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 物心が着いた頃から私に主導権というものは与えられていなかった。父の操り人形のように今日まで生を受け、その結果がこれだ。この日の為だけに磨き上げられた私という存在は純白の美しいウエディングドレスに見合うものになっているだろうか。見苦しくはないだろうか。白いベールを被り、常人の女にしては高い身長をヒールで更に高くする。優雅で淑やかな表情を努めながらも胸中で占拠するのは不安ばかりだ。安定感とは程遠い細いヒールに力を込め、大股で歩きそうになるのをぐっと堪えて静々とバージンロードを歩く。白いベールの先を伏し目がちに見つめる。あの先に見えるのは名前も知らない私の夫となる人物で、その姿はとても大きな体をした男であった。


 つまらない身の上話をしようと思う。私はこの国の第一王女として生を受け、幼い頃から完璧であれと育てられてきた。帝王学や教養を頭に詰め込まれることを強要され、政略結婚の為に淑女としての所作を厳しく躾けられる。十全であるのが当たり前で、一つでも綻びがあれば厳しく叱責された。人格が歪まなかったのが不思議なほどだと今になって思うが、他人から見れば内面に欠陥があるのかもしれない。少なくとも表面上は淑やかで優美であれかしと求められ、それを取り繕えていた筈だ。双子の弟も次期国王として私以上の期待をされていたが、生まれた頃から病弱で六つを迎える前には床に伏している日の方が多くなっていた。母も私達を産んでから伏せ気味になってしまい、父は急いでその現状を打破しようと模索していた。私は興味がなかったが次期国王の位を巡ってドロドロとした骨肉の争いがあったようだ。自身の地位を盤石にさせんと画策したのだろうが、結果中々好むような結果にならなかったのであろう。そして何を思ったか、弟の代わりになれと私に命じたのだった。悲しくもその日は私の八つになる誕生日のことだった。淑女らしくあれと押し付けられていたそれらを取り払い身に付けたのは政治や戦争に役立てる為のものであった。お飾りの王太子になるとはいえそれなりの体裁を保たなくてはいけない為に細い体を肉付ける為に食事の量を強制的に増やされ、好きだった刺繍取り上げられた。女々しいなどと言われたがそれを押し付けたのは貴方ではなかったか。口から出かかった言葉を飲み込んで、私はただ頷くことしか許されなかった。弟の名前で生活を続けていれば姉君が伏せっているらしい、と逆の噂が流れたが父にとってはどうでもいいらしい。自身を否定され続ける生活の中で唯一、私でいられたのは夜の間だけであった。人目を盗み部屋を抜け出してお菓子を作ったり、隠していた刺繍を嗜んだり、こっそりと冒険小説を読むのが好きだった。世界情勢や帝王学を学ぶ為のだけの読書しか許されなかった身としては、空想の中で冒険をして大きなドラゴンと戦いお姫様を救い出す話は読んでるだけでわくわくした。こんな生活がいつまで続くのだろうかと、幾度目かの戦争でお飾りの王太子として武勲を上げたある時のことだった。弟が回復したのだ。領地を広げた影響か父がどこぞに金を積んで優秀な医者を抱え込んだらしく、あっという間に弟は元気になった。

「ナマエ姉さま」

 久しく誰にも呼ばれなかった名前を耳に入れるだけで嬉しさが募る。そしてそれ以上に弟が元気になったのを喜ばしく思った。しかし父はそんな感傷にも浸らせる時間をくれないらしい。男として生活をしていた七年という短くない月日はあっという間に消え去り、今度は政略結婚の為の駒として女に戻れと、平然とそう言い放ったのだ。七年の間に母は死に、そして堂々と迎えた妾を妃とし、その妃との間に子供を儲けた。弟も回復し跡継ぎ問題も解決したのだろう。私だけが取り残されている、と漠然と思いながらも与えられた日々を惰性で生きていく。ここから抜け出す生き方を選ぶほど、愚者にも、勇者にもなれなかったのだ。そして十八になった年に私はシャーロット家に嫁ぐことになった。表向きは穏やかなものだが実際は政略結婚だ。我が国は豊穣な土地と太陽の恵みのお陰か果実がよく実った。他のどの土地よりも甘く瑞々しいそれは諸外国から注目の的であり、かのビッグマムも例に漏れなかった。しかし、彼女の本来の目的は我が国が秘密裏に保有していた炭鉱であった。貴重な鉱石を掘り出せるそれは我が国の機密情報の一つであったのだが、どこからか情報が漏れ出してしまい、ビッグマムの耳に入ってしまった。それらに目をつけた、かの悪名高きビッグマム海賊団からの半ば脅迫とも言えるお願いを断れるだけの戦力も後ろ盾もない。拒否をすれば彼女はこの国ごと滅ぼしてしまうだろう。そして父はなんの躊躇いもなく私を差し出した。持て余していた第一王女を厄介払いできるいい理由ができたとでも思っているだろう。相手にとっても第一王女という肩書きは人質としては重畳な筈だ。求められるのは我が国の土地と世継ぎだけであろう。顔さえ知らない相手に嫁ぐのに躊躇いはあったが、拒否権はない。せめて、手慰みに本を読む自由を与えられることを願いながら私は万国へと嫁ぐのだった。


 噂には聞いていたがビッグマムこと、シャーロット・リンリンの体の大きさは目を見張るものだった。不躾な視線を晒そうものなら殺されるだろう、という雰囲気の中、私は努めて冷静にスカートの端を摘んでお辞儀をした。男としての生活が長かったが幼い頃から徹底された教育は体に染み付いており、見苦しい点はなかったと思いたい。周りから痛いほどの視線を感じたが目視できる範囲ではビッグマムとその配下であろう給仕姿の女しか見えない。不可思議な視線を訝しみながらもそんな表情はおくびにも出さずに笑みを浮かべる。人生は成るようにしか成らない、見たものを見たまま受け入れる、というのが私の価値観だ。ある種の諦観とも言えるのだが、これまでの人生を鑑みれば致し方がないことだと思う。そんな価値観が運良く作用した結果だろうか、にこりと貞淑な淑女が浮かべるであろう柔らかな笑みを作り上げればリンリンは大きな高笑いをした。そして私のドレスを選ぶのだと衣装室へと連れ込まれることとなった。「お前は顔がいいから何を着せても似合うねぇ」。と楽し気に着せ替えをするリンリンに私は笑みを浮かべて対応する。衣装係の女達が囃し立てるようにあれこれとリンリンにドレスを渡し、着せては脱がし、着せては脱がしを繰り返してやっとお眼鏡に叶う一着を見出したのか、今度はそれに合う飾りを選ばれた。好きなようにさせておくこと数時間。貼り付けた笑みも疲れが出てきたがそれを上書きするように笑みを浮かべ私は気になっていた事柄を尋ねた。上機嫌に笑っている今ならば質問しても急に殺されたりはしないだろう。恐る恐るといった様子が悟られないように柔らかな声で尋ねた。

「私の旦那様になる方はどんな方でしょうか?」

 確か彼女には何人もの息子がいるらしい。そのどれかに嫁ぐことは聞いていたが誰かというのは一切伝えられていなかった。結婚式は翌日に行われる。名前くらいは知っておきたいというせめてもの女心であった。しかし、夫となる人物の名前を知るのは初夜以降であることをこの時の私は知る由もなかったのだった。


 結婚式は恙無く終わった。名前さえも知らない夫になる男と誓いの口付けをしたところまでは、はっきりと覚えている。余りの大きな体に驚愕はしたものの持ち前の諦観にも似た価値観で、巨人族かしら、なんて思考を他所に飛ばしかけてしまった。彼のその大きな手が私を持ち上げて腕に座らせるように抱え込まれ、飛んでいた意識が現実へと戻る。大きな体とその顔の恐ろしさに恐怖の気持ちがないわけではない。しかしそんな見た目に反して私を抱き抱える手は優しく、長い髭を束ねるように結ばれたリボンも可愛く見えたような気がした。私を抱き抱えるその所作がまるでガラス細工を扱うかのような繊細さのギャップにときめいてしまったのは致し方のないことである。古今東西、人間はそういうものに弱いのだ。昔読んでいた恋愛小説にも書いてあった。お顔はまだ少し怖いけれど案外上手くやっていけるかも知れない、なんてそんなこれからのことに想いを馳せた。そして不思議だが彼からはとても甘くて美味しそうな香りが漂っていた。上等なバターが練り込まれたビスケットのような甘い香り。何故かしら、と疑問を与える暇もなく夫となる親族へと挨拶することになる。余りの体躯の差に煩わしさを感じたのか夫となる人物は私を再度抱えて彼の腕の上に座し、式場を回ることとなった。色んな人に挨拶をした覚えがあるのだが何を話したかまでは定かではない。頭上にある彼の顔をそっと伺うが気難しそうな表情からは一切の感情が読み取れなかった。ようやっと人心地が着いた時は全てが終わり特別に用意された寝室へと赴いた時だった。彼は私を椅子へと下ろすと「シャワーを浴びてくる」。と発して浴室へと消えてしまった。彼の大きな体でも悠々と寛げる寝室は私にとっては大きすぎるように思えた。まるで私が小人のようだ、と部屋の中を見渡す。この一夜のための部屋だと聞かされたが調度品も家具も全てが一級品だ。シャーロット家の底知れなさを如実に感じるその部屋の中に置かれたとびきり大きなベッド。天蓋付きのベッドを視界に入れると嫌でもこれからのことを連想してしまう。名前も知らない夫となる人物とこれから初夜を共にするのだ。心臓が痛くなる。この痛みが恐怖から来るものなのか、未知への好奇心なのかは判別が付きそうになかった。普通の人よりは身長は高いがそれでも夫となる人と比べたら小人もいいところだ。旦那様のそれが私の中に入るのかしら、なんて考えていれば彼が浴室から帰ってきた。不埒なことを考えていたせいかまともにその表情が見れない。入れ替わりになるようにそそくさと私もシャワーを浴びに浴室へと足を運んだ。大きな浴場は見事なものだったが頭の中はこれからのことでいっぱいだ。しかし、もう後には引けない。私はシャワーコックを捻り、覚悟を決める。見苦しくないように身支度を整えてベッドへと近寄れば彼が気難しそうな顔で本を読んでいた。そんな大きな本はどこで出版しているのだろうか、そしてなんの本を読んでいるのだろう。そう疑問に思ったが今尋ねることではないと自分を律した。ゆっくりとベッドへと近付き、腰を掛け、体を彼へと寄せる。しかしいくら待っても彼はこちらを向かなかった。あれ、あれ、と狼狽える私を知ってか知らずかページを巡る音だけが聞こえる。どれほどの時間が経ったのだろうか。私はおずおずと、声を掛ける。

「初夜はしないのですか」

 彼の体はぴくりと反応した、こちらを向く。そういったことは知識として勉強はした。破瓜はとても痛いのだということも聞いた。そしてこんなにも体格差があるのだからきっととてつもなく痛いだろうと、覚悟を決めていた。しかし、尋ねられた彼は苦虫を噛み潰したような表情をして素っ気なく視線を逸らしてしまった。

「お前はしたいのか」

 彼の低い声が響く。不思議とその声音に心地良さを感じた。

「旦那様が望むのであれば」

 覚悟はとっくのとうに決めていた。元より私にはそれしか価値がないのだから。しかし、そんな私の心情とは裏腹に彼は視線を逸らしたまま抑揚のない声で続ける。

「……今日はいい。疲れた。寝る」

 その言葉に少なからず安堵したのは事実だった。しかしそんな自分をすぐに恥じた。私には、これしかないというのに。

「そうですか」

 彼はそう言うと背を向けてそのままベッドに体を横たわらせた。大きな体躯が横たわっても余りあるベッドの大きさに慄きながらも、隣で寝てもいいのだろうかと逡巡する。ベッドの上で戸惑い、そしてまた逡巡したのちに、ままよと私も体をベッドへと預けた。ふかふかのベッドの寝心地は最高で緊張して寝れるか不安だったがすぐに眠気が襲ってきて私の意識は闇へと落ちていく。

「……煩わしくしないので、せめて、お側に置いてくださいね」

 夢へと誘われる最中に口走った言葉は彼の耳に入っただろうか。ひとりごとを聞かれるのは恥ずかしい、と纏まらない思考の中でそんなことを思った。ここ以外に私の居場所はもうなくなってしまったのだから。
 ーーまあ、元から私の居場所なんてものはなかったのだろうけど。

20231018

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