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5

 今まで夫だと思っていた人が実はビスケットで出来た鎧人形で、その中から現れた美丈夫な人間が本物の夫だと言われた心境を想像してほしい。キャパオーバーになった脳に今夜抱く、と宣告されその通りに抱かれてしまった。体格差故にきちんと出来るか不安だったが鎧の姿よりは現実的でほっと安堵したのは内緒の話だ。ずきずきと痛む腰と違和感のある下腹部を気遣いながら体を起こした。隣で眠る主人を見つめながら本当に初夜をしてしまったことに頬に熱が集まるのがわかる。緊張していた体をゆっくりと優しく愛撫する昨夜の情景が頭の中に浮かんできてしまい、思わず両手で顔を覆った。起こさないように気を付けるも恥ずかしさで呻き声に似た何かが出そうになる。昨日だって、あんな、あんな……!  恥ずかしさで死んでしまいそうになっていれば隣から呆れたような声が聞こえた。

「い、いつから起きて……?」
「お前が起きるよりずっと前からだ。百面相をしていて中々に愉快だったぞ」
「ひどい……」

 ちらりと隣を盗み見る。昨日見たばかりの姿にこちらはどきまぎしているのに彼ときたら飄々と私を見つめるばかりだ。ただでさえ見慣れないのに、と小さく呟けば彼は私の腰に腕を回してそのまま布団の中へと引き摺り込まれる。

「早く慣れろ。お前の隣にこれからずっといる男の顔だぞ」
「ひゃっ、あ、あの、そんな近いと、……は、恥ずかしいです……」
「昨日はあんなにおれに縋り付いてきたというのになァ」

 耳元で囁かれると腰が跳ねそうになる。痛みを感じる間もないほどにドロドロに溶かされてはしたない言葉をたくさん口走った。熱に浮かされて譫言のように彼の名前を呼んでいたことを思い出して体が浅ましく反応しそうになる。

「き、今日はお仕事は良いのですか?」

 誤魔化すように別の話を振ったが彼の指先はくすぐる様に体をなぞっていく。ただ触れられるだけなのに口からは甘ったるい声が漏れ出そうになるのを必死に堪えた。

「休みだ。こんなふうになっている妻を置いていく薄情な夫に見えるか」
「しり、ま、せん……っ。あの、もうそろそろ、起きないと……ッ」
「体が辛いだろう。今日くらいはゆっくり休んだ方がいい。起きたいというなら無理強いはしないが」

 背中から伝わる体温で私の体はおかしくなってしまいそうだった。ただ触れているだけの指先と密着した彼の肌にどうしようもなく劣情を覚えてしまいそうになる。たった一晩で私の体は文字通り彼だけの為に作り替えられてしまったようだ。

「んっ、だめ、クラッカー、さまぁ……っ」
「全く……末恐ろしい女だな、お前は」

 私の名前を耳元で囁きながら悪戯だけのつもりで無理をさせるつもりはなかったが、と彼は私の体の上に乗って凶悪に微笑んだ。

「お前のせいでこうなったのだから、責任とってくれるだろう?」

 昨日ぐずぐずに解された下腹部に熱く滾った彼自身が宛てがわれる。破瓜の痛みはとてつもないと聞いていたのに実際に齎されたのはどうしようともない快楽だけであった。頭の中が真っ白になって弾けて、よくわからないままにただひたすらに気持ち良いことだけを与えられた。くらくらと情欲に侵された視界の中で見た切ない表情で私を見るクラッカー様の表情を思い出して胎の奥がぎゅっと戦慄く。そんな聞き方狡いじゃないか。

「優しく、してくださいね」

 期待と不安が入り混じった声に彼はただ当たり前だと笑って噛み付くような口付けをしてきた。昨日から変わってしまった夫の様子に翻弄されるばかりだが、けれど彼を恋しいと思う感情は募っていく一方であった。
 それから結局昼過ぎまでベッドの中から出られず、私の足腰も立たない有様になってしまった。色んな体液で汚れた体を洗う為にお風呂を用意してる間、お腹が空いたと呟けば彼は両の手を叩いた。小さくて美味しそうなビスケットが作り出され、童話の世界のように空中で踊っている。

「無理をさせて悪かったな」

 そう彼は呟くとビスケットの一つを差し出した。彼は私に手渡すつもりだったが、疲労困憊だった私はそのまま彼の手ずからビスケットを口に含んだ。初めて食べた彼のビスケットは今まで食べたどのビスケットより美味しくて涙が出そうなほどだった。

「とってもおいしい、です……」
「……そうか。なら好きなだけ食べるといい」
「はい。私クラッカー様のビスケットが今まで食べてきた中で一番好きです」

 こんなに美味しいビスケットを食べてしまったら他では絶対に満足できそうにない、そう続けば彼は照れたように頬を赤くして空いている手で顔を隠しながらもまたもう一つビスケットを私の口に運んだ。その優しい味に私は幸福感でいっぱいになる。この幸せがいつまでも続けばいいのに、とそんなことを願いながらもう一つ強請るように彼を見つめれば、ビスケットではなく彼の唇が振ってくる。意趣返しにと唇を舐めたら彼はどんな反応をしてくれるだろうか。この悪戯で風呂場でも鳴かされる結果になるとは、この時の私は知る由もなかったのだ。

20231018
20240306 加筆修正

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