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可惜夜のささめきごと

 お風呂上がりのクラッカーの髪を梳くのはナマエの一日の終わりの楽しみでもある。食事を共に取るのは初夜をしてからの慣例だが、仕事が忙しくて中々それが出来ないこともある。朝に顔を合わせたあと、次に会えるのは次の日の朝であったりすることもざらにあった。いつの日だったか、お風呂上がりの彼の下された髪を見て「お髪を梳かしてもよろしいでしょうか?」。とナマエが尋ねたことがあった。彼は一瞬だけ目を丸くしたが好きにするといいと一言残して椅子へと腰掛けた。特徴的な髪型を下ろした彼の姿は中々に見ることが出来ない貴重な瞬間だ。初めてそのお髪に触れた時の感想は毛先の髪は燃えていないのだな、だった。
 それから時間が合えばナマエはクラッカーの髪に触れた。普段纏めている時にばちばちと燃えている毛先は不思議と燃えておらず結婚して十年以上経つのに謎だ。まあ、そういうものだろうと深くは考えないナマエは痛みがなく羨ましいほどにさらさらな髪に櫛を通していく。

「お前も物好きなやつだな」
「愛しい人に触れられるのは何よりの喜びでしょう」

 そうナマエが告げれば満更でもなさそうに口角を上げながらクラッカーは長い足を組み替えた。頬杖を突き、ナマエに成されるが儘のクラッカーの様子を嬉しそうに見つめながら長いその髪にヘアオイルを馴染ませる。最近どこからか取り寄せたそのオイルの効能は素晴らしいものだった。サラサラのクラッカーの髪を更に艶めかせていてナマエのお気に入りだ。貴重品だとスムージーが融通してくれた一品で、お礼の手紙を書かなければとナマエはどんな文面にしようかと想いを馳せる。昔、スムージーがナマエへと渡した一品を何の疑問もなくクラッカーに使ったという一件があったので、ナマエへと渡すものは大体義姉へと強調するか二人で使えるものなら二人分用意するのが常であった。そんな兄妹達の優しい気遣いに胸が暖かくなりながら、手触りの良い髪を堪能しつつ乾かしていく。髪を乾かし終わればその髪の美しさに感嘆し満足感に満たされる。艶めく美しい髪を触れることが許されるという自体が甘美なご褒美でしかないのに。ナマエはこんなに幸せになっていいのかしら、と毎夜思っているのだが、言葉に出せばクラッカーに笑われるだろう。

「終わりましたよ」
「ん、ああ。やっとか」
「クラッカー様のお髪は長いですからね」
「ナマエ。こっちにこい」

 クラッカーの言葉と同時に体が宙を浮いてそのまま彼の膝の上へと降ろされる。横抱きのまま座らされた状態で視線を上げれば風呂上がりの時だけ見ることができる特別な姿が視界いっぱいに入る。普段の凛々しい姿も好きだが夜にしか見れないこの彼の姿も大好きであった。

「お前に髪を梳かれるのは好きだが、顔が見えないのが気に入らんな」

 頬に大きな手を添えられそのまま唇を優しく重ねられる。触れるだけの戯れのような口付けはナマエの胸に暖かさとむず痒さを植え付けていく。彼の大きな手は耳元を擽るように撫で首筋へと下される。ちりちりと体の奥が熱くなる感覚が湧き上がりそうになる。

「クラッカー様のお髪を梳くのが楽しくて。だって、特別って思えるでしょう」

 彼がこんなに気を許してくれるのは家族だけだと思っているからその中に夫婦とはいえども血の繋がらないナマエを入れてくれるのが至上の喜びであった。ナマエはクラッカーの胸板に頭を寄せてその心音に耳を傾ける。規則正しく刻まれる鼓動を聞きながら彼の熱を享受する。あたたかい、世界で一番安心する場所だ。

「はは。全く馬鹿なやつだな。お前がおれの特別なんてことは当たり前のことだろう」

 どうでもいいやつにおれに触れることを許すほど、おれは酔狂じゃないからな。クラッカーはそう告げるとナマエの顎を指で掬い上げる。愛らしくて仕方がないと言うような目でナマエを見つめ、今度は噛み付くように唇を押し付けた。夜はまだ長い。甘美な時間が訪れることにナマエは浅ましい欲を疼かせるのだった。

title Garnet
20231018

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