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同棲中のとある休日の過ごし方。
相澤先生視点。


 朝から忙しなく動くなまえの姿はいつもよりどこか苛々しているようだった。一緒に住むようになってわかったことだが、彼女はストレスが溜まると黙って自分の好きなことに没頭する。ヒステリックに激情するタイプではない彼女のその感情の矛先は家事へと向けられた。ひたすら黙々と無表情で掃除洗濯をする姿は中々に恐ろしさを感じる。たまに何かを思い出したように眉間に皺を寄せ、難しい表情をしながら無言で家中を綺麗にしていく様はそれはもう言葉に出来ない。ある時はひたすらに料理を作って、食べきれないほどの料理が食卓に並んだことがあった。一度、お互い働いてるのだからそんなになまえが家のことをしなくても良いと伝えたことがあったが、彼女は困ったように笑いながら家事をしてるとストレス発散になると俺に伝えたのだった。駄目ですか、なんて上目遣いで言うものだから俺はただ無理をしない程度にと言うことしか出来なかった。あの目は反則だ、本人が自覚してるのかは定かではないが。きっと彼女のことだ、無意識にやってのけているのだろう。そうやって他の男を誑かしてなければ良いのだが。惚れた欲目で無くても、なまえはとても可愛らしい。歳下の可愛い彼女の関心が他の男に向かうとは露ほどにも思っていないが、それでも少しは心配してしまう。
元来、物に執着しない俺の部屋はそれもう簡素なものだった。寝られれば良いを地で行くスタンスなので一人で暮らしていた時も掃除は楽な方だった。俺の部屋に彼女が移り住むようになって、少しは物は増えたが、彼女がマメな性格なのか部屋が汚くなったことはない。そしてストレスが溜まり、苛々してくると彼女は黙って家事に集中する。朝からシーツやらカーテンやらを取り外して洗濯する姿を横目で見つつ、俺は淹れて貰ったコーヒーを飲みながら持ち帰った仕事の書類に目を通す。教師とプロヒーローの兼任は中々に激務だ。もう慣れてしまって文句など無いのだが、彼女とゆっくり出掛けられないことが少しだけ気に病む。以前に彼女に休みが無くて悪いと告げたことがあったが、きょとんと目を丸くして彼女は「一緒に居られるだけで幸せです」とはにかみながら言うのだった。

「(今度、有給でも取るか)」

 頭の中で暦を浮かべながら、今も黙々とキッチンで料理を仕込んでいる彼女に旅行でもプレゼントしようかと柄でもないことを考えた。ソファーの背凭れに寄り掛かりながら書類の文字を目で追う。そうと決まればさっさと仕事を片付けてしまおう。トントンと小気味良い音を聞きながら思考を仕事モードへと切り替えていく。



「コーヒーのおかわりいかがですか?」

 突然聞こえた声に書類から目を離すと、彼女が優しげな笑みを浮かべていた。

「ああ、悪い」
「いえいえ、お休みの日までお仕事お疲れ様です」

 彼女は穏やかな声音で俺を労わりながらマグカップを持ってキッチンへと姿を消していく。暫くすると両手にマグカップを持ちながら俺の隣に座りコーヒーの入った方を渡してくる。

「どうぞ」
「ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」

 彼女は自分用に淹れたカフェオレを吹き冷ましていた。その姿が何故かとても可愛らしく見えてしまい、俺は知らず知らずの内に笑ってしまったようだ。

「……なに、笑ってるんですか?」
「いや、なまえが可愛いなって」
「きゅ、急になに言うんですか!?」

 自分に何か付いてるとでも思ったのか、カフェオレをテーブルに置いてあたふたと体中を調べているなまえがとても愛くるしい。くすくすと笑い続けていると、彼女は拗ねたように頬を膨らませて顔を背けた。

「悪かった。別にからかったわけじゃない」
「……消太さんはそーやってすぐ私に意地悪する」
「意地悪をした覚えはないんだが……」

 テーブルに書類とコーヒーを置いて彼女の小さな体をそっと抱き寄せた。抱き締めながら頭を数度撫でてやると、彼女は不満気な声を漏らしながらそれでも俺の背中に手を回してくる。ああ、こういった所が本当に可愛らしくて仕方がない。

「……仕事で何かあったか?」
「んー、どうしてですか?」
「今日、一日朝から動きっぱなしだったぞ」

 そう告げると彼女は腕の中で小さく溜息を零して怒らないでくださいねと前置きをした。

「最近、仕事先のお客様に気に入られちゃって、こう付き纏いじゃないですけど、しつこくて……」

 だからちょっと苛々しちゃってと愚痴を零す彼女は俺の顔を見上げて眉尻を下げて笑う。ちょっと、待て。今なんて言ったんだなまえは。

「客って?」
「常連さんの息子さんで。いつもは給仕なんてしないんですけど、その日は人が少なくて仕込みが終わったら私も駆り出されちゃって」

 その時にお相手したせいか何故か気に入られちゃってと言う彼女だが、危機感というものが備わっているのだろうか。

「それっていつの話だ?」
「一週間前、かな」

 平然と言うなまえに頭痛を覚えながら、俺は溜息を殺した。

「……そういうことはもっと早くに言え」
「だって消太さん、怒るでしょう?」
「怒るよりも心配だ。阿呆」

 抱き寄せた体を引き離して目を合わせると、相変わらず困ったような表情で俺を見ていた。困った顔をしたいのはこっちの方だ、全く。

「明日から、迎えに行くからな」
「え、なんで?」
「なんでって、もう少し危機感を持ってくれ」

 本当に頼むから。呆れを込めて声を強めて言えば、彼女は一瞬目を見開きそして次に嬉しそうに目を細めた。

「消太さん、心配してくれてるの?」
「さっきからそう言ってるだろ、当たり前だ」
「……そっか、心配してくれてるんだ。ふふ」

 彼女は小さくぶつぶつと楽しそうに何かを喋ってそして俺に勢いよく抱き付いてきた。耐えられない衝撃でもなかったが、その勢いのままソファーに寝転がる。彼女は楽しそうに俺の上に乗っかりながら強く体を抱きしめてきた。

「私は今もこれからもずっと、消太さん一筋ですよ」
「……そいつはよかった」
「消太さんは?」
「言わせるのか?」
「言ってくれないんですか?」

 顔だけをこちらに向けて瞳をキラキラと輝かせて、俺を見るものだから柄でもない言葉を彼女に捧げるのだった。愛してると言えば彼女は期待以上だったのか顔を真っ赤に染め上げて、俺の胸に顔を埋めてじたばたとよくわらない動きを繰り返していた。

「もう、ばか。そんな風に言われたらもう、駄目です。死んじゃう」
「なまえが言わせたんだろうが。それくらいで死んだら俺が困る」
「だって、消太さん格好良すぎですよ。学校で他の女の子にそんな顔しないでくださいね!」

 そんな顔とはどんな顔なのか、全く見当がつかないな。そして俺は顔を赤く染めた彼女に先程まで思案していたあの言葉を口にすることにした。

「なまえ」
「はい」
「今度どっか旅行にでも行こうか」

 有給取るから、ゆっくりしよう。そう告げると再び瞳がキラキラと輝きを増し、唇が重なりそうなほど顔が近付いた。

「ほんとう?」
「本当。嬉しくないか?」
「嬉しくて今パンクしそうです」

 先生大好きと珍しく彼女から唇を重ねられ、先生と呼んだことを𠮟ればいいのか、彼女からキスして貰ったことに喜べばいいのか。とりあえず彼女の額にデコピンを軽くしながら、いつもの先生じゃないと言うと彼女は間延びした声で返事をするのだった。

「消太さん、どこに行こう?」
「なまえの好きな所ならどこでもいいよ」
「私、温泉がいいなぁ」

 楽しそうに旅行に想いを馳せるなまえの姿を見つめながら、俺は彼女に纏わり付く虫をどうやって払い除けようかと考え始める。

「温泉ね」
「……お風呂の中でえっちなことしたら怒りますよ」
「……善処する」

 それって絶対するじゃないですか! 声を少し強める彼女の白い首筋を見ながら、そこに噛み付いて目立つように痕でも付けておけばいいのだろうか。そんな青臭いガキみたいなことを思いながら俺の上で楽しそうにはしゃぐ彼女を押し倒す。無垢な表情も可愛らしくて仕方がないが、変な虫が付き纏うのは御免だな。明日の仕事はさっさと終わらせて彼女を迎えに行こう。そんなことを考えながら何か言いたげな彼女の唇に噛み付いた。抗議の言葉は後でしっかりと聞くことにして、とりあえず今はそのあどけない表情をどうやって崩してやろうかと、その細い首筋に指先を這わせるのであった。

君が儘に

20160805 title 吐く星
20230614 修正

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