×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



展開が忙しい。


 両親は仕事人間だった。確かにプロヒーローという仕事は大変素晴らしいことで名誉あることだと思う。思うのだが、子供に構う暇がないほどに仕事に勤しむのは何か違うのではないかと私は思った。愛情がないわけではないと思う。住むところは高層マンションのセキュリティが万全な人が聞けば羨む場所で、生きていく上で不自由したことなどない。明かりのついていない部屋とテーブルに置かれた子供には不相応な大金。それが日常茶飯事だった。お手伝いさんが作ってくれたご飯やどこかでケータリングしてきたのか高そうなお惣菜の数々。美味しいけれど、そこには温かみが一切無く贅沢だと理解しながらも、寂しいという気持ちだけが募っていった。

「(私はね、お父さんとお母さんと一緒にご飯を食べられれば、それだけで幸せだったんだよ)」

 終ぞその想いを伝えることが出来ない儘、私は両親の母校である雄英に入学を決めたのは、救助活動中に両親が亡くなった一年後のことだった。



 ヒーロー科を受けるほど、ヒーローになりたいわけでもなく、ヒーロー向きの個性でもなかった私はサポート科に籍を置いていた。私の個性はリラクゼーション。内面的な治癒、安らぎを人に施せる個性だった。私の肉体からは目に見えないオーラのようなものが纏わり付いており、それに触れることで精神的な癒しを齎す。人に触れる面積が大きいほどその効果は絶大だが、その分私の負荷も大きい。握手くらいの接触ならば幾らしても問題ないのだが、抱きついたりすると時間にもよるが凄く疲れてしまう。なので、燃料切れにならないように飴玉やチョコレートなどを常備していた。しかし余りの効率の悪さになにか良い方法はないだろうかと考えていた時にふと思ったのだ。得意な料理にこの個性を活かせられないだろうか、と。その試みは面白いくらいに上手くいった。食材に触れて調理するのと、人体に触れるのとでは効果の度合いが些か直接触れる方が勝ったが、自身の疲労度が全く違ったのだ。勝るといっても精神的なものだから誤差の範囲といっても差支えがない。それからは私はひたすら触れる時間を延ばすために、食材に触れて、調理をして、を繰り返していた。家族というものに憧れていたせいだろうか、料理の腕はランチラッシュにお墨付きを貰う程だった。この時は幼い頃から日夜料理に励んでいてよかったと心から思うのだった。そして二年生の半ば、そろそろ就職先をどうするかという話が具体的に進んでくる時期に、私はランチラッシュに就職先を紹介をして貰おうという話が担任を通して教えられていた。無論私もそのつもりでこの個性と料理の腕を活かせる場に心弾ませていたのだ。けれど三年生に差し掛かったある時、何故か唐突に思ってしまったのだ。寂しい。家族が欲しいと。



 個性を使った料理がどれほどの効果を齎すのかを試すのにお世話になったのは先生達が主だった。二年生にもなれば、先生からの許可も出たので生徒にもあげたりしていたが、中でも一番にお世話になったのは、ヒーロー科の担任である相澤消太先生である。一年ほど前に赴任してきた先生は、アングラ系ヒーローとして名を馳せていて、教員としても立派な仕事ぶりをしていた、らしい。らしいというのは、私が先生の授業を受けたことがなく、接点らしい接点もなかったからだ。そんな中で、私が相澤先生と接点を持ったのは、個性を使った試作品をリカバリーガールに見て貰おうと保健室に向かった時だった。保健室にいた先生は酷く目を真っ赤に充血させていて、リカバリーガールに何か小言を言われているようで、先生はやる気のなさそうな声で相槌を打っていた。

「あの……、今大丈夫ですか?」

 戸惑いがちに聞けばリカバリーガールは私を見て手招きをしていた。先生はやっと解放されたと言わんばかりに溜息を零して、椅子から立ち上がっていた。

「あ、まだ話は終わってないよ!」
「はいはい、これからも気を付けますんで」

 先生はおざなりな返事をして私を一瞥して保健室から去っていった。ぷんぷんとまだ小言を言い足りない様子のリカバリーガールを見ながら、私は焼いたクッキーを差し出した。

「これ、見てもらえますか?」
「おや熱心な子だね。どれどれ、頂くとするよ」

 彼女はクッキーを一枚口に入れもぐもぐと咀嚼をして静かに親指をグッと立てた。その反応に私は嬉しく思いながらも、先ほどの相澤先生の様子が気になって仕方なかった。

「あの、相澤先生どうしたんですか……?」
「ああ、全く自分に無頓着な男でね。ゼリーばっかり食べているからもっと栄養あるものを食べなさいって言ってたところさ」
「ゼリー……」

 確か相澤先生は合理的なことを好んでいてその結果があの風態だった気がする。ヒーロー科の生徒の話を聞くと食事もゼリーばっかりらしい。すると、何を思ったかリカバリーガールは食べていたクッキーを指差してそうだと声を上げた。

「今度奴にも食べさせておやり。なに、個性の成長の為だと言えば納得するさ」
「そう、ですね。ゼリーばっかりっていうのは、ちょっと心配です」
「使える物はなんでも使いなさい。それが何であれ」

 しかしこのクッキー美味しいねぇとリカバリーガールはぱくぱくと食べてくれた。美味しいの言葉が嬉しくて私は笑いながら、先生に何を作って渡そうかと思案していた。



 そんな感じで私は相澤先生にあれこれと作ったものを渡していた。最初は遠慮していた様子だったが、個性の成長の為だと言えば彼は渋々といった様子で私のものを口に運んでくれた。手作りが駄目な人も居ることを知っていたから先生に「もしかして手作りとか駄目な人でしたか?」と尋ねたことがあった。だとしたらすみませんと謝れば先生は少し驚いた様子で「別にそういうのは大丈夫。ただ、久しぶりにこういうのを食べたから」と答えた。既製品ではないお菓子を食べる機会は中々ないと続けて個性の効き方を教えてくれた。

「うん、ちゃんと効いてるよ。もう個性のコントロールは完璧に出来てるのか?」
「完璧と、言われるとあれですけど。先生方から褒められる程度には」
「なるほど。みょうじに限って怠るということはないと思うが、反復練習はしっかりとな。リラックスし過ぎるとそれはそれで問題だ」
「はい。あの、これからも相澤先生に見てもらっても構いませんか?」
「……俺なんかで良いのなら別に構わないよ」
「では、引き続きお願いします」

 そんなやりとりを経て、私は個性を見て貰うという大義名分の元で先生に試作品を作っては食べてもらっていた。最初は草臥れた様子の先生が少しでも元気になってくれたらなあとかそんな思いだったのだが、いつからだろうか。次第にその姿に心惹かれてしまうようになったのは。美味しいと相澤先生に褒められるのが私の中で一番嬉しいと思うようになっていたのだ。片手間で食べれるお菓子を主に先生に試食して貰っていたが、そのうちに先生に私の作った料理を食べて貰いたいと思うようになって気付いた。ああ、私は先生が好きなんだ。自覚すると恥ずかしくて堪らなかったが、それを伝える勇気も度胸も私は持っていなかった。先生は私を一人の生徒でしか見ていないし、何より先生の迷惑になるのが嫌だった。想いを伝えて拒絶されて、接点を絶ってしまうのが何より恐ろしかった。学校という閉鎖空間で拒絶されてしまったらと考えたら恐ろしくて伝える気になど到底なれなかった。少女漫画やドラマとは違うのだ。告白してハッピーエンドなんていうのは現実でないからこそ美しく映えて見える。私は呼吸を整えて溢れる気持ちに蓋をして、今日も相澤先生に試作品を食べて貰う。



 家族が欲しいと漠然と頭に浮かぶと、今まで進路について考えていたことが一気に真っ白になり彼方へ飛んだ気がした。たくさんの人に料理を食べて貰い、安らぎを施し、美味しいと言われるのが私の生き甲斐であり夢であった筈なのに、家族という単語がそれを邪魔をした。我ながらに馬鹿らしいと思う。たくさんの人ではなく、ただ一人に私の料理を食べて、安らかな気持ちになって貰えたらどんなに幸せなことなのだろうか。今まで見ないふりをしてきたツケなのだろうか。幼い頃から飢えてきた愛情が欲しくて欲しくて堪らなくなってしまったなんてとんだ笑い話だ。しかもそのただ一人に、先生を思い浮かべるなんて烏滸がましいにも程があるだろう。私は白紙になった進路調査の紙を見て溜息を零した。

「進路……、まだ決まってないのか?」
「相澤先生……」

 ほぼ私が占領して使っている家庭科室に相澤先生が入ってきた。いつものようにぼさぼさの髪を気にするでもなく歩く姿を見て、私は胸に込み上げる熱い思いを押し殺しながら先生を見上げた。私の対面に立った先生は私の手元にある進路調査の紙を見つめながら言葉を続けた。

「みょうじはもう就職先は決まってたんじゃなかったのか?」
「……その予定だったんですけど、」

 ランチラッシュに就職先を紹介して貰う筈だったんですけど、最近悩んじゃってて。と言葉を濁すと、先生は話が長くなると思ったのか、近くにあった椅子に腰掛けた。なんとなく先生の顔を直視出来ずにいた私はそっと白紙の紙に視線を落とした。

「担任の先生が困ってたぞ。あのみょうじが最近進路で悩んでるって。みょうじは努力家だから、思い詰めているんじゃないかって」
「そんなの、買い被り過ぎです」

 私はただ料理が好きなだけで、個性を使ってたくさんの人が私の料理を食べて安らかな気持ちでいてくれたらそれだけで幸せなんです。そう告げると、先生は困ったような嘆息を漏らす。

「……なにかあったのか?」
「なにか、とは」
「みょうじ、君は頑張っている。頑張り過ぎとも言っていいくらいだ。君はもう少し周りに頼ることを覚えてもいいと思うよ」

 話したくないなら無理には聞かないが、話すことで気持ちの整理が付くこともあるだろう。先生の優しい声が私の鼓膜を振動させる。その声を聞いて何故か無性に泣きたくなってしまった。

「……私、両親がプロのヒーローをしていて、毎日仕事で忙しくしていたので、いつも一人きりで家にいたんです」

 ヒーローは名誉ある素晴らしい仕事だとわかってはいるし、今も両親のことは尊敬しています。けど、私は毎日明かりの点いていない部屋と一人きりで食べる食事が嫌で仕方がなかった。両親の愛情がなかったわけではないと思います。住む場所も食べる物も生きる上で何不自由なく育ててくれてとても感謝しています。けれど、それ以上にとても寂しかった。何もいらないから家族みんなでただ、一緒にご飯を食べたかった。結局それは叶うことはなかったけれど。今まで、全然気にしたことはなかったです。友達もいるし、先生達にも良くして頂いて毎日が楽しくて、とても幸せな筈なのに。最近、急にわからなくなってしまって。たくさんの人に認められなくてもいい。ただ一人の人に私を認めて貰いたい。そう思い始めたら、何をしたらいいのかこんな気持ちで個性を使っていいのか、わからなくなってしまいました。そう思い付いた言葉を捲し立てて話せば先生は僅かに沈黙をした。呆れられただろうか、こんな子供染みた承認欲求の塊に幻滅されただろうか。幻滅されてしまうのは少し、いや凄く悲しいな。鼻の奥がツンとしてきて、やばいと思った瞬間に涙が目尻に溜まるのがわかる。零さないように必死に耐えようとしていると、頭にぽんと暖かいものが触れた。それが先生の手だと理解するのに時間はそう掛からなかった。

「みょうじ、君は頑張っているよ。個性の使い方も学年で一番に上手だ。君が誰に一番認めてもらいたいかはわからないが、少なくとも俺は君のことを認めているつもりだよ」
「そんな……っ、うそだ……」
「嘘は言わない。合理的じゃないだろう」

 先生のいつもの口癖に笑ってしまうのと、嬉しくて涙が溢れそうで私は必死に顔を俯けて歯を噛み締めた。頭から伝わる体温で火傷してしまいそうだと思った。だって、好きな人にそんな風に言われたら、嬉しいじゃないか。先生が私のことを生徒とでしか見ていなくても、そんなことを言われたら嬉しくて嬉しくて、死んでしまいそうだ。

「せんせい」

 口走ってしまう。

「わたし、せんせいのことが、」

 言わない筈だった、胸に秘めた言葉を告げてしまう。

「すきです」

 自分の口から出た声は酷く震えていて、弱々しかった。それでも、近くにいた先生にはしっかりと伝わったらしい。情けなく涙を溜めた瞳で先生をしっかりと見つめれば、驚いた表情を一瞬見せたが直ぐにいつも通りの先生になった。

「それは、勘違いだ。君ぐらいの年頃は年上に憧れる感情を恋と錯覚しがちになる」
「違います。先生。錯覚なんかじゃない。だって、私、私は、先生に、認められたい。他の誰でもない先生だけに私は認められたら、それだけでいい。他にはなにもいらない」
「それでも、俺は君の気持ちには応えられない」
「私が、生徒だからですか……?」

 無言で先生は私の瞳を見つめていた。真っ直ぐな瞳はどこまでも澄んでいてとても綺麗で、私はより一層泣きたくなってしまう。

「私が、卒業しても、駄目ですか?」
「……その頃には、きっとこんなおじさんに興味なんて無くなっているさ」
「そんなの絶対にない、ないです。だって、私、」

 こんなにも先生で頭の中が一杯になっているのに。堪え切れなくなった涙が頬を伝う。先生が私の涙を見て、少しだけ表情を曇らせた。

「俺は、君の視野を狭めたくない」

 ああ拒絶の言葉が吐き出される。私は耳を覆いたくなったが、次に紡がれた言葉に自分の耳を疑った。

「だから、卒業して一年。きちんと仕事をするんだ」
「それって……」
「一年仕事をして、それでも俺の事が好きだったなら、会いにおいで」

 広い視野で、もっと世界を見てくるんだ。君にはもっと相応しい人間がいる筈だ。先生は優しい声音で、ほんの僅かに笑みを作って、私の頭を再度撫でた。

「そんなの、先生ずるいです」
「大人はずるい生き物なんだよ。君も社会の荒波に揉まれればわかるさ」
「……私ずっと先生のこと、好きですからね」

 だって、先生に毎日ご飯を作ってあげたいと思うくらいに好きなんですよ。そう伝えると、先生私の頭を乱暴に撫で回して、楽しそうに笑いながらこう言うのだ。

「その台詞は、次の機会にな」

 先生は椅子から立ち上がり背筋を伸ばしながら、私の白紙の進路調査の紙を指で叩いた。

「担任の先生に今から出して来るんだ。もう、悩み事はないだろう」
「はい。先生、卒業までご指導ご鞭撻宜しくお願いします」

 私がそう言うと先生は厳しいぞと言いながら、家庭科室から去って行った。今までのモヤモヤとした気持ちが嘘のように晴れていく。伝えようとは微塵も思っていなかったのに、感情の高ぶりとは恐ろしいものだ。自分の未熟さを痛感しながら私は気合を入れるために両手で自分の頬を叩き付けた。乾いたいい音と、頬を伝う痛みに涙も引いていき、私はこれからの未来に想いを馳せる。きっと何年経っても私は先生のことを思い続けると確信を持ちながら。

白紙に這う赤い囁き

20160715 title 吐く星
20161116 修正

2/11