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3

 門倉雄大と遭遇してから一週間、私は何事もなく平和を享受していた。しかし、彼との出会いは私の弛みきった性根を見直すいい機会であった。骨の髄までダメになる前にと仕事をいくつか回してもらって、やっと以前のような勘を取り戻したのだ。他人を通して救われようとしているなんてとんでもない話だ。恥ずかしくて情けなくて死にたくなる。卒業して使い物にならなくなった、なんて笑い話にもなりはしない。廃棄処分にならないようにこの束の間の平穏を楽しみながらも頭の片隅で仕事のことを考える。ホームルームが終わり帰宅しようと鞄を手に掛けたところで教室から色めきだった声が上がる。視線を声のする方に向ければ珍しくあの門倉がいたのだ。こんな時間に珍しいと彼の横を素通りしようと足を進めた瞬間に「みょうじ」。と呼ばれた。あの門倉雄大に呼び止められてしまった。教室が騒然とする。彼が呼び止められることはあっても誰かを呼ぶことなど皆無に等しいからだ。

「ちょぉっとええか」

 周りからちくちくと視線が刺さる。主に女子生徒の目線が痛い。聡い彼のことだから断れないようにわざと衆目の中こうやって呼び止めたに違いない。自分の価値を理解している人間ほど厄介なものはない、とこのとき私は痛感した。

「うん。いいよ」

 表情を取り繕うのは得意だ。なんてことのないように人当たりの良さそうな同級生に向ける表情を作り上げる。

 彼に連れてこられたのは以前会った場所と同じであった。彼は私に向き直ると「この前の礼」とぶっきらぼうに一つ紙袋を差し出した。

「お礼?」
「ハンカチ。渡してきたのおどれやろ」
「ああ。別にいいのに」
「貰われるばっかりなのは好かん」
「……律儀だね」
「これで貸し借りなしや」

 借りを作るのが嫌いなのか。彼はそれだけ言うと壁に背もたれながら煙草を咥えた。校内で堂々と喫煙出来るのは彼くらいなものだろう。この前のように火がなかなか付かないなんてことはなく煙を吐き出した彼は「悪かったな」。と小さく呟いた。

「何が?」
「みょうじに失礼なこと言うたやろ」
「……ああ。抱いてほしい発言?」

 彼は罰が悪そうに少しだけ表情を曇らせた。綺麗に整えられたリーゼントを眺めながら別に気にしてないけどなあ、と彼との間に一人分の距離を置いて私も壁に背もたれてみる。制服越しでもわかるひんやりとした温度に少しだけ心地良さを覚えながら横目で彼を盗み見た。

「ワシに近付いてくる女は大体それ目的や。だからみょうじもそうかと思った」
「モテる男も辛いね」
「……それだけか?」
「え、なんかもっと言ったほうがいい?」
「変なやつやな、おどれ」

 煙草の臭いが立ち込めるが不思議と嫌な感じはしない。この前より彼が年相応に見えた気がしてなんだか可笑しく感じた。

「まあ、女は本能的に優秀な遺伝子を求める傾向があるし、君に群がるのも仕方ないんじゃない?」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ。それに君みたいな色男と寝たっていうのが一種のステータスになるんじゃない?」
「あほくさ」

 つまらなそうに吐き捨てながら彼は携帯灰皿に吸い殻を落とした。ポイ捨てしないんだ、見た目とのギャップ……そういうとこだと思うよ。なんて独り言を胸にしまい込んだ。

「おどれにはワシはどう見える?」
「どうって……、同級生? 隣の席の」

 それ以上も以下もないだろう。と言えば彼は目を細めて愉快そうに笑みを浮かべた。少し癖のあるその笑い方を眺めながらなぜ自分が笑われたのかを考えたが全くわからなかった。

「……門倉くんが強いってことは噂で聞いてるけどやんちゃして怪我とかしないようにね」
「やんちゃ、ね。ああ、心に留めておくわ」