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 金も地位も持っているような男がお遊びのように命を賭ける様は滑稽であった。自分が絶対に負ける筈がないと確信しているのか、運があると勘違いしているのか他にも賭けられるものはたくさんあるはずなのに、自分の命なんてものを賭けてしまう。死なないと、高を括っているのか。本当に命を取り立てるなんてことをしないと呑気なことを考えているのか。どちらにしろ、門倉がやるべきことはただ一つであった。戯れで命を賭けた男を粛清することだけだ。負け分は即回収。猶予なんてものはありはしない。では、取り立てをと門倉が一歩足を進ませると肥えた男は脂汗を垂らしながら口汚く声を上げる。

「おい! お前! なんとかしろ!」

 それまで男の後ろにお飾りのように立っていた人間に捲し立てる。気配を消したままの人物は音もなく男の隣に現れる。中世的な容姿をしたスーツがよく似合う不思議な雰囲気の人間だった。

「なんとかって何をするんですか?」
「高い金を払ってるんだ!助けろ! わしを逃せ!」
「じゃあ、命のやり取りなんてするもんじゃないですよ。まあ、雇い主の命令は絶対なんでやりますけど」
「……取り立ての邪魔をするということで宜しいでしょうか?」
「うん。そうなりますね」

 男にしては高く、女にしては低い声が性別を余計に判別しずらい。眼前に立ちはだかる人間にほんの僅かの懐かしさを覚えたが、それがどうしてなのか、門倉はすぐにそんな考えを頭の隅に留めることにした。眼前の人間が何であるか、など、そんなことは取り立てになんの関係もないのだから。では、と一声置いて門倉は地を蹴る。殺すつもりで放った拳が奴の顔を掠める。目を一瞬見開き、そして表情を変える。笑みを浮かべた奴はそのまま門倉の足元を狙って姿勢を低くして蹴り出す。しかしそれをなんなくと避け門倉は第二撃を繰り出そうとしている。それから二人は暫く攻防戦を続けた。門倉の殴りが鳩尾に入ったかと思えば長い足が門倉の首を狙って脚を振り下ろしている。衝撃で門倉の頬が切れ赤い血が流れる。が奴も口から血を流しながら不敵に笑みを浮かべていた。門倉の部下である黒服達はその均衡状態に内心はらはらとしながら見守っていた。立会人は絶対的強者でなければ務まらない。そして限りなく強者であるあの門倉と同じ土俵に立つほどの人間が立会人でないことに驚きと不安を抱えていた。出入り口は部下達が抑えている為に敗者である男はおろおろと不安そうにしているが、勝者であるもう一方は見せ物のように二人の戦いを楽しんでいた。そしてその攻防が数分続いた時、門倉と奴が距離を取りお互いの出方を窺っていた時間にして数秒の間に一つの着信音が響き渡る。ぴたり、と奴はさっきまで出していた殺気を抑えポケットから携帯を手に取る。待て、とでもいうように門倉に対して手を出して誰かと通話を始めた。二、三言葉を交わすと奴は溜息を零すとあっけらかんと言葉を放った。

「雇い主じゃなくなったんで、取り立てでもなんでもしてください」

 痛かった、と呑気に体を伸ばしながら雇い主であった男の首を捕まえてそのまま床へと放り投げるとそのまま男が座っていた椅子へと座った。ポケットから棒付きキャンディを取り出してそれを口の中に入れる。先程まで門倉と戦っていた人物と同じとは思えないほどに穏やかな表情をしていた。

「お前……! こんなとこをして許されると思っているのか!お前に大金を払ってるんだぞ!」
「だって、アンタ契約内容改竄してるじゃん。だめだよー、うちはクリーンでホワイトをモットーにしてるからね」

 雇い主であった男を見下ろす姿は恐ろしいほどに冷たかった。キャンディを砕く音が響く。

「それにさ、私言ったじゃん。命のやり取りなんてするもんじゃないって。覚悟がないならしない方がいいと思いますよ」

 皮肉じみた口調で笑う。目が笑ってないその表情は薄寒いものを感じる。携帯を弄り出した奴に、男は絶望しきった面持ちでぶつぶつと唱え始める。そんな男の肩をトントンと優しく叩きながら門倉は笑う。不謹慎に笑う。

「では、取り立てを始めさせて頂きます」

 男の命は呆気ないほど簡単に取り立てられてしまうのであった。

 事後処理を8割ほど済ませた頃、門倉はとんとんと肩を叩かれる。振り向けば先程までやり合っていたあの人物が立っていた。とっくにその場から立ち去っているものだと思っていたが、そうではなかったらしい。

「なんでしょうか?」
「あ、やっぱり門倉くんだ」

 覚えてない? 高校の頃同級生だったんだけど。門倉くん有名人だったから忘れてるかな。なんて呑気な声で笑いながら話しかけてくる。門倉の脳裏に一時期よく連んでいた女子生徒が浮かび上がってきた。

「みょうじ……?」
「嬉しい。覚えててくれたんだ」
「なんでおどれこんなとこに……」
「お仕事。門倉くんもでしょ?」
「仕事って……」
「こんなんでも稼ぎ頭なんだよー。門倉くんは相変わらず男前だね、元気してた?」

 あの時と変わらない笑顔で話す彼女に懐かしい記憶が蘇る。

「傭兵って冗談じゃなかったんか」

 ぽろっと出た言葉に彼女、みょうじなまえは酷いと、笑いながら門倉の背中を叩く。久しぶりに出会った同級生とこんな形で再開するとは夢にも思わなかった。