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 政略結婚とはいえ形式上は夫婦であるからには一緒に住まなくてはならない。鎧を纏った姿でも生活できるように作られてはあるが家の中でも気が抜けなくなってしまったのは不満だった。溜息を吐きたくなるが、これもママの為だ。ママは結婚相手であるナマエの国の領地と特産品の全てを手に入れられて大変満足だったのだろう。機嫌良く「大事にしてやりな」。と高笑いをしながらクラッカーへと告げたのだった。最低限の家のことを教えたが、夫婦として過ごすつもりは全くなかった。ビッグマム海賊団に恨みを抱く人間は少なくない。仇討ちや財宝目的で他の兄弟に過去嫁いできた女達がいたこともある。勿論、不届者には相応の罰が下った。こんな矮小な小娘に害されるとは思わなかったが、煩わしく生活に介入されるのは御免だった。形ばかりの蜜月を、等と周囲は囃し立てたが実際は内政と遠征が忙しい時期で寝に帰るようなものだ。彼女は、言われた通り従順に日々を過ごしているようで家にいるホーミーズや、鏡越しにブリュレから報告を受けたが特に気になる点はなかった。これ以上の接点を持つつもりは毛頭なかったが、彼女は甲斐甲斐しく早朝に家を出るクラッカーを見送った。

「行ってらっしゃいませ、クラッカー様」

 そう言って笑いながら送り出す彼女にむず痒さを覚えつつも短く返事をして家を出る。同居人が増えた程度で、特別彼の生活に変化は起きなかった。
 一緒に住んでから二週間ほど経過した頃だろうか、夜遅く帰宅したにも関わらず彼女が起きて出迎えをしていた。

「お帰りなさいませ」
「……起きていたのか」

 呆れたような声音を含んでしまったのは悪くない。一緒に住んですぐに帰りは待たなくていいという話をしていたからだ。夫婦とはいえ愛も情もない。憐れな女だとは思うが、そんな身の上話など掃いて捨てるほどにこの海にはごろごろと転がっている。好き者に嫁がされるよりかは幸福といえるだろう。

「はい。遅くまでお疲れ様です」

 彼女はそう言うと後ろ手に隠していた何かを差し出してきた。鎧の中からそれを盗み見る。リボンでラッピングをされたそれは焼き菓子のようだった。

「クラッカー様がビスケットがお好きだと聞いて焼いてみました。よかったら召し上がってください」

 不要でしたら捨てて下さって構いません。と早口に捲し立てた彼女はその小さな手で包みを差し出した。拒んでしまっても構わなかったが王女様箱入り娘が作るビスケットの味に興味が出た。どれほど酷いものだろうかとそれを受け取れば安心したような表情を浮かべた彼女は「では、おやすみなさいませ」。と足早に部屋へと引っ込んでいった。クラッカーはその後ろ姿を眺めがら手の上に置かれたビスケットを見る。変なものが入っていないかとも一瞬頭に過ったが家の中に不審なものは置いていない。ホーミーズもクラッカーの懸念点を理解したのか作る姿を一緒に見たが不審なものは入ってないと歌うように告げてきた。部屋に鍵を掛け能力を解除し、素の姿になると椅子に座りラッピングのリボンを解いていく。シンプルなビスケットの見た目は悪くない。良くも悪くも家庭で作られるビスケットというのが第一印象だ。ふうん、と思いつつ手に取り口に含む。さくさくとした食感は悪くない。味も素人にしたらまあまあだ。職人気質でプロであるクラッカーから見たら改善点が至る所にあったが、食べられないほどではない。全く、どんな酷いものを食べさせられるかと思いきやある意味で期待外れだ。

「おい」

 部屋の中にいるホーミーズに声を掛ける。

「は〜い。クラッカーさま」
「紅茶を淹れてくれ」
「わかりました〜!」

 ホーミーズが紅茶を淹れる音を聞きながらふと思い付く。素人が自分で作ってここまでの出来なら自身が手を掛ければどこまでその腕が磨かれるのだろうか。紅茶と共に楽しむくらいには彼女のビスケットはクラッカーの好奇心を刺激するのだった。手近に置いてあったメモ用紙に彼女が作ったであろうレシピより数段美味なるレシピを書き記す。その様子を見たホーミーズはなんだかクラッカーさま楽しそう〜と歌うように心の中で呟いた。命はまだ惜しいのだ。
 次の日その書いたメモをテーブルに置き仕事に赴いた。材料と分量だけが書かれたメモの意味を彼女は気付くだろうか。そんなことに思考を割く程度には彼女へと興味を抱いていたが、彼自身は無自覚であった。

「なんだかクラッカー兄さん楽しそうね」

 ミラー越しにブリュレがそんな事を話しかけてきて、書類を捌いていた手を思わず止めた。

「……そうか?」

 可愛い妹にそう言われるが心当たりは特になく、普段と変わり映えしない生活を送っている。ブリュレはそんな兄の様子に少しだけ笑みを浮かべた。

「新婚生活はどう? そろそろ慣れた頃?」
「さあな。新婚といっても政略結婚だ。特に何があるわけでもない」

 この忙しさ、だしな。とクラッカーは書類の山を指差しながら呆れたように目を細めた。

「ふうん。そうなのね。今クラッカー兄さんの奥さんが何をしてるか見てこようか?」
「……いや。いい。特に興味はないからな」

 素っ気なく言い放つもその声音はどこか優しい。ブリュレはそんな兄の変化に気付きながらも野暮なことは言わない。兄の為にと自主的に覗いている彼女はいつもホーミーズに向かって兄のことを尋ねていたからだ。「クラッカー様は何が好きかしら」、「クラッカー様はどんな柄を好むかしら」、と悩む姿に邪な物は見られない。いつぞや他の兄達に嫁いだ不埒者の女達と比べるべくもなく、可愛らしい悩み事にブリュレは人知れず笑みを浮かべていた。兄が幸せならばそれでいいと家族が好きなブリュレはそれだけを願っている。
 仕事を終えいつも通りに家へと帰る。今日は起きていなかったのか部屋の中は静かだ。テーブルの上に置かれた包み紙とメッセージカードを見つける。それを手にしながら部屋へ向かい、鎧を解除してメッセージに視線を落とした。
“ありがとうございます。上手に出来ているといいのですが。”
 達筆な字で書かれたそれを眺め、ラッピングを解く。昨日より上手になったビスケットを眺め、口の中に放り込んだ。昨日よりも格段に美味しくなった味にクラッカーは知らず知らずのうちに笑みを作っていた。彼女への興味がより強く湧き上がっていたが、やはり本人は無自覚であった。


 それから彼女とは奇妙な関係が続いた。彼女が作ったビスケットを夜に食べ、朝にメモを置いて、その返事としてビスケットがまた置かれる。材料と分量だけが書かれたメモが味の感想に変わったのはいつの頃だったか。いつだかクラッカーも唸るほどに美味しく焼き上がったビスケットを褒めることがあった。そうしたらそればかりを作ってクラッカーを呆れさせた。流石に同じ味ばかり続くので別の味をと言う意味で一言だけ「ココア味」。と書けば次のビスケットには謝罪と、他には何の味が好きですか? と尋ねるメッセージが残されていた。ただのそれだけの言葉なのにどうにも捨てられず彼の部屋の片隅には彼女からのメッセージカードが一つ残らず仕舞われている。女々しい物だと自嘲を溢すが彼女に少なからず情を抱いてしまっているのだろうと、この時になって自覚した。ホーミーズから様子を聞いたのか、ある日からビスケットの隣にフルーツティーが置かれた。少しでもお疲れが癒されたら至上の喜びです。なんて仰々しく書かれたメッセージを読みながらそれを飲み干した。悪くはなかった。彼女の国から送られてきたフルーツをふんだんに使われたそれをビスケットと共に味わうのがルーティンになっていた頃、ホーミーズがあることを聞いてきた。

「クラッカー様は、奥方様のことどう思ってるの〜?」
「……どう、とはなんだ」
「好きとか嫌いとか〜、奥方様はね〜クラッカー様のこと大好きみたいだよ〜。いっつもクラッカー様のことば〜っかり聞いてるんだもん」

 何が好きで、何が嫌いだとか、自分が至らないから訪いをしてくれないのだろうか、とか、そんなことば〜っかり僕たちに話してるんだよ〜、と歌うように話す。前ならそんなことを聞いてもなんとも思わなかったが、何故だかとてもいじらしく感じてしまった。


「ブリュレ頼みがある」

 真剣な面持ちで尋ねてきた兄にブリュレはほんの少し身構えた。

「どうしたの? クラッカー兄さん」

 着席を進めてホーミーズに紅茶とお茶菓子を用意させる。クラッカーの好きな店のビスケットとブリュレの好きなクリームブリュレが並べられたがクラッカーは一向に手をつけようとしない。暫くの沈黙の後クラッカーは小さな声で「あいつの、昼間の様子が知りたいんだ」。と視線を逸らしながらそう呟いた。格好良い兄の存在がなんだかとても可愛らしい者に見えてきてしまい、笑みを誤魔化すようにブリュレは紅茶を口に含んだ。あいつ、というのは誰なんて野暮なことは言いはしない。兄が尋ねる人など一人しかいないのだから。

「わかったわ。ちょっと待ってね」

 鏡を作り鏡世界ミロワールドの中へと進む。クラッカー兄さんの部屋の鏡を尋ねればあちらこちらから声が上がり、キッチンに備え付けられた鏡から目当ての人物の姿を見ることができた。

「美味しく出来るかしら……」
「いつも美味しいよ〜」
「そうだよ〜奥方様のビスケットは最高だよ〜自信を持ちなよ〜」
「そうだといいんだけど、ね」

 彼女は伏し目がちにオーブンを眺めながら何かを決心したように果物を取り出して器用に皮を剥き始める。長い髪を後ろに纏めた姿は新鮮だ。クラッカーは彼女のそんな姿を眺める。果物ナイフで器用に切り分けティーポットに入れていく。楽しそうに笑みを浮かべる姿は淑やかで、そんな表情にふつふつと湧き上がりそうになる感情にクラッカーは内心戸惑っていた。
 ーー絆されそうになっている? このおれが?
 どうでもいい道端の小石程度の存在がいつの間にかこんなにも心の中を掻き乱す存在になり得たのか。シャーロット家で結婚するのはクラッカーが初めてなわけではないし、以前にも他の兄妹が結婚してそのほとんどが死に別れている。それは不幸な事故という粛清であったり自死であったりと理由は様々であったが、そんなものを間近で見ているクラッカーに色恋沙汰に心乱されることはないと思っていた。憐れになるほどの献身的なその想いに、クラッカーは自嘲にも似た笑みが溢れた。
 ブリュレはそっと後ろから変化の兆しを見せるクラッカーの様子をじっと見つめていた。
 彼女の経歴を調べ出したのはブリュレとの一件があってからだ。見合い話の時に馴染みの情報屋から渡されていた釣書を資料室から探し出して読む。彼女の生い立ちやその国の情勢。八つなってからの情報は殆どなく病に臥せっていたとのことだったが、その実は病弱な双子の弟の身代わりをしていたとか。女に男の真似事をさせるなど阿呆らしいと呆れながら読み進めたが、結局彼女の父親の愚かさが露呈しただけであった。従順に従う姿は好ましく見えるが、あれは自身の意思が求められなかった結果だと思うとその伽藍堂さも眉を顰めたくなる。しかし、唯々諾々と親の言いなりになっていた女がクラッカーの為にとせっせと菓子を作る様は、少しばかり優越感を覚えた。例えそれが自身の身を守る為の打算的なものが含まれているとしても、あの時鏡越しに見たあの表情が頭に焼き付いて離れないのだ。あの表情が素顔の自分に向けられたのならば、なんて世迷言まで考えてしまう。存外自分にも青臭い部分が残っていたものだと呆れ果てる。ビッグマム海賊団の名は大きく、それ故に敵も数えきれないほどにある。情報網を掻い潜って嫁いできた花嫁が仇討ちとしてきたことも少なくない。だからこそ、素性を明かすのを避けていた。形式的な政略結婚で自身の顔を晒すほどの価値などないと思っていた。だが、家族くらいしか見せていない素の自分を彼女にならば見せても良いかもしれないと、そんなことを思ったのはこの時だった。もし、彼女が前例のような不利益になるとしてもそうなる前に彼女の全てをとらえてしまえばいいのだ。子供が捕まえた蝶を標本箱に飾るように。美しい箱庭に彼女を閉じ込めてしまえばいいのだと。クラッカーは口角を上がるのを抑えきれなかった。それが征服欲なのか絆されてしまった故の情なのか、言葉にするには感情が煮詰まりすぎていた。
 鏡世界ミロワールドで彼女の様子を伺ってから幾度か経った頃、クラッカーはいつもより早く自宅へと帰ってきた。鎧を脱ぎ捨てた体で家へと入れば、ぱたぱたと音を立てて彼女が駆け寄ってくる。

「どなたでしょうか……?」

 彼女は戸惑った声音で言葉を紡いだ。反応としては予想通りであったがその後の反応はクラッカーにも想像が及ばないものであった。一歩彼女へと歩みを進めれば、どこに隠し持っていたのかナイフを取り出して自身の首へと近付けた。

「私、主人に貞操を誓っております。無体な真似をするのであればここで死ぬ覚悟です」

 その言葉にどうしようもなく焦がれてしまったのを自覚した。愛も情もないだろうとわかっているこの婚姻にそこまでの覚悟を持っている。献身とも執着ともとれるその狂気さに煮詰まりすぎた感情が溢れ出しクラッカーの心臓を蝕んでいく。簡単に手放せない。手放したくない。これから自身の腕の中でしか生きられない彼女を想像するとそれはとてつもなく愉快なことだと思った。クラッカーは愉快な気分のままに両手を鳴らす。彼女にしたら見慣れたクラッカー様がそこに現れるのだった。

「クラッカーさま……?」

 呆けたように瞳を丸くさせる姿に気分が高揚した。

「だからおれだと言っただろうが」

 自然と上がる広角に彼女は気付いているのだろうか。

 シャワーを浴びた後、ベッドの上で彼女の首を軽く手当てをする。擦り傷程度のものであったが、自身の所有物に傷跡が残るのは腹立たしい。政略結婚でしかない形だけの伴侶に興味を持つことも愛着を感じることもないと思っていた。まさかこんなことになるなんて、誰が予想しただろうか。このような小さな体で巨大な鎧姿だと認識していたクラッカーに抱かれる覚悟を持っていたのも驚きだ。

「お前、本当にあの姿のおれに抱かれるつもりでいたのか」
「はい。あの、クラッカー様はあのお姿だと思っていたので」

 決まりが悪そうに目を伏せる彼女の首にガーゼを貼り付ける。クラッカーの指先が肌に触れると彼女は大袈裟に体を震わせた。

「……私のお役目は世継ぎを作ることですから」
「殊勝なことだな」

 クラッカーの脳裏にある考えが浮かぶ。ならば政略結婚の相手が自分でなくても、例えば他の兄弟でも彼女は同じことをしたのだろうか、と。きっと、それは是だ。彼女は断れる立場でもないし、この生真面目な性格だ。自身に課せられた役目を理解し、それを成そうと努めるだろう。政略結婚とは、そういうことだと理解している筈なのに何故かそれがとてつもなく腹立たしく思えてしまった。クラッカーでなくても、例えばそれが長兄や次兄達であったとしても、彼女は夫に気に入られようと同じようなことをした筈だ。

「でも、私クラッカー様がお相手でよかったです」
「……なぜだ? おれでも、おれ以外でもそう変わらんだろう」
「確かに他の義兄弟のことは存じ上げません。でもクラッカー様は絶対家に帰ってきてくれたでしょう」

 世継ぎを作るためなら別宅に住んでその時だけ呼べばいいのに、クラッカー様は一緒に住むことを選んでくださったのが、私には何より嬉しいのです。彼女は頬を僅かに赤らめクラッカーの瞳を見つめながら微笑んだ。

「私の父は、母を別宅に住まわせました。私や弟が産まれても一緒に住むことはありませんでした」

 両親も政略結婚だった、と彼女は語る。

「ですから、私も結婚しても共に過ごすことはないと思っていたのです」

 だから、政略結婚とはいえ一緒に住んでいいと言われてとても嬉しかったのです。彼女はそう笑いながらガーゼの貼られた首に愛おしそうに触れた。可哀想なやつだ。とクラッカーは憐れんだ。ただ、それだけのクラッカーにしたら当たり前でしかない常識が彼女の中では至上の物になっているだなんて。余りにも些細なことに幸せを見出す目の前の女が憐れで可哀想でとても愛おしい。彼女はクラッカー以外の優しさに触れることなく、一生を終えてしまう。クラッカー以外の愛に触れることなく、それが全てになってしまう。彼女の今後の全てを形成するのが自分だと思うと、とてつもない優越感が溢れてくる。まるで雛に対する刷り込みのようだとしても。

「本当に欲のない女だな」

 クラッカーは小さくそう呟いて優しく唇を重ねる。啄むように触れながらゆっくりと唇をなぞるように舌を這わせて、その小さな口の中に舌を割り入れた。苦しそうに声を漏らす彼女に気付きクラッカーは唇を離した。

「息を止めるな」
「むず、かしい、です……っ」
「鼻で息をするんだ、ほら」

 そう言ってもう一度唇を重ねる。懸命にクラッカーの胸板にしがみ付く小さな体が可愛らしい。優しく舌を吸い上げて甘噛みをする。鼻に掛かった甘い吐息混じりの声に劣情を催した。

「はっ、ごめんな、さい……っ。閨での、所作は、わからなくて」

 真っ赤に顔を染めて目尻に涙を溜める姿は男を煽っているようにしか見えないのに気付いているのか。青臭い子供のように抱きたくなる衝動に気付かないふりをしながら赤く染まった耳朶に触れる。息を漏らしながら跳ねる姿にクラッカーは目を細めた。

「気にするな。お前はただおれのことだけを考えていればいい」

 純真無垢な体を淫らに染め上げてしまうのも一興だ。小さな体を押し倒せば期待と恐怖が入り混じった瞳がよく見えた。

「怖いか?」
「……怖くないと言ったら、嘘になります。破瓜はとても痛いと聞いていますから、」

 小刻みに震える体を宥めるように額、鼻先、唇へと口付けを落とした。性急にならないようゆっくりと舌を食み、不安げにシーツを掴む手に自身の手を重ねた。力強く掴んでいた手が緩み、おずおずとクラッカーの手に絡めてくる仕草が可愛らしくて仕方がない。痛みなど感じる暇などないくらいにドロドロに甘やかしてこの腕の中に閉じ込めてしまおうか。

「痛みなど感じる暇もないほどにお前のことを愛でてやろう。だから安心しておれに身を任せていろ」

 耳元で彼女の名前をわざと艶っぽく囁いた。それだけで小さく矯正を上げ女の顔を浮かべる姿に高揚した。

「好きです、クラッカー様。だからいっぱい、愛してください」

 ーー健気でいじらしくて愛らしくて可哀想なナマエ。お前が死ぬその時まで、お前はただこの愛を享受すればいい。この籠の中でたっぷり致死性の愛を注いでやろう。
 期待に染まった瞳を見つめ、もう一度その唇に噛み付くように口付けをした。囚われたの果たしてどちらなのだろうか。

20231018
20240114誤字修正

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