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 私が通っている学校には有名人がいる。学生の身でありながら大人よりも権力があり、そこら辺のヤクザよりも統率が取れた集団の頭である男、門倉雄大。私の隣にある彼の席はいつも空席であった。時々学校に顔を出したかと思えば、ふらっとどこかへと消えていく。単位とかそういうのはどうなっているんだろうな、とは思ったが彼は特別な人間だからきっと何かしら便宜を測ってもらっているのだろう。たまに現れると学校中の女子が教室の外から黄色い声を上げながら彼を見ていた。人気者は大変そうだなあ、とそんなことを思いながら私はゆっくりと目を閉じる。人生二回目の初めての学校生活はとても平穏で有意義なものであった。
 一回目の人生は至って詰まらないものだった。生まれ落ちた瞬間から死ぬその時まで、ただ人を痛めつけて殺めて、死んだら多分地獄に行くんだろうなあ、と漠然的に思うようなそんな人生だった。痛いことも辛いことも苦しいことも悲しいこともたくさんあった。もちろんそれと同じくらいに他人に対しても、痛いことも辛いことも苦しいことも悲しいこともしてきたのだが。血に塗れた物騒で不穏で苦難しかない人生であった。苦難をそうとは感じなくなった頃、ろくな死に様にはならないだろうなあと思っていたが想像以上に酷い死に様だった。次は平穏な人生がいいな、とそんな空想をしつつ三十にも満たない人生を終えた。かと思いきや、そんな過去の記憶を持ったまま生まれ落ちてしまったのだ。小さな手をぼやぼやの視界のままで見る。まじか。そんな創作物みたいなことが起こるんだ、と思いながらも新しい人生にうきうきと胸を弾ませていたが、今回の人生も血生臭いものになってしまって些かショックであった。前回のことで耐性が付いていたせいかはわからないが、前よりはマシかも、なんて呪文のように唱えながら毎日を耐え忍んだ。アドバンテージがあったお陰かそれなりに優秀らしく、そのせいで幼い頃から世界各国を傭兵として渡り歩くことになってしまった。幼い子供が戦闘力を要してるとは誰も想像しないせいで、彼方此方で重宝される存在となってしまった。私もしても生き抜く為には戦わなければならなかったので、死に物狂いで仕事を切り抜けた。痛いことも辛いことも前の世界に比べたら全然マシだ。それに私を教育していた期間はお利口に仕事をしていればある程度の我儘は聞き入れて貰ったので、本を読んだり好きなものを食べたりと生きる上で楽しいことを見つけることが出来た。十五になった頃、機関の誰よりも強くなった私に畏怖を抱いたのかご機嫌取りのように「なにか褒美をあげようか、何がしたい?」。と猫撫で声で尋ねられた。ふと私は絶対に無理だろうな、とわかってはいたが憧れていたことを吐き出してみる。「学校に行ってみたい」。その願いは叶えられ、私は人生初の学生生活というものを送れることになったのだ。既に知っているようなことを教わる授業というのは大層興味深いし、同級生とたわいも無いことを話すのも今までになかったことだ。そしてなにより、血の匂いが一切しないことに驚いた。高校生活中は仕事をしなくていいことになっていたので、卒業したら血の匂いに卒倒してしまうかもしれない。なんて思っていれば、学校には似つかわしくない血の匂いを感じた。暴力と殺気が混ざった懐かしくて当たり前の存在を辿って行くと、学校で有名人のその人に会ってしまう。私と門倉雄大の初対面であった。校庭の片隅、人が通らないような隠れた場所で頬から血を流しながら煙草に火をつけようとしている姿は中々に近寄り難く感じる。普段彼を熱狂的に見ている女子達もこの場面では近寄ることは出来ないだろう。門倉くんは私を一瞥したがすぐにライターに指を掛けていた。中々火がつかないそれに苛つくのか舌打ちをする彼の隣に行きポケットからジッポーを取り出して火を付ける。彼は目を丸くしたが無言で煙草を近付ける。獰猛な犬が気まぐれで足に擦り寄ってくるような、不思議が感覚に包まれた。彼は人からこういう風に扱われるのに慣れてるんだろうな、末恐ろしい。

「頬、血流れてるよ」
「……ワシのじゃない。返り血や」
「ふうん。でも乾く前に拭かないと落ちにくいよ」
「なんや経験あるみたいな物言いやな」

 その言葉に曖昧に笑って誤魔化す。血に塗れて鼻が効かなくなったあの頃を少しだけ想起した。

「ハンカチ貸してあげる」
「汚れるやろ。いらんわ」
「じゃあ、あげる」
「……なに、見返りが欲しいん?」

 鋭い視線に捕らわれる。真意を伺うような、こちらの探るような瞳は明らかに私を見下したものだった。

「おどれもワシに抱いてほしいんか」

 揶揄うように吐き出された言葉には彼の歳に似合わない熱を孕んでいた。私を値踏みするような視線。その瞳の色はすきなものではなかった。来るもの拒まず、去るもの追わず。彼ほどの色男ならそれこそどんな女性もよりどりみどりの選び放題だろう。思い出に一回、なんて早熟な女の子は選ばれてたがってしまうのだろう。生憎とそんなものに憧れてしまうほどに、ロマンチストにはなれなかったのが私なのだけれど。

「そういうことは好きな人としかしないことにしてるんだ」

 仕事以外では。なんて言葉は飲み干して、にこりと笑みを浮かべて見せる。施しをしてあげようなんて大層なことは考えていない。ただ、あの時あの頃の幼い私が誰かにこうやって優しさを与えられたかっただけなのかもしれない。彼を通して自分を慰めようとしているなんて私も平穏に慣れすぎたようだった。

「じゃあね。門倉くん」

 不思議そうにこちらを見る彼に押し付けるようにハンカチを渡してその場から立ち上がった。

「……なんやあいつ」

 小さく呟かれた言葉が私の耳に入ることはなかった。