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プロヒーローの妻になる覚悟の話。
USJ編後。
夢主がモブレ(未遂)されたり、暴力表現もあるので注意。
死柄木さん出張ってますが、書いてる人は死柄木さん好きです。
(しかし、二人称が迷子になってます。)


 ずきんと頭を刺す痛みの中、目が覚める。此処はどこだろうか。歩こうと足を動かしたが両足はびくともしなかった。一体どういうことだ。己の体の違和感に脳内は警鐘を鳴らし始める。回らない頭を覚醒させるように深呼吸をしながら辺りをぐるりと伺う。真っ暗な室内は何も見ることが敵わない為、私はまた深く息を吸った。椅子に座ったまま後ろ手に縛られているようで、手を動かしても虚しく金属音が響くのみだった。足首も同様に椅子の脚と一緒に縛られている。力を入れて動かそうとしてもパイプ椅子の軋む音が響いただけで状況に変化は齎されない。落ち着け。落ち着け。深く呼吸をしろ。私は何をしていた。そして何をされた。焦る気持ちを鎮めようと個性のトレーニングでしていた呼吸法を思い出す。頭のてっぺんからつま先に血液が巡るのを感じるように深く深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。縛られてはいるものの自由が効く指先で左手の薬指に触れる。その指輪に向けて個性を発動し、息を吐いた。これでとりあえずは大丈夫な筈だ。そう思考を巡らせていると、途端に部屋が明るくなる。急に明るくなった視界に目が眩みながら、部屋に現れた男を薄目で見た。男は見たことのある顔をしていた。沸騰しそうなほどの感情が血液と共に頭を昇っていく。奴は、奴は、雄英の大事な生徒を、平和の象徴のオールマイトを、私の大切な彼を。

「気分はどう?」

傷付けた男であった。



「……一体、私に何の用です?」
「怖いなァ、そんな風に睨み付けないでよ」

 思わず殺したくなる。和かな音で紡がれた言葉は殺意に塗れていて、私の体を震わせるには十分であった。しかし、それを気取らせないように掌を力強く握り締めて、真っ直ぐ男の顔を見つめた。手で覆われている為、表情は伺えなかったがとても楽しそうにしているのは雰囲気で理解出来た。

「もっと手こずるかと思ったけど案外簡単だったよ。みょうじなまえ。アンタをここまで連れて来るの」

 学校からの帰り道を歩く私を後ろから殴りつけてそのまま此処へ連れて来た。と、ご丁寧にどうやって私を誘拐したかを話す男、死柄木弔は新しい玩具を与えられた子供のように上機嫌に歌でも歌うかのように、私にそれを話し続けていた。車ではなく徒歩で通勤していたところを狙われるなんて、失態もいいところだ。

「御託はいい。一体何の目的だ」

 話を遮られたのか急に不機嫌になった男は舌打ちをして、私の近くまで歩み寄ってくる。威圧感と殺気に体が悲鳴を上げそうになるのを私は必至の虚勢で、知らないふりをする。靴音を派手に立てると、男は私の顎を思いっ切り掴み顔を上げた。近くで交わる視線に背筋が凍る感覚を覚えたが、頭を必死に回転させ、恐怖心を心の奥底に閉じ込めた。触れたものを崩壊させる個性だと聞いているが、私の顔がまだ崩れていないのは五本の指が触れていないせいだろうか。悲鳴を出さないよう力を込めれば喉からは空気の漏れる情けない音がした。恐ろしい。私は此処でこの男に殺されるのか。しかし、それでも私は此処でこの男から目を離してはいけない。逸らしてはいけない。恐怖心を押し殺せ。彼と、相澤消太と結婚するときに、プロヒーローの妻になるときに決めたのだ。こういうことを覚悟の上で私は彼の妻になったのだと。戦闘向きでない私の個性では不測の事態があったときにどうにもならない部分がある。現に今がそうだ。雄英を卒業したとはいえ、私の戦闘力は一般女性より上程度だ。決してこの男と張り合えるほどの力は持っていない。だから、私は殺されないように、生き残るように尽力せねばならない。助けがくるまで、なんとしてでも。

「……そういう風にさ、反抗的な態度を取られると萎えるんだよね。もっと泣いて懇願するとかしてくんない?」
「泣いて助けてくれるのなら、そうします」
「ああ、ムカつくなあ。なんでそういう表情するかな……」

 男は掴んでいた顎を乱雑に放して、ガリガリと首を掻き毟っていた。ブツブツと病的な雰囲気で掻き毟る姿はとても歪で不気味だ。力強く顎を上向きにされていたせいで少し痛む首をよそに、私は男の一挙一動を見逃さないように目を見張る。男は暫く呟いたのちに溜息を零して私の顔を覗き込むようにして話しかける。間近で見る男の赤い瞳は狂気に彩られていて、見るだけで頭がおかしくなりそうだった。

「一人目」
「……何が、です?」
「まずアンタが一人目。これが上手くいったら今度は雄英のガキを一人ずつ掴まえて、アンタにしたことと同じことをしていく」

 自分の大切なオクサンが敵に強姦されたなんて知ったらちょっとはイレイザーヘッドも傷付いてくれるかな。手で覆われていてもわかるほどにゾッとする表情で、男は誰かを呼びつけた。部屋に現れた無数の男達はニヤニヤと下衆な笑みを浮かべて私を品定めするように見ていた。意図など単純過ぎるほどに明快である。

「生徒に手を出したら許さない」
「許さないって具体的にどうするの?」
「私が貴方を殺してやる」
「へえ、そういうのは好きだよ。けどそういう物騒なことを言っていいの? どーでも、いいけどさ。しかし、この状態で生徒の心配なんて流石雄英教師のオクサンだね。カッコいいなァ。でもなまえちゃんはこれから犯されるんだぜ?」

 プロヒーローの妻になった時から覚悟していたことだった。特に戦闘技能なんて皆無に等しい私は余計に覚悟していた。戦闘能力もない、個性も脅威でない、そんな人間がプロヒーローの関係者だったならば、誰だってそんな存在を知ったのなら狙うだろう。狙い易いだろう。これほどに美味しいモノはないであろう。私は彼と一緒にいる時からわかっていた。遠くない未来にこうなることが、きっと一度や二度はあるだろうと。けれど、あの子達は違う。ただ、純粋にヒーローに、皆がそれぞれ抱いた憧れの存在になれるように、それだけを思ってがむしゃらに頑張っている。まだ、こんなことは知らなくていい。今は、まだ子供のままでいい。

「死柄木さん、もういいですか〜」
「ああ、いいよ。好きにしな」

 十人程いる男達がこぞって私に近付いてくる。抵抗するにしたって、両手両足拘束されてて、自由になるのは口くらいなものだ。冷や汗が背中に伝うのがわかる。体が震えそうなほどに恐ろしいが、それをこいつらに勘付かせてなるものかと、必死に奥歯を噛み締めて真っ直ぐ死柄木弔をじっと射抜く。殺さんばかりの気持ちを込めて。瞼など絶対に閉じてやるものか。

「いつまで強気な表情でいられるかな、なまえちゃん」
「……私のことを気安く呼ぶな。反吐が出る」

 硬い口調にしているのは恐怖心を気取られないようにする為の物だったが、男はそれを理解した上で笑っているのだろう。死柄木弔は何処からか取り出した椅子に腰掛けて映画を見るように私を眺めていた。コーラとポップコーンでも付けてやろうかくそったれ。肩に胸に足に触れる無数の手に、嫌悪感を募らせながら目尻に溜まった涙を零さないように、掌に爪を立てる。生暖かい体液を掌で感じながら、私は愛しいあの人を想う。先生ごめんね。でも、私は絶対にただでは起きない女だから。口内に入ってきた男の舌に力強く歯を立てる。逆上した男達により酷いことをされることはわかってはいたが、無抵抗のまま犯されるのは絶対に嫌だった。口に広がる血の味が不快で血の混じった唾液ごと床に吐き出す。舌を噛まれた男が、野太い声を上げると頬に衝撃が走った。ジンジンと頬が熱を帯びて痛むがそれ以上に、してやったりと笑いたくなった。

「女だからって舐めんじゃねーですよ」
「このクソが……ッ!!」

 もう一度顔を殴られるかと思ったが、他の男達に諌められて顔ではなく鳩尾を殴られた。かはっと声にならない声が血と唾液が混じった体液と共に口から溢れる。曰く、楽しみが減るからだそうだ。ああ、クソが地獄に落ちやがれ。虚勢を張るためにわざと小汚い言葉を思い浮かべていたがそろそろボロが出そうだ。何せ、顔と鳩尾が痛すぎる。しかも犯されるなんて役満もいいところじゃないか。

「死柄木さんはやらないんですか」
「ああ、俺? お古の玩具はいらないんだよね」

 それよりなまえちゃんいい顔見せてね。今これ録画してるから。男はいつの間に用意したのかビデオを回しながら、愉快な声音で喋る。私はビデオを朧げに見ながら、ネットに流さないで欲しいなと考えていた。無数の手が衣服を乱暴に乱していく。拒絶の言葉など、男達を煽る興奮剤にしかならないとわかっていても、口からは力なくやめろという言葉しか出ない。下品な声に吐き気を覚えながら、ひたすら優しいあの人の声を思い出す。肌に触れる指先の温度も、耳に響く声も、全部全部違う。気持ちが悪い。いっそ一思いに殺された方が楽なのかもしれない。ネガティヴになる感情に負けないように左手の指輪を触る。ああ、早く助けに来て、私のヒーロー。
 その時、轟音が響いた。フロア全体を揺らすような衝撃に私は知らず知らずのうちに彼の名前を呼んでいた。

「しょうたさん……」

 次の瞬間、私の周りにいた男達は地に伏せていた。あ、と言葉を漏らす前に見慣れた姿を目にする。瞼の裏側から焼き付いて離れない私の愛しくて大切で誰よりも頼もしい、私の憧れのヒーロー。

「遅くなった」
「……待ってませんよ、私のヒーロー」

 消太さんはすぐに私の手足を縛っていた縄をナイフで切り、何処から持って来たのか白いシーツを私に被せる。私の姿を見て一瞬だけ表情を歪ませた消太さんに、なんて言葉を掛けたらいいのかわからなかった。消太さんを皮切りにどんどんプロヒーローの方がやって来て、地に伏した男達を拘束していく。首謀者である死柄木弔は一番に逃げてしまったようで、ビデオカメラだけがぽつんと落ちていた。あれは誰の目にも見られずに消してもらいたい、そんな願いが通じたのかオールマイトがカメラを木っ端微塵に粉砕してくれた。その様子を見て一気に安心したのか私は消太さんに寄りかかり意識を深い闇へと落とすのだった。



 次に目を覚ますと白い天井が見えた。知らない天井だ、なんてどこかで聞いた台詞を思い浮かべていると、目が覚めたかと傍らから声が聞こえた。

「消太さん」
「リカバリーガールが治してくれた。他に痛むところはあるか?」

 頬に手を添えれば、殴られたのが嘘のように治っていて痛みも腫れも全く感じなかった。お腹に手を当てても同じで、私は首を横に振りながら温もりに包まれている左手を見た。

「ずっと握っててくれたんですか?」
「悪いか?」
「いえ、」

 てっきり私が離してくれなかったとか茶化すかと思ったのに、彼は真面目な顔をしてなんてことのないように言い放った。なんだかそれがむず痒く思いながらも、伝えるべきことは伝えなければ。と、私が口を開こうとした時、言い辛そうに消太さんは言葉を吐き出した。

「……言いたくないのはわかる。なまえに辛い思いをもう一度させることになる。それでも、」
「大丈夫ですよ。消太さん」

 私、ちゃんと話せますよ。そう言うと消太さんは泣きそうな表情を一瞬見せて、そうかと呟きナースコールを押した。それが合図だったのだろう。すぐに警察関係者がやって来て話を聞かせて欲しいと言われる。私は消太さんの手をぎゅっと握り締め、口を開いた。



 事情聴取に時間はそんなに掛からなかった。首謀者は雄英高校を襲撃した犯人と同じ死柄木弔。近々雄英生徒を対象に同じことを繰り返すかも知れないことを告げると、警察関係者は足早に去って行き、私はひとつ溜息を零した。警察関係者が去ると消太さんも情報を学校側に開示する為に、校長先生に電話を掛けようと立ち上がる。私は傍から離れようとする手を、無意識のうちに握り締めてしまった。すぐそれに気付き、慌てて手を離そうと力を緩めたのだが、消太さんはすぐにその手を握り締めて、その場で電話を掛け始めた。端的に要件を述べる姿をぼうっと見つめていると、電話を終わらせたのか、消太さんは黙って私を抱き寄せた。

「遅くなって本当にすまなかった」
「……助けに来てくれたじゃないですか」

 消太さんの体温を感じていると、途端に安心したのか糸が切れたように緊張が解けて体が震え出す。泣かないと決めていたのに、涙が溢れ出てしまった。

「ごめん、なさい……泣かないって決めて、たんですけど、安心、しちゃったみたいで」
「……謝るな。俺に気を使うんじゃない。夫婦だろう」

 頭を撫でられながら力強く抱き締められる。そうだ、この体温だ。この匂いだ。この声だ。泣き声を漏らさないよう押し殺した声で、消太さんの腕の中で泣く。恐怖と安堵が入り混じった気持ちがやっと落ち着いた頃には、消太さんの服が涙でぐっしょりと濡れてしまっていた。ごめんなさいと謝ろうとすると、唇を塞がれてしまう。あの男にされたものが思い出されたが、触れるだけの柔らかで髭が当たって少しこそばゆい感覚は紛れも無い、私の愛おしい人とする口付けであった。

「謝るな」
「でも、」
「頼むから今だけは、謝るな」
「……はい」

 あの嫌な感覚を全部上書きして欲しい。けれど、色んな男達に未遂とはいえ触れられた体を消太さんに触れて欲しくないとも思った。しかし、彼はそんなことを気にせず私の唇にもう一度口付けを落とそうとする。

「待って、消太さ……んっ」
「待たない」
「私、だって、汚れて……ッ」

 がぶりと噛み付くように唇を塞がれる。強引なのに、優しさで溢れた口付けに無性に泣きたくなりながら、胸板を手で叩く。離しての意味を込めて叩いていたのだが、そんなことを意に介さず唇を深く深く重ねて来て、漸く解放された頃には息も絶え絶えになっていた。

「なまえに汚れたとこなんか一つもないよ」

 だからそんなこと言うんじゃない。消太さんはそう言って私の体をまた強く抱き締めた。ベッドが軋む音を聞きながら、また目頭が熱くなるのを感じる。

「消太さん、好きです」
「俺も好きだよ」

 ふと見た消太さんの顔が泣き出しそうで、私はその表情を見ていると胸が張り裂けるように痛かった。殴られた時よりもずっと心臓が痛い。ああ、この人は私に気を使うなとか言いながら、自分は良からぬことを考えている。

「……別れようとか言わないでくださいね」
「……また、こういうことが起きるかも知れないのにか?」
「私は消太さんと結婚するって決めた時から覚悟の上ですよ」

 左手の指輪にはちょっとした細工がしてある。サポート科の友人に、私が消太さんと結婚すると言った時に作って貰ったものだ。既存の指輪に彼女の個性と類稀なる技術で出来たこれは、指輪に向けて個性を目一杯使うと仕掛けが反応して消太さんにSOSの連絡が行くというものだ。GPS機能付き。高性能な細工は私が身を守る為の物であり、覚悟の印でもあった。

「消太さんの傍にいることで傷付くのなら、私は喜んで傷付きましょう。貴方の妻であることで、私に害があったとしても、それは全部覚悟の上です。じゃなきゃ、私みたいな平凡な女がヒーローの妻なんて務まらないでしょう?」
「……なまえには敵いそうにないな」
「だからもう変なこと考えないでくださいね」

 それに私、消太さんに捨てられたら貰い手がいないんですからね! 力強くそう言うと頭上から笑い声が聞こえた。私も吊られて笑うと、漸く重苦しい空気が明るいものに変わってゆく。

「一応、大事をとって今日一日入院だ」
「嫌です、消太さんとお家に帰ります!」
「我儘言うな。何かあった時に困るだろ」
「……だって離れたくない」

 独り言のように呟いた最後の言葉は尻すぼみになり、小さく空気と共に消えていく。消太さんの服をぎゅっと握り締めながら、涙で濡れた胸板に顔を押し付ける。冷たいけれど、此処が一番安心する。

「一緒にいるよ」

 聞こえた言葉はとても私に都合のいいもので、幻聴を聞いたのかと顔を上げる。見上げた消太さんの顔は優しく少し笑みを浮かべていて、私は思わず聞き返していた。

「一緒に?」
「一緒に」
「ここで?」
「ここで」
「夜も?」
「夜も。だ」

 嬉しさの余りに思いっきり抱き着いたが、彼はびくりともせず私を抱き留めて頭をぽんぽんと優しく撫でてくれた。未遂とはいえ大人数の男に襲われかけたのだ。流石に今夜一人で寝るにはとても、怖かったのだ。私が安堵の溜息を零していると消太さんは私の頬に手を添えて、私にしか見せない情けない表情で言葉を紡いだ。

「……これからもなまえにたくさん辛い思いをさせるかも知れない。それでも、一緒にいてくれるか?」
「愚問ですよ。私は私である限り、ずっと消太さんの隣にいます」
「なまえ、ありがとう」

 やっと安心した表情の消太さんに私は胸が苦しくなるような恋しさを感じる。好きだ。どうしようもないくらいに愛おしくて、大好きで、私の大切な人。私も消太さんの頬に手を添える。そして襲撃事件の時に負った消太さんの目の下の傷に触れた。治せるわけではないけれど、個性を使ってその傷を優しく撫でる。これからもお互いに傷付いて、目に見える傷も見えない傷も増えて、辛い思いを重ねていくだろう。でも、きっとそれ以上に幸せで楽しいこともたくさんあるはずだ。私は消太さんの隣で、消太さんと笑い合えればそれで幸せなのだから。

「私が消太さんを幸せにするから、消太さんは私を幸せにしてね」
「プロポーズみたいだな、それ」
「ふふ! 男前でしょう?」
「ああ。かっこいいよ。俺のヒーロー」

 消太さんは茶化したように笑って、私の額に口付けを落とした。消太さんと一緒ならば、私は死んでしまったって構いはしない。彼に言ったら怒られるから、一生口にはしないけれど。伝わる消太さんの体温が生を実感させて、私はどうしようもなく泣きたくなるのだった。

そうしてきみは朝をつくったのだ

20161115 title かずら

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