添えて顔を上げさせる。

「今と変わらんよ。おどれはおどれが思う以上にしっかりしてる」

 だから、早うワシのこと好きって言ってくれ。唇が付くか付かないかの距離で彼の瞳を見る。瞳越しに映る自分の姿は如実に色を纏わせていて私はあっさりと白旗を上げた。完全に負けてしまったのだ。

「門倉さんのことが、好きで、ッ」

 言い切る前に唇を塞がれた。ゆっくりと丁寧に口内を嬲られる。舌の体温が気持ち良くて背筋がぞくぞくとする。

「んっ、ンッ」

 鼻にかかった声が漏れ出る。恥ずかしくて彼のスーツをぎゅっと掴むと楽しそうな声が聞こえた。「ウサギの尻尾まで付いてるんか。ふぅん」。口付けの合間にそんなことを呟き、再度唇を塞がれる。門倉さんの指先が背中の編み上げの部分を擽るようになぞり、ゆっくりと下まで降りていく。手袋越しに伝わる体温がもどかしくて焦ったく感じてしまいそうになる。何分にも何十分にも感じられた口付けがやっと終わり唇が開放されるとそのまま床に崩れ落ちてしまいそうになる。彼は難なく抱き止め、私に自ら着ていたスーツを被せる。そして私を横抱きにしてそのまま歩き始めてしまう。

「あの、これから、どちらに……」
「ん。ワシの家。あんなに縋ってきて帰るなんて寂しいこと言わんよな」

 もう好きにして。と私は諦めたように彼に身を預けバニーのカチューシャだけ取ってその場に投げ捨てた。

「可愛いのになぁ、アレ」
「門倉さん部下にバニーガールお持ち帰りしたって噂されてもいいんですか」
「今の状態じゃ大して変わらんよ」

 こうして私はお持ち帰りされたのであった。あとはもうお察しの通りである。