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3

「お疲れ様でした。門倉立会人」
「みょうじ立会人もお疲れ様です」

 とある山奥で行われた立会は特に問題なく執り行われた。部下の黒服達を先に帰らせた彼女は「帰りは私が運転しますよ」。と鍵を手にしていたので言葉に甘えることにした。

「門倉立会人は人気ですねえ、昨日も遅くまで立会いしてませんでしたか?」
「貴女も人のことを言えないと思いますよ」
「門倉立会人に比べたらまだまだですよ、もっと研鑽しくてはいけませんね」

 世間話を交えつつも疲労の色が隠しきれない門倉にみょうじは「起こしますから少し休んでください」と声を掛ける。渋る表情の彼に部下に示しがつきませんよと続ければ頼んだと一言零して目を瞑った。車内の音量を小さめにして暗い夜道を走る。この平穏が保たれたのは僅かな間のことだった。
 バックミラー越しのライトが眩しくて門倉は目を開けた。幾度か瞬きを繰り返し、運転席のみょうじを見れば幾分かいつもより苛立っているように見えた。門倉の視線に気付いたみょうじは横目で見ると困ったように笑みを浮かべた。

「こんな山道で煽るアホがおったんか」
「そんなに遅いわけじゃないんですけどねえ」

 挑発するように煽る車をミラー越しに見つめながら溜息を零す。賭郎の立会人をしてるだけあって、みょうじは動じずにハンドルを握っていた。暫くそのまま走っていると追い越しが出来るスペースが見えてきたのでウィンカーを出して先に行くように促す。煽ってきた車が先を行きやっとライトの眩しさから解放されたかと思いきや今度はわざとブレーキを踏んで進行を邪魔してきたのだ。チッと隣で盛大な舌打ちが聞こえ門倉は思わず横目で見てしまった。普段温厚なみょうじからは想像つかない形相をしていた。

「門倉立会人、明日の立会いは何時からですか?」

 鋭さが増した声音に少しばかり肝が冷える。普段温厚な人間が怒ると怖いというのはこういうことなのだろう。明日の予定を伝えればみょうじは小さくとてつもなく低い声で「門倉さんも私も早く帰って寝たいっつーの、このクソが」。と呟いた。立会中も笑みを浮かべている彼女からは想像もつかないほどに冷めた声で、素の彼女はこんな喋りをするのかと見当違いなことを考えていた。相変わらず前の車は不必要にブレーキを踏んで赤のランプがチカチカと点滅を繰り返していた。

「ちょっと飛ばしますよ」

 彼女は挑戦的な笑みを浮かべると同時にアクセルを踏み込んだ。音量の上がったラジオからはユーロビートが流れていた。



 そこからは頭文字がDのような展開であった。巧みにハンドルを捌いてあれよあれよという間に車をちぎってしまった。遅い時間のせいで対向車がいなかったとはいえ、センターラインをはみ出して車を追い抜く瞬間は爽快というより恐怖の言葉が近かったかもしれない。昔色々やんちゃをしていた時代に思いを馳せながら驚愕に満ちた阿呆共の表情が一瞬ミラーに写りすぐに遠くなる。隣から鼻で笑う声が聞こえて手袋越しの口元が緩く弧を描いた。

「随分とやんちゃなんですね」

 意味有りげな言葉に彼女は少し照れ笑いをしながらラジオの音量を下げる。窓から見える景色が暗い山道から市街地へと切り替わっていく。

「門倉立会人ほどじゃないですよ」

 信号が赤へと変わる。でも、他の人には内緒にしてくださいね。と彼女は門倉を見つめた。鋭い瞳がいつもより優しく見えるのは秘密を共有したからだろうか。