×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



言わないでいてほしいことばかり


※注意

 私がこの個性を万能ではないと気付いたのは、学生時代の頃であった。珍しい個性故に中学までは色々揶揄われたりもしたが、雄英ともなるとそんな低レベルなことをする人は少なくともクラスメイトではいなかった。寧ろどのくらいまで身体能力値が上がるのかと聞いてきた男子もいれば、衣装をよく見たいと瞳を輝かせた女子もいた。クラスメイトはみんな優しく私を受け入れてくれたので、少しばかり気が緩んでしまっていたのだ。
 HRで最近女子生徒を狙う不審者が出ているので気をつけなさいと担任が言った日のことだ。不審者といってもこの個性がある限り、私は大丈夫だと思っていたのだ。図書館で自主勉強を終えると外はすっかり暗くなっており、家路を急ごうと足を早めた。背後からひたりと誰かにつけられていると気付いたのはすぐのことだった。自分の足音に重ねるように足音を隠し、私が早歩きをすれば相手も早歩きをする。言いようのない嫌悪感が走り、体を縮こませた。冷や汗が背中に流れ、HRでの担任の言葉がよぎった。不審者という言葉が脳裏を掠める。いつの間にか足が動かず立ち尽くしてしまった私を嘲るように背後から足音が聞こえる。息切れの音と足音が混じって、逃げなくてはと思うのに足が動いてくれそうにない。背後から人の気配がする。ぞわりと背筋が凍り、足の裏から根が生えたようにそこから動くことが出来なかった。耳元で聞こえる吐息がだんだんと大きくなり、ダメだと思ったその瞬間に聞き慣れた声がした。

「みょうじ! 早くこっちこい!」

 覇気を含ませた声と共に腕を掴まれてた。あ、と声を漏らす前に手を引かれあれほどまでに動かなかった足はいとも容易く走るという行動を取るのだった。無我夢中で手を引かれたまま走るとそこは見知った公園の入り口で、私の手を引いた彼、相澤消太は呆れた目で私を鋭く見ていた。

「夜遅くに何やってんだよ」
「が、っこうで、勉強してて、その……」
「俺が通らなかったらどうなってたかわかるか?」

 もごもごと言葉にならない声を出すが、相澤くんは呆れた目を伏せ大きく溜息を零した。失望されたと思うと心臓が引き裂かれそうなほどに痛んだ。

「めい、わく、かけて、ごめんね」

 辛うじて紡ぎ出せた言葉だった。しかし、彼は再度大きく溜息を零して、私の額にデコピンを食らわすのであった。

「いたっ」
「迷惑掛けてもいいけど、心配させるようなことをするな。心臓に悪いだろ」
「ご、ごめんなさい」
「謝るくらいなら危機感を持て。第一こんな遅い時間まで学校に残るな。残るにしても一人で帰ろうとするな」

 普段言葉数少ない彼がこれだけ喋っているのを見ると、そうとう怒っているらしい。私はぎりぎりと痛む心臓を誤魔化すように制服の上から押さえつけながら、もう一度絞り出したような情けない声で謝罪の言葉を繰り返した。

「もういいよ。みょうじ家どこだ?」

 送ってくという言葉に遠慮しようとしたが、此方を見る瞳が、断ったら殺すと言っているので私は渋々住所を告げた。そうして会話らしい会話もないまま、私を家へと送り届けたあと彼は手を振って帰っていったのだった。鍵を開けて玄関に入った瞬間、その場にへたり込んでしまった。怖くなかったといえば嘘になる。怖かった、自分の身に何が起ころうとしてたか考えるだけで震えが止まらなくなる。短く息を吐き出しながら先程彼に言われた戸締り確認の言葉を思い出す。震える体を押さえつけながら鍵を閉めた。がちゃりと無機質な音を聞きながら、私は自分の手の平を見た。怖かった。とてつもなく恐ろしかった。けど、私が恐ろしかったのは、襲われるという恐怖ではなかった。襲われてしまったら、この個性がなくなってしまうのではないかという恐怖があったからだ。優秀な魔法少女は恋を知っていたとしても、清らかでなければいけない。この身を汚してはいけない。魔法少女は少女でなければならない。大人になってはいけないのだ。嘔吐感に襲われて急いでトイレへと駆け込んだ。焼けるように熱い。気持ちが悪い。胃液を吐き出しながら私は、もうこんなことが起きないように自衛をしなければと、ポケットに入れた蒼玉のペンダントをきつく握りしめた。



 そこからの私の記憶は断片的になっていた。ひたすら先生に教えを乞い、吸収し優秀なヒーローになるべく全てを捧げていた。放課後に遊びに誘われても図書館で篭って勉強をしていた。相澤くんはその様子を良しとしなかったが、帰宅の時間は遅くならないようにしていた。仮に遅くなっても、なるべく大通りを通るようにしていた。いつの間にか図書館に行く日は相澤くんと山田くんが隣にいるようになり、帰り道も一緒に歩くようになった。理由を尋ねれば、家じゃ課題が捗らない、帰り道は一緒だからと彼が粗野に答えていた。しかし相澤くんの家が真逆の方向にあることを知るのは私達が卒業してからのことでだった。いつもより三割り増しでニヤニヤと笑う山田くんと、それを一喝する相澤くん。そしてそれを笑いながら見る私という不思議な関係は卒業まで続くのであった。卒業してから相澤くんはイレイザーヘッドとしてその名を轟かせていた。といっても表立って出るのは山田くんことプレゼントマイクの情報ばかりで、イレイザーヘッドの名前は知る人ぞ知るものになっていたのだが。同期の子が活躍するのはとても嬉しく、そして悔しくもあった。私ももっと活躍して、もっと色んな人を救けたい。そして優秀な両親から産まれた私が優秀であることをもっともっと広めなくてはならない。特徴的な個性のお陰か相棒の経歴を経て独立することが出来た。魔法少女というキャッチーなフレーズはマスコミの格好のネタになり、また(魔法少女という見た目の割には)実力派でもあった為、人気はすぐに出た。オールマイトのような正統派ヒーローというよりかはイロモノ枠として扱われているのはわかっていたが、それでも、構わなかった。両親の期待に添える。それだけが、私の目的だ。学生時代、相澤くんに言われた言葉が脳裏に浮かび上がった。「お前、無理してないか」。おかしなことを言う人だと笑ってしまった。優秀な魔法少女に、"無理"なんてことがあるわけないのだから。

言わないでいてほしいことばかり 凍土