×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



まだ同棲していない頃のお話。
お互いのお家の鍵は持ってる感じ。
二人暮らし〜の逆verぽい。
書いてから気付いたんですけど、料亭でお仕事って賄いありますよね……、そこの矛盾は考えない方向でお願いします。
相澤先生は普通に器用で、人並みになんでも出来そうな気がします。


 私が勤めている老舗の料亭は大将が昔ながらの、といった気難しい性格をしていて、テレビや雑誌等の取材は拒否をしている。それでも味は大変美味しいので口コミで段々と評判が知られていき、予約を取るのも困難なお店になっている。頑固一徹というか古風な気質の大将は口数は多くないが、私はそんな大将がとても好きだった。良いところは褒めてくれるし、駄目なところは叱ってくれる。今時そんな風にしてくれる人間は中々いないだろう。女将さんは朗らかな笑顔で「貴女が来てくれてからあの人、とても楽しいみたいよ」と優しい言葉を掛けてくれたこともあった。なんでも夫婦二人でいるときにぼそっと私のことを褒めて下さったらしい。まだ学生同然だった私をここまで育て上げてくれたのは、紛れもなく大将であった。仕事を初めてまだ二年程だが、怒られることもあるが、褒められる回数が増えてきた。新しいメニューを考える時も私の案を取り入れて貰ったりと、日々がとても充実している。まだまだ新人同然な私は学ぶべきことがたくさんだ。仕事が終わっても厨房を借りて夜遅くまで料理の勉強や技術の向上に勤しんでいる。毎日の積み重ねがとても大切なのだ。そんな風に毎日を過ごしていたのだが、繁盛記に入ると夜遅くまで居残ることが出来ないほどに忙しかった。翌日の仕入れの為に朝早くから大将と一緒に市場へ、仕入れが終わったと思ったら今度は夜の予約の為の仕込みが始まる。営業が開始するとそこからはもう何をしていたか記憶に残っていない。ひたすら料理をして、配膳のお手伝いと後片付けに追われていた気がする。

「今日は一段と忙しかった気がする……」

 珍しい魚が入ったと大将から電話が掛かってきてまだ空が暗いうちに仕入先に向かい、急遽組まれた予約を捌く為に必死に手を動かしていた。この道何十年の女将さんでさえ大変だわと呟いていたのだから、そうとう忙しかったのだろう。なんとか日付が変わる前に全ての業務が終わり、今日くらいは早く帰って寝なさいという女将さんの言葉に甘えて早々に帰宅の準備をしていた。暗い夜道を車で走りながら家路へと急ぐ。早くお風呂に入って、ご飯を食べて、寝よう。うん、そうしよう。最近忙しくて連絡もまともに取れていない最愛の彼の顔が頭を過る。消太さんに会いたいな。そんな想いを押し殺しながら駐車場に車を停め、マンションへと入っていく。彼に女の一人暮らしなんだからセキュリティーにはしっかりした所に住めと言われて選んだこのマンションは、評判が良いらしい。疲れて回らない頭で玄関の鍵を探しながらふと自分の冷蔵庫事情を思い出す。

「(あ、冷蔵庫にご飯あったっけ……?)」

 料理を作るのが好きだがそれは人に食べて貰う為であって、自分のことには割と無頓着な方だった。そして最近忙しすぎて買物すら儘ならなかったので、食糧と呼べるものがあったかどうかと私は溜息をついた。もう疲れたし、ご飯は抜いてもいいかな。そんなことを思いながら扉を開けると部屋に明かりが灯っていた。あれ、朝電気消し忘れたかな。そんなことを考えていると鼻腔を擽るいい香りがする。空腹に響くようなその匂いにお腹が鳴るのと同時に部屋の奥から思いもしない人物が出てきて、私は目を丸くするのであった。

「おかえり」
「た、だだいま……です」
「……早く靴脱いだらどうだ?」

 まじまじと顔を凝視していると、部屋にいた私の大好きな恋人である相澤消太さんは不思議な顔をしてそう言った。ラフなシャツ姿もまた格好良くて見惚れてしまいそうだ。

「なんで、消太さんがいるの……?」
「どうせなまえのことだから飯なんて準備してないと思って」

 俺には不摂生するなとか言うくせに自分のことは無頓着だよなと彼は私に悪態を吐きながら、私の頭を撫でる。髪の毛を優しく梳くように撫でられると気持ちが良くて、愛おしい感情が溢れ出て爆発してしまいそうだった。合理的が口癖の彼の考えられない行動に私は思わず靴を脱ぐことすら忘れて、その体に抱きついた。避けることも出来る筈なのに、呆れた顔で私を受け入れてくれる彼はとても優しい人だ。

「消太さん、大好き」
「俺も好きだよ。ほら早く靴脱いで」
「まだ、だめ。消太さん充電中です……!」
「……もう少しだけだぞ」

 私の馬鹿みたいなお願いにもこうやって甘やかしてくれる彼は本当に優しい人だ。彼の匂いと体温はとても安心する。仕事で疲れていたのが嘘のようだ。今ならきっと空だって飛べる気がする。

「なまえ、飯と風呂どっちにする?」
「それって"消太さん"て言わせたいフリですか?」
「なわけあるか。そんな疲れた顔してる奴に盛るほどガキじゃねぇよ」

 私はそんなに疲れた顔をしているのだろうか。好きな人にはなるべく可愛い顔を見せたいという、乙女心は私だって持っているので頬にそれとなく触れてみる。確かに化粧ノリがイマイチだし、忙しすぎて昼食も軽くで済ませてしまっていたので、私は自分で思っている以上に疲れているのかもしれない。

「もう遅いからさっさと靴脱げよ」
「はーい。先生脱がせて……?」
「……靴だけじゃなくて服も引ん剥いてやろうか」

 それと先生じゃない。と彼はお決まりのように彼は言いながら私のパンプスのベルトを外して、そのまま私を抱き上げた。所謂お姫様抱っこ状態に、疲れてハイになった頭でもこれは恥ずかしいと認識するのだった。

「飯? 風呂?」
「ご飯食べたら寝ちゃいそうなので、先にお風呂いきます」
「風呂で寝るんじゃないぞ」

 浴室にまで甲斐甲斐しく運んでくれた彼は、私を床に下ろすとそのままキッチンの方に向かおうとする。なんとなくまだ彼にくっついていたくて、服の裾を引っ張りながらいつもなら言わない言葉を吐き出した。

「せんせ、一緒にはいろ?」

 少し舌足らずな言葉で彼の顔を見上げながら、裾を強く握った。彼は頭上で呆れた溜息を吐いて私の前髪を指先で掻き分けるように触れて、そのまま額に口付けをした。可愛らしいリップ音にむず痒い感情が走る。全身に熱が回るのを感じながら彼を見れば、いつもの充血した瞳で私を見ていた。

「嫁入り前の娘が自分を安売りするんじゃありません」

 学生時代の私に言い聞かせたトーンで、そうわざとらしく言いながら彼は今度こそ浴室から姿を消した。ぷうと頬を膨らます仕草をしながら、服へと手を掛ける。どうせ消太さんが私をお嫁さんにしてくれるのにね。私は頬に溜めた空気を吐き出しながら、お風呂で寝ないようにと誓うのだった。



 既にお湯が湯船にたっぷりと張っていて幸せな気分に浸りながら、寝ないように手早く湯船から上がる。結婚して奥さん貰う旦那さんの気持ちってこんな風なのかな。性別的に言ったら私が奥さんで彼が旦那さんになるのだけれど。というか私は彼と結婚するつもりでいるのだが、彼もそう思ってくれているのだろうか。タオルでがしがしと髪の毛の水滴を拭いながら、ダイニングへと行けば彼がソファーで本を読んでいた。

「寝なかったか?」
「寝ませんよ!」
「そりゃ良かったな。飯あっためるから座っとけ」

 ゼリーが主食の彼だが、料理は人並みに出来るらしく時々こうやって私にご飯を作ってくれたりする。勿論、私の生き甲斐は私の料理を彼に食べて貰うことと言っても過言ではないのだが、年に何回か、こうやってご飯を作ってもらう時があった。ご飯を作れるのならちゃんと食べればいいのにと言ったものだが、合理的じゃないと一蹴されてしまった。彼の言う合理的って何なのだろう。時間と手間が無駄なのだろうか。確かに人には食べて貰うのなら、いくらだって時間を掛けてもいいけれど、自分で食べるだけなら最悪白米さえあればいい、と私は思っている。そんなことを思っていると温かいご飯が出てくる。炒飯だった。

「炒飯! 私、消太さんの炒飯が一番好き!」
「なまえが作った方が美味いだろ」
「私は消太さんの作った炒飯が好きなんです!」

 いただきます、と声を上げて一口頬張る。人が作ってくれた料理ってなんでこんなに美味しいんだろうか。しかも好きな人に作って貰っているのだからもう言葉が出ない。この炒飯プライスレス。もぐもぐと一心不乱に食べ進めれば、空腹の体はすぐにお皿を空にしてしまった。お茶を飲んで一息。ああ、本当に幸せだ。

「ご馳走でした! 炒飯美味しかったです」
「お粗末さんでした。後片付けやっておくからなまえはもう寝ろ」

 私が意気揚々と後片付けをしようと中腰になっている時に彼はそう制してお皿を持っていってしまった。

「消太さんにせっかく会えたのに寝れないですよ」
「けど、明日も仕事だろ?」
「……はい、そうです」

 洗い物をする音をBGMに私はソファーに逆向きに座り膝立ちをして背凭れに覆い被さる。そうするとキッチンに立つ彼の姿がよく見えた。男の人がキッチンに立つ姿は個人的に凄くグッとくる。それだけで三割増しほど魅力的に見えるのだ。

「消太さんは明日、お仕事ですか?」

 明日は日曜日なので、学生は休日だ。なので担任としての彼の仕事はお休みな筈。けれど、教師という職業はとても忙しいものでやれ授業の準備だ、カリキュラムがどうとか、そしてさらに、プロヒーローとしての仕事も入ってくるとそれはもう目が回るほどに大変だ。教師が最近の主な仕事のようで、プロヒーローとしての仕事は余りしていないみたいだが、抹消ヒーローイレイザーヘッドはとても忙しい。休みも返上で働くことも、ザラにある。彼と付き合い始めて、雄英の教師の大変さを実感したものだ。

「一応、休みだ。呼び出しが来ない限りはな」

 後片付けを終えた彼は私の隣に座って太ももをポンポンと叩いた。私はその仕草に笑いながらすぐさま彼の足の上に乗っかった。そのまま彼に抱き着くと彼も同じように抱き返してくれる。

「中々お休みが合いませんね」
「休みが真逆だからな」
「……今日は泊まっていってくれますか?」
「明日仕事じゃないのか?」
「午前中だけなんです。だから、午後は一緒に過ごせたらいいな、なんて」
「……なまえがいいなら泊まってく」
「ほんとですか? じゃあ、一緒に寝ましょうね!」
「……今日はなんもしないからな」

 優しい彼は私の休みの日に合わせて、そういうことをしてくる。別に気にしなくてもいいのにと言ったこともあるが、女の方が負担が大きいから無理はさせたくないと、そう言われてしまった。そんな優しいところがいつまでも私の心をきゅんと、ときめかせる。全く罪作りな男め。猫のようにごろごろと喉を鳴らして彼に目一杯の愛してるを体で伝える。こうやって抱き合うだけで幸せな気持ちになれるのだから、消太さんて本当にすごい。癒し効果が抜群である。私の個性なんて目じゃない。

「消太さんとこうしてると、すごく癒されて、幸せです」
「"それ"はなまえの専売特許だろ」
「消太さんの癒し効果すごいですよ、私なんて形無しです。好きです。ずっと、こうしていたいなぁ」

 独り言とのようにそう呟くと彼は少し笑っていた。

「熱烈なのは嬉しいが、そろそろ寝るぞ」
「やです〜、まだ消太さんといちゃいちゃしてます〜」
「はいはい。ベッド行くからな」

 温かいお風呂と美味しいご飯、そしてなにより愛しい人から得られる安心感に、私の満足した体は私の意志に反して寝るモードへと入ってしまったようだ。八割ほど動いていない脳をなんとか使いながら、彼に抗議をしようと口を開いたが言葉ではなく欠伸が出てしまった。瞼が重くなるのを感じながら彼のシャツを掴むと、突然浮遊感が襲う。楽々と私を抱き上げた彼はそのまま寝室へと移動していき、ベッドの上に優しく私を下ろした。ふかふかの感触が気持ち良くて気を抜いたらすぐに寝てしまいそうだった。

「ほら、疲れてるんだからもう寝ろ」
「いやです……まだ、いちゃいちゃする……せんせいとちゅうしてぎゅうするの……」
「語彙力が低下してるぞ。それと先生って呼ぶな」

 布団を掛けられその暖かさに意識が持っていかれそうになる。嫌だ、まだ、話したいこともしたいこともたくさんあるのに。時間は有限で、お互いに忙しい身の上だ。こうして二人で一緒に寝れる日なんて中々ない。だから一分一秒も無駄に出来ない。寝る暇だって惜しいくらいだ。彼の瞳と見つめ合ってキスをして、抱き合ってそれから、もっと深いところで繋がり合いたい。なのに、私の体は睡魔に負けそうだ。

「……消太さんと、えっち、したいのに……」

 眠い。限界だ。私が小さく呟いた言葉が聞こえていたのか、彼は私の耳元で艶やかな声で囁いた。

「俺もしたいよ」

 眠くなければその甘い言葉に体の奥底が火が点いたように熱くなって、衝動に駆られるままに深く口付けをしてしまうのに。今の私は指先一つ動かすのも億劫だ。ただでさえ眠気に負けているのに、彼は優しく赤子を寝かしつけるように、私の体をトントンと撫でるものだから余計にもう眠い。むり。

「おしごと、おわったら、明日……いっぱい、えっちしましょうね」
「その言葉忘れるなよ」
「忘れないです……消太さん、すきです」
「今日はやけに甘えただな」
「そういう、気分なんです」

 もう瞼を閉じればすぐに夢の世界へ行けそうだ。お休みなさいと口にしたその言葉はきちんと音になって彼に伝わっていたのだろうか。まどろみながら隣から伝わる体温に、私は一人で寝るより二人で寝るほうがいいと感じながら、重くなった瞼を閉じる。

「おやすみなまえ」

 遠くから優しい声が聞こえていた。

甘やかな腕の中にて、やさしい夢を所望する。

20160823 title 箱庭(改変)
20161116修正

7/11