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 ここ最近賭郎会員になった男が連日立会いを希望してくるため私は酷く疲れていた。専属になった為に仕方がないのだが、何故か他の会員からも立会いを希望され連日引っ張り凧状態で徹夜続きといっても過言ではなかった。回らない頭をどうにかカフェインで動かしながら、業務に必要なあれやこれを部下に指示しつつ能輪立会人に次の仕事の割り振りを聞いた。3時間後に現地着。ということは1時間前に出れば余裕で間に合う。しかしその残りの2時間で帰宅するわけにもいかず、本部内の自販機でブラックコーヒーを死んだ目で見つめながらボタンを押した。がこんと落ちてきた缶を緩慢に拾い近くに設置された長椅子に腰を掛けているとコツコツと革靴の音と共に聞き慣れた声が聞こえる。視線をずらせば長いスーツの裾が視界に入った。

「お疲れ様です、みょうじ立会人」
「門倉立会人もお疲れ様です」

 この自動販売機が置いてあるスペースを少し行った先には喫煙所がある。彼の目当てはそれなのだろう。余り情けない姿を見せるのは恥ずかしいので少し背筋を伸ばして門倉が通り過ぎるのを待っていたが彼は何故か隣へと座ってきた。

「煙草、吸うんじゃないんですか?」
「まあそれはあとでも。ところで余り顔色がよろしくないようですが」

 体調管理も大事な仕事のうちだと暗に言っているのだろう。たまに見せる不敵な笑みを浮かべながら言われたのなら嫌味の一つだと理解できるのだが、彼の表情は本当に心配をしているようで腹の座りが悪い。なんといって誤魔化そうかと指先で髪を弄るが妙案は浮かばない。そして枝毛を見つけてしまって少しショックを受けた。溜息を噛み下して手にした缶コーヒーを弄ぶ。労られるような視線が隣からちくちくと刺さってきて正直腹の底がむずむずとしてどうにも耐えられそうになかった。

「少しばかり、寝不足でして」

 観念したように口を開けば彼は長い足を組み替えて無言で続きを促している。続きも何も他に言うことないんだけれど、と思いつつ壁に背を凭れさせる。

「立会いには問題ないから大丈夫ですよ。そこは私にも立会人としての矜持がありますので」
「……そういった心配をしているわけではないのですけどね」

 呆れた声音と共に吐息が漏れる。溜息を吐くと幸せが逃げますよ、なんて軽口を叩けるほどの元気は残っていなかった。隣から聞こえる低い声の心地良さに安心したせいか、眠気のピークを迎えたせいだろうか。後から考えると穴に埋まりたいほどの恥を晒すことになるのだが、今の私にはそこまでの思考を割くことが出来なかった。

「門倉立会人、まだ少し時間ありますか……?」
「もうこのあとは立会いの予定はありませんよ」
「すみません、10分、いや5分だけ、肩貸してくれませんか」

 返事を聞く前に私は恐れ多くも弍號立会人の肩へと頭を凭れさせてしまった。仄かに香る煙草の残り香と香水の匂いが混じる。不思議と嫌悪感はなく寧ろ安心感に包まれていた。

「門倉さん……すごいいい匂いする……」

 頭の中で思ったことがそのまま口に出ているとは露知らず、私はそのまま意識を暗転させてしまうのであった。

「……ほんまに人誑しやのぉ」

 ぽつりと呟いた言葉を彼女は知らない。



 意識がゆっくりと浮上する。やけにふかふかとした感触に僅かな疑問を覚えそしてすぐに飛び起きた。見渡せばそこは賭郎本部内の仮眠室であった。今何時だ、立会いはどうなった。さぁっと一気に血の気が引く感覚がする。焦って携帯を探せばサイドテーブルの上に置いてあり、そして隣にはメモ書きがひとつ残されていた。達筆な字で、立会いは代わっておきます。と短く書かれて言葉の下には門倉の名前と11桁の数字。ぼんやりとした頭でそのメモを何度も読み返しながらもう一度ベッドへと座り込んでしまう。とんでもない貸しを作ってしまった。一体どうやって返せばいいのだろうか。頭を抱えていればサイドテーブルの携帯が震え、着信主を見れば能輪立会人と表示されていた。瞬時に背筋を伸ばし電話に出れば、体調管理についての小言と3日ほどの休暇の申し出であった。しっかり休むようにと念を押され通話が終わる。ぼうっとしていると画面が切り替わり部下からのメールが1通入っていた。門倉から交代の申し出に関してのことであった。ざっと目を通し、そのまま休暇に関しての指示をしてもう一度ベッドに横たわった。スプリングの効いた音が響く。天井を見ながらふと思った。私をここに運んだのは一体……? 漸く働いてきた頭が一つの答えを導き出す。喫煙所で煙草を吸う予定でもう立会いもない門倉立会人に肩を借りて、あまつさえ仮眠室まで運んで貰ったという事実が酷く頭を悩ませた。本当に私はどうやってこの恩を返せばいいのか。11桁の数字を見つめながら私用の携帯を取り出して当たり障りのない文面を打ち込んだ。
 みょうじです。今日は大変失礼を致しました。気を遣わせてしまって申し訳ないです。お礼がしたいので、立会いが終わったらご連絡を頂けると幸いです。
 やたらと堅苦しい文面になったが仕方がない。立会いが終わるのは夜になるだろう。とりあえずハンガーに掛けられたスーツを羽織って家へと帰ることにした。
 夜、自宅のソファーの上でそわそわとしていると携帯が震えた。裏返りそうになる声を抑え、もしもしと告げればあの居心地の良い低い声音が鼓膜を揺らした。

「門倉です。みょうじさん少しは眠れましたか?」
「はい。あの本当にすみません。ありがとうございました。立会いを代わって頂いたり、肩を借りたばかりか、仮眠室まで運んで貰ったみたいで」

 あの、そのと口籠もり一番聞きたかったことをつぶやく。

「私、重くなかったですか……?」

 電話口からは楽しそうな笑い声が聞こえる。『軽かったですよ』。と、愉快そうな声で応えられてとてつもなく恥ずかしくて堪らなかった。このお礼はどうやって返せばいいのだろうかと悩みつつ、彼の空いている日を訪ねる。私が出来るのはこの恥を彼が望む形で返すことだけだ。



「なにやってるんだ」
「ん、羨ましいか?」
「あほか」

 煙草を吸いにきた南方立会人に目撃されてたことを後から知って「なんで教えてくれなかったんですか」。と抗議をするが彼はいつもの不謹慎な笑みを浮かべるだけであった。