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 クラッカーは溜息を零した。堅苦しいスーツもそうだが、顔も知らない女と結婚をしなければならないのが面倒だった。妹の面倒ならば甲斐甲斐しく見てやれるが、他人のしかも顔も知らない女に世話を焼かなければならないなんて面倒以外の何者でもない。しかし、ママの命令は絶対であるし、万国を強固にする意味でも結婚をして領地や他の種の血を取り入れるのも大事な仕事だ。

「せっかくの結婚式なのに溜息を吐くなんてどうしたというのかな、我が弟は」

 仰々しく言葉を掛ける長兄にクラッカーは視線を移した。

「別に変わってもらってもいいんだが、ペロス兄」
「ママがお前をご指名なんだ。それを変わろうなんて命知らずなことを言えるわけがねえ」

 それもそうだ。とまた吐きそうになる溜息を噛み殺してこれから行われる結婚式に憂鬱を抱く。ビスケットのより美味しいレシピを考案していた方が有意義な時間だなと思うクラッカーの横顔を見て、長兄は笑いながら歌うように言った。

「まあいいじゃないか。噂によれば綺麗な娘だそうだ。気紛れに可愛がって子供を成せばママも満足だろう」

 長兄はそれだけ言うと満足したのか足早に部屋を去っていってしまった。

「……それが面倒なんだ」

 商売女を抱くのとは訳が違う。素性を明かさずに一夜を過ごすのは気楽だ。後腐れもなく問題があれば処理をすればいい。しかし、自身が何者かを明かした上でこれからを過ごすことの煩わしさに舌打ちをする。姦しいのも妹達であるならば許せるが、いくら妻になるとは言え他人の女にそこまでの情を掛けられるとは思わない。せめて煩わしくない女であることを願っていれば、ホーミーズから声が掛かる。結婚式用にと用意した鎧に身を包み新婦の元へと足を運んだ。素顔で会おうだなんて気は全くなかった。部屋で待つ女は純白のドレスとベールに包まれ表情は伺えなかったが、長兄の言っていた通り見目は悪くないようだった。彼女の背景は粗方きいている。国の安全の為に売られた可哀想な王女様。そこに何も感情が湧かないクラッカーはただ「おい」。と言葉を掛けた。

「はい。ナマエと申します」
「知っている」
「不束者ですが、どうかよろしくお願い申し上げます。旦那様」

 彼女は柔らかな声でそう呟きスカートを摘んで礼をする。その姿が余りにも小さくて、ほんの僅かに力を入れれば壊してしまいそうだな、とそんなことを考えるクラッカーであった。


 歓迎ムードの中で開かれた結婚式はママの機嫌を大層良くしてくれた。大きなウェディングケーキにあちこちに甘いお菓子の匂いが漂っている。身長差の関係で腕に乗せるような形で彼女を抱き抱える。誓いのキスでベールを外し、初めて見た女の姿は確かに美しかったがそれだけであった。こうして二人の結婚式は幕を閉じ、形式上の夫婦となるのだった。
 結婚式も無事終わり初夜の為だけに用意された部屋でクラッカーは鎧の中で溜息を噛み殺した。ママの目的はビッグマム海賊団をより大きなものとすることだ。つまり、形式上とはいえ、妻になったこの女との間に子供を作らなければいけない。そうなると嫌でも素の姿を晒け出さなくてはならない。しかし、出会って数時間の女に家族でしか見せない姿を晒すのは抵抗があった。素性を明かさなくてもいい行きずりならいざ知らず、信用も出来ない人間に晒せるものではない。考えるのも面倒で浴室へと向かったが煩わしさは晴れない。鎧の能力を解除して素になった自身を鏡で見つめながらもう一度大きく溜息を零した。


「初夜はしないのですか」

 無言でいれば諦めて寝るだろうと思っていたが妻となった女はそんなにか弱い人間ではなかったらしい。覚悟を決めたような双眸に思うこともなかったが、クラッカーはすぐに視線を逸らした。

「お前はしたいのか」
「旦那様が望むのであれば」

 旦那様、だと。耳障りな単語に舌打ちをしたくなったがこの女もこの結婚の意味を理解しているのだろう。早ければ早いに越したことはないのかも知れないが、今のクラッカーにはそんな気はサラサラなかった。

「……今日はいい。疲れた。寝る」
「そうですか」

 気落ちしたような安心したような表情は初夜をしなくていいからだろうか。戸惑ったようにベッドに座りもじもじとする姿に苛立ちに似た何かを覚えたが、これもきっと疲れているからだと言い聞かせて大きなベッドへと体を預けてそのまま目を瞑った。遠のく意識の中で彼女の声が聞こえた気がする。


 目を覚ませば女が隅で小さく体を丸めて寝ているのが見えた。人間の女にしては背が高いようだが、クラッカーしてみたら小さいことには変わりがなかった。すうすうと寝息を立ててこちらに背中を向ける姿はいじらしいような、なんとも表現できない気持ちになる。
 しかしいくら疲れてたとはいえ、初夜をするわけでもないのに会ったばかりの女と床を共にするのはどうなんだと思いつつ体を起こした。その小さな揺れで起こしたのか隣で声が聞こえ、眠た気に瞼を擦りながらハッとしたようにクラッカーを見た。

「申し訳ありません。旦那様より遅くに起きるなんて」
「いい。気にせん。……というか、その旦那様というのは何だ。普通に名前で呼べばいい」
「……あの、恐れながら……私、旦那様のお名前を知らないのです……」

 女の言葉にクラッカーは目を見開いた。肝が図太いのか無神経なのか、名前も知らない男と結婚してあまつさえ初夜をするかと尋ねてきたのかこの女は。騒がしい女よりはマシかとも思ったが、この性格も中々厄介なものだと、クラッカーは隠すことなく溜息を零して女の顔をまじまじと見た。化粧が施されていない顔は昨日見た姿よりも幼い。長い睫毛で縁取られた瞳も宝石のように煌いていて、まあ一般的に見れば美しい部類に入るのだろう。気紛れに可愛がればいいと長兄の言葉が頭の奥で木霊した。

「クラッカーだ、そう呼べ」
「クラッカー様、……はい。至らない私ですが、どうぞ可愛がってくださいませ」

 その言葉の真意を測りかねるがどちらにしろどうでもいいことであった。嘲るようにクラッカーはその無邪気な笑みを見下ろしながらこれからの結婚生活が自分にとって負担がなければいいとそう思った。

20231018

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