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付き合って一年くらいの設定。
同棲する話。


 新学期になってから教師をしている彼は忙しそうに毎日を過ごしていた。以前まではお互いの家に泊まったり、近くのスーパーに買い物に行ったりとなんだかんだで定期的に顔を会わせていたのに、ここ二週間全くといっていいほど会っていなかった。毎年このシーズンは彼は大変忙しそうに新学期の準備で、てんやわんやとしていた。私が学生の頃は知る由も無かった苦労を垣間見て、教職という仕事の大変さを今更ながらに感じるのであった。私が勤めている老舗の料亭は一番のピークは年末辺りなので、春先は割と自由が利いた。まあそれでも人気の老舗料亭なので毎日忙しいのだけれど。そんな中、久しぶりに貰えた連休をどう消費しようかと思案した。彼に会いに行きたいのは山々だったが、忙しい時期に私で手を煩わせるのは申し訳なく思う。だから久しぶりにショッピングに行こうか、それとも友達に連絡を取ってみようかな。とそんな風に考えていたが、私はふと彼はちゃんとご飯を食べているのだろうかと心配になった。私が学生の頃に比べては幾分か健康的な食生活になったが、やはりゼリーは愛用品らしく、彼の家の冷蔵庫にはゼリーが所狭しと並んでいる。私の恋人、相澤消太さんの様子が気になり始めて、私はお互いに忙しくて短文でしか送りあっていない文を見返しながら、次の休みの日を尋ねた。昼休みだったのか、直ぐに帰って来た返事には短く明日とだけ書かれていた。合理的な彼らしいと私は少し笑みを浮かべて、彼にサプライズをしてみようと思い立った。余り驚くことのない彼の驚いた様子が見たくて私は、彼の部屋の合鍵を手に、近くのスーパーへと足を運ぶのだった。



 疲れたという言葉がぴったりの様子の男は、溜息を零しながら家へと帰っていた。新学期のシーズンはどうしても教師としてはやることが多く、やりたくもない残業ばかりで気が滅入ってしまう。毎年のことで慣れたものだが、もう少しどうにかならないものだろうか。恋人にも二週間会っていない。自分は色恋沙汰には淡白な方だと思っていたが、彼女に関しては違うようで一日会えないだけでモヤモヤとした釈然としない気分になる。人肌恋しいなどと思ったことは今まで一度もなかったのに、件の彼女は別物のようで彼女に癒されたいと思う自分に苦笑いしてしまう。

「(なまえの飯が食いたい……)」

 彼女のせいで健康的な食生活に慣れ親しんだ体はゼリーだけでは物足りないと訴えていたが、自ら料理をする気力もなく忙しさと相俟って昔のようにゼリーとインスタント生活を送っていた。昔はそれで充分だった筈なのに、贅沢な体になったものだと思いながら部屋の扉を開けると、今朝消した筈の明かりが点いていた。消し忘れたかとも思ったが、それにしてはこの食欲をそそるこのいい匂いはなんだろうか。まさかと、足元を見る前に、奥から人の気配がしてその姿を現せた。恋人のなまえが愛くるしい笑みを浮かべてそこに立っていた。



「おかえりなさい」
「あ、ああ。ただいま」
「お疲れ様です。お風呂沸いてますよ」

 消太さんは疲れと驚きを混ぜたような表情をしていて、私は胸中でぐっと喜びながら彼の手を引いた。彼が靴を脱ぐのもそこそこに私は二週間ぶりにあった彼に思い切り抱き付く。ぎゅっと力を込めて確認するように抱き締めると、二週間前に会った時より細くなったような気がして私は表情を顰めた。

「消太さん、ちゃんとご飯食べてました?」
「ん……、まあ、」

 歯切れの悪い回答は私の予想通りで、叱りつけたくなる気持ちを抑えながら私は彼を浴室へと押し込んだ。

「ご飯の準備しておくので、ちゃんとゆっくり入ってくださいね!」
「一緒に入らないのか?」
「なっ!」
「冗談だよ。ありがとう。夕飯楽しみにしてる」

 彼は私に口付けを一つ落として服を脱ぎ始めた。唐突にされた口付けに恥ずかしくなりながら私は逃げるように浴室から飛び出し、台所に避難をする。相変わらず彼は格好良くて、心臓に悪い。赤くなった頬を両手で冷やしながら、浴室から聞こえるシャワーの音をBGMに、ご飯をどのタイミングでテーブルに並べるかを考えていた。きっと彼のことだから、湯船にはそんなに浸からずに直ぐ出てきてしまうから、もうご飯を温めてしまおう。未だにドキドキと高鳴る胸を平常心と唱えながら鍋に火をかける。私の個性、自分にも効けばいいのになあと通算何回目かのそんな言葉を頭に過ぎらせた。彼のことだからどうせゼリーとインスタントで彼風に言うならば合理的な食事をしていたのだろう。もう少し自分を労わってもいいと思うのだが、きっと彼はしないだろう。だからその分、私が彼を目一杯労わってあげようと思ったのはいつだっただろうか。作り過ぎた料理を皿に盛り付けながらそんなことを考えていれば、彼がお風呂から上がる音が聞こえた。



「これ、全部作ったのか」
「ちょっと作り過ぎちゃいました」

 疲れた体にはきちんと栄養があるものをと思ってスーパーであれもこれもと買い込んでいたら量が大変なことになってしまった。安いスーパーだと買い過ぎるのが難点である。買い込まれた食材はきちんと全部調理して彼の冷蔵庫と冷凍庫に保存した。ちなみに今日のメニューはさっぱりとした和食で、オーソドックスな肉じゃがと焼き魚、小鉢にほうれん草の白和えとじゃことピーマンの佃煮。私が食べたかっただし巻き卵を添えてみた。味噌汁はお野菜たっぷりに仕上げたし、お米は珍しく土鍋で炊いてみた。炊飯器という文明の利器にいつもお世話になっているのだが、時々土鍋で炊いたご飯が食べたくなるのだ。ちなみに本当はあと二、三品ほど並べる余裕があったのだが、食べきれるか心配なので冷蔵庫に保存させて頂いた。

「ご飯! 食べましょう!」
「なまえは飯食うときが一番活き活きしてる気がするよ」
「だって、ご飯は誰かと一緒に食べる方が美味しいんですよ」
「そうだな」

 いただきますと声を合わせて、私は早速だし巻き卵に箸をつける。この前本で見かけたレシピを参考にしたのだが、どうやら当たりのようだ。出汁の風味が美味しいと舌鼓していると彼も肉じゃがを一口食べて美味しいと言ってくれた。

「よかった。おかわりもありますからね」
「俺を太らす気か」
「少し痩せたんだから問題ないですよ」

 それからぽつりぽつりとお互いの仕事場の会話をしながら、和やかな時間が過ぎていく。幼い頃に求めたものがやっと手に入ったのだと実感しながら、私は冷蔵庫の中身を伝えた。

「今日の残りとか常備菜とか直ぐ食べられるもの冷蔵庫と冷凍庫にいっぱい入れて置いたのでちゃんと食べてくださいね」

 ご飯も冷凍してあるので忙しいからって、ご飯手抜きにしちゃダメですよ。私がそう言うと、彼は少し驚いたように目を見開いた。相変わらずの充血気味の瞳は何かを考えるように私の顔をじーっと凝視をしていて思わず箸を止めてしまう。

「な、なにか……?」
「一緒に住もうか」
「……へ?」

 言葉の意味を理解出来ないまま、彼の顔をじっと見ていると彼はだし巻き卵に箸を伸ばし、もぐもぐと咀嚼をしていた。私が間抜けな顔をしていたせいだろうか、彼は少し笑みを浮かべて何でもないことのように言うのだ。

「そろそろ付き合って一年だし、頃合的にもいいだろう」
「あの、住むってその、あの……」
「同棲」
「どうせい」

 舌足らずの言葉でおうむ返しにする。同棲、一緒に住む。私と相澤消太さんが一緒に住む……。頭の中でよく噛み砕いて漸く理解した頃には知らず知らずの内に涙が溢れ出ていて、頬に伝わる温度が生温い。

「なに泣いてるんだ」
「だって、先生が……ッ」
「相変わらずテンパると呼び方が戻るな」

 えぐえぐと情けなく嗚咽を漏らすと彼は私の頭を優しく撫でた。まるであの時にようで、私は更に涙が止まらなくなってしまう。ぐずぐずする私を彼はただゆっくりと優しく私が落ち着くのを待っていてくれている。その優しさに今も昔も、心惹かれて仕方ないのを知っているのだろうか。

「先生、私で、いいんですか?」
「お前は変なところで卑屈になるよな。なまえがいいんだよ」

 あと、俺はもうお前の先生じゃありません。そう冗談交じりに言う彼の姿はあの頃と変わらず、優しさに満ちていて、私は溢れてくる涙を服の袖で乱暴に拭う。ごしごしと擦ると痕になるぞという声が聞こえてきたが、そんなものは関係ない。

「私、幸せです」
「そうか。よかったな」
「先生は幸せですか?」

 私がそう聞くと彼は頭を撫でていた手をおでこに近付けピンと指で弾いた。所謂デコピンという奴だ。

「痛い」
「今度先生って呼んだらまたやるからな」
「……消太さんは幸せですか?」

 私が再度尋ねると、小さい声で幸せだよ。と帰って来て思わず破顔してしまう。にこにこと嬉しそうに私が笑うと、彼は言わせんな恥ずかしい、と少し照れながら食事を再開した。綺麗な箸使いを眺めながら私はまた胸中で幸せだと呟くのであった。

二人暮らしでも始めましょうか

20160715 title 吐く星

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