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七瀬さんへ捧げます。
相澤先生シリーズの夢主で書かせて頂きました。(結婚済みです。)
少しアダルトな雰囲気です。


 午前十時。リビングで持ち帰りの仕事をしながら横目でやたらと上機嫌ななまえの姿を見た。彼女は楽しそうに笑みを浮かべながら、時折鼻歌混じりに彼方此方を忙しそうに動いている。何がそんなに楽しいんだか。女心というものはよくわからない。俺は彼女に淹れて貰ったコーヒーを飲みつつ、六割程片付いた資料に目を通す。日曜日、世間は休みだなんだと浮かれているが、その実感は余り湧いてこない。休みという概念がない職業のせいかも知れないが、凝り固まった肩を回すと一気に集中力が削がれていくのがわかる。少し休憩にするか。ソファーの背凭れに寄り掛かるようにして目を揉んでいると、いつの間にか近くに寄ってきたなまえが俺の目元に手を置いた。

「おつかれさまです」
「ん、なまえもゆっくりしてていいんだぞ」

 たまの休みなんだからと続けると彼女は楽しそうに笑いながら、家事が息抜きです! と声高々に宣言をしていた。彼女の手で目を覆われているからその姿を見ることはかなわないが、さぞドヤ顔をかましているのだろう。温かな手の温度が彼女の個性と相俟って緩やかに癒しを齎すのが伝わる。凝り固まった神経が解かれるような、波に流されふわふわと浮いているような不思議な感覚を味わいつつ、とんとんと彼女の手を叩けばなまえはゆっくりと手を引いた。

「少しは楽になりましたか?」
「だいぶ。ありがとな」
「消太さんの奥さんですから!」

 当然ですと胸を張る彼女の姿はとても可愛らしく、そして幼く見えた。あどけない表情をするまだ年若い彼女が、自分の妻だというのはなんとも不思議な感じだ。そんなことを思いながらなまえを見つめていると彼女は何か言いたげな様子で、俺の瞳をじっと見つめていた。互いに見つめ合うなんて、どういう状況だと彼女を一瞥する。そしてこちらを伺うように見るなまえの顔と服を見てあーと胸中で呟いて答えを導き出した。

「それ新しい奴か?」

 ワンピース。と続けて言うとなまえは顔を一気に明るく綻ばせ、わかりますか? と、その場でくるりと回って見せた。短めの丈に少しだけどきりとする俺のことなど知らない彼女は、楽しそうな声音で話し出した。

「先週買ったんですけど、やっと今日着れて! 可愛いですよね。消太さんこういうの好きですか?」
「うん、なまえが着ればなんでも可愛いよ」
「ふふふ。早く消太さんに見せたいなぁって思ってたんです」

 ホワイトのケーブルニットのワンピースは確かこの前、なまえが熱心に見ていたファッション雑誌に載っていた気がする。朧げな記憶を頼りにしていると、彼女は隣に座ってそのまま肩に頭を乗せてきた。小動物のような行動に思わずそのまま頭を撫でる。なまえは猫のように喉を鳴らし甘えた様子で、ぐりぐりと肩に頭を押し付けていた。猫かと小さく呟いたが彼女の耳には届かなかったようだ。

「久しぶりに新しいお洋服着たらなんだか、楽しくなっちゃって。髪まで巻いちゃいました」

 少し長めの髪は仕事時は綺麗に一つに纏められているのだが、今日は本人の言う通り緩く巻かれていてデートの時のような姿だ。すっぴんの彼女もそれは可愛らしいのだが、今は化粧のお陰か大人っぽくなっており、仕事の顔と比べるとギャップが凄い。

「お仕事は今日までですか?」
「いや。期限は来週までだから余裕はあるぞ」
「……じゃあ、私に構ってください」

 艶やかな色を含んだ悪戯な笑みを浮かべて太腿の上をゆっくりと手が這う。小さな白い手が嫌でも男女の差を見せつけてくる。純真無垢そうな表情で徒事など知らぬ風に見えるのに、時折こうして熱っぽく無自覚に誘惑してくるのだから厄介なものだ。唇を彩る色にさえ、欲を覚えてしまいそうになるのだから自分もまだまだ仕様のない男だというのを自覚させられる。せめて年上の矜持として、余裕を持っていたいのだが彼女の前だと形無しである。自分の魅力というものをわかってその表情を作っているなら中々に狡猾な策士である。しかし、本人は無自覚でそうしているのだから余計にタチが悪いと溜息が溢れそうだ。そっと頬に手を添えれば、彼女は嬉しそうに目を細めてそのまま瞳を閉じた。唇に軽く触れるように口付けをする。舌を入れてやろうかとも思ったが、午前中から情事に耽るのは如何なものかと少しの理性がそれを踏み留まらせる。名残惜しい気持ちの儘、唇を離そうとした。が、なまえは何を思ったのか俺の首に手を回して力いっぱい引き寄せる。そしてそのまま口内に舌を割り入れた。体を密着させて深い口付けをされると、そのままどうにかしてしまいたい衝動に襲われた。なまえの口から上擦った吐息が溢れて、欲に正直な体は簡単に熱を孕んでいく。平常心、平常心と念仏のように呟きながら、彼女の柔らかい舌を優しく噛んでやると彼女は嬉しそうに手に力を込めてきた。

「……、急にどうした?」
「消太さんドキってしました?」

 彼女はソファーに俺を押し倒して馬乗りになると、艶やかな表情で俺を見下ろしながらそう言った。頬を僅かに上気させ、笑う姿は純真無垢とはとても程遠い。

「いつも消太さんにドキドキされっ放しなので、お返しです」

 私だってやる時はやりますよ。そう言うと彼女は指先で俺の唇をなぞる。なんでもない仕草が官能的に見えるのは俺が青臭いガキのように盛っているからだろうか。なまえはいつも俺にドキドキされっ放しだと言っていたが、それは此方の方だと思う。まだ教師と生徒の関係の時、急に熱烈な告白をして来たり、そして拒絶をして終わったかと思えば学生の時と変わらぬ笑顔で追い掛けて来て、変わらぬ愛の言葉を聞かされて。一生徒への感情が、なまえ個人への感情へと移り変わったのはいつ頃だったか。初めの方だった気がしなくもないが、それを明らかにするつもりはなかった。なんてことのない男の下らない見栄である。年下の、しかも元生徒に余裕のない表情など見せるつもりは、今も昔もない。

「随分といい眺めだが、この後はどうするんだ?」

 あくまでも自分はイニチアシブを握っていたい。可愛くない男の酷く可愛い願いであった。彼女は俺のことを余裕たっぷりで狡いとよく言うが、俺からしてみれば彼女の方がよっぽど狡い。あどけない表情を見せつけておいて、やらしいことなんてわからないみたいな風体でいる癖に、いざスイッチが入った途端に熱視線で俺を射抜いてくる。瞳が、唇が、指先が、全てが色を含み、正に昼は淑女、夜は娼婦といった所だろうか。

「ねえ、消太さん」
「なんだ?」
「私、ワンピースと一緒に下着も新調したんですよ」

 飄々と涼しげな表情で彼女は宣っているが、その言葉の意味をわかっているのだろうか。訝しげに見つめていた俺の視線に気付いたのか、彼女はくすりと笑って行き場の失った俺の手を小さな両手で握り締める。頭の中を占拠するのは下世話なことだけである。どうやって彼女を鳴かしてやろうか、どんな風に彼女に強請らせようか、そんなことしか浮かんで来なかった。男ってのは単純なものだな。

「せんせ、私のこと好き?」
「……俺は先生じゃありません」

 辛うじて口から出た言葉は、それだけであった。

「じゃあ、しょうたさん。私のこと、好き?」

 唇を彩るピンク色のグロスが艶やかで色気を倍増させているようだ。このまま、なまえに乗るのも悪くはないが、少しばかり悪戯がしたくなった。年下の可愛い奥さんに翻弄されるのも悪くはないが、やはり下らない男のプライドがある。握られていない方の手で、スカートから見える柔らかな肌を愛撫するように指先で擽りながら、笑ってみせる。

「欲しいのなら……、わかるだろ?」
「……ふふ、しょうがないなぁ」

 きっと彼女は全て知っている。翻弄されている俺が、下らない矜持で意地悪を言って、彼女から強請らせようとしているのを知っている。それをわかった上でこうしてくれるのだから、なまえには一生敵わないのだろう。

「消太さんに欲しくて欲しくて堪らないって言わせてあげますね」

 ああ、もうなまえが欲しくて堪らない。そう言えば彼女はどんな顔をするのだろうか。下らない見栄に隠れた本心が引き摺り出されるのはそう遠くはないだろう。

「なまえ」
「なんですか?」

 耳元で彼女が望む言葉を吐き出すと、なまえは満足そうに微笑んで、俺に抱き着くのだった。振り回されるのも悪くないと思えるのは彼女だからか。全く、本当に合理的じゃない。

愛の正体はいつだって不可解なものだ

20161124 title 夜半

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