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かたる愛は蜜より甘い

 所用があってスイートシティに赴いたナマエは満足気な表情で街を歩いていた。輸入してもらったとっておきの材料達を分けてもらうことになっていたのだ。ビスケット島に運んで貰うことも出来たのだが、主人であるクラッカーに秘密にしておきたかったので、スイートシティにしてもらったのだ。秘密ついでにキッチンを貸してもらい主人に渡すために試行錯誤の末に現状で最高の出来栄えであるレシピでビスケットを作り上げる。熱せられたオーブンで焼き上がるのを待つばかりのナマエはフルーツティーを楽しみながら街ゆく人々の姿を窓辺から見下ろしていた。誰も彼もが楽しそうに美しい街並みを歩く姿は平和そのもので、ナマエは早く主人に会いたくなった。焼き上がったビスケットをラッピングする時間も加味すればあと一時間もあれば十分だろう。今日遠征から帰ってくる主人の顔を思い浮かべていればふと直感的にそれを悟った。先天性に持って生まれた見聞色の覇気。名称をそれと知らずにただ少し勘が鋭いと思っていたが結婚してから違うと判明したそれは、彼女に普段とは違う街の雰囲気を感じさせた。ナマエは備え付けられた電電虫で義兄弟の中でもよく話すブリュレに通信をする。何コール目かの後に彼女の声が聞こえるがその後ろは随分と騒がしい。

「ブリュレちゃん、ママになにかあった?」

 単刀直入にそう聞いた。

『ナマエ義姉さん今どこにいるの? ママの食いわずらいが起きてるの!』

 だからもしホールケーキ城の近くにいるなら逃げて、と続けられた言葉と共に後ろから大きな破壊音が聞こえた。通信が切れてしまうのと同時に大きな地響きが伝わる。ああ、ママの食いわずらいが始まってしまった。ホーミーズが慌てた様子で部屋の中で騒がしく囃し立てる。主人と結婚してから十年は経つがママの食いわずらいをこうして一人の時に間近に体験するのは初めてのことだった。ビスケット島にいることが殆どでこうして他の島へと行くのには基本的に主人や他の義兄弟と行動することが多かった。子供達はビスケット島でホーミーズに留守番を任せてある。ナマエは見聞色で辺りを警戒しながら、外へと向かった。地響きのせいで住民達が不安そうにホールケーキ城を見上げている。

「ママの食いわずらいが起きたの! 早くみんな逃げなさい!」

 後数分もしないうちにここまでやってくることが見えたナマエはママの進行方向とは逆の方向を指し示し、避難指示を繰り返す。住民達は皆ナマエ見ると少し安堵したような表情を浮かべたがそれでも不安は拭えない。建造物の被害はあとで治せても人間は酷く脆い。他の義兄弟達がママに集中出来るようにと声を掛け、辺りにいるホーミーズにも声を掛け避難を迅速に済ます。遠くから聞こえたママの叫び声。ああ、早くお目当てのデザートがママの口に入りますようにと願いながら、小さな子供達と手を繋いで被害が来ないであろう方角を目指した。
 ママの食いわずらいが終息したのは数十分後の出来事だったがナマエには何時間にも感じた。その間も住民達は不安を抱きつつもママの息子の嫁であるナマエがここにいるのだから大丈夫ではないかという安堵もあった。現にママが暴れている方向は今いる場所とは真逆の位置で、しかしそれでもいつこちらに進行方向を向けるかわからない。ぐちゃぐちゃに破壊される建物を苦々しく眺めていればママのお目当てのデザートがやっと出来上がったのか義兄弟がママの口の中にそれを放り込んだ。嬉しそうな声音がここまで届きやっと暴れることを終えたママの姿を見て避難していた住民達は安堵の声を漏らした。
 しかしあの辺りに家を構えていた住民達は今夜の宿をどうしようかと頭を悩ませていた。その様子を見ていたナマエは声を上げた。

「家が壊れてしまった者達はビスケット島に。仮の宿を提供します。家の修繕もいち早く済ませるので、用意が出来次第港へと来るように。ホーミーズに伝えておきます」

 いいわね。とナマエは近くにいたホーミーズに告げると心得たと言わんばかりにその情報はホーミーズ間で駆け巡っていく。呆けている住民達をよそにナマエは用があると先ほどまでママが暴れていた場所へと足を急がせた。さすが4将星の嫁は気概が違うと住民達が口々に話すのだが当の本人の耳には入らないようだ。
 ナマエが借りていたキッチンがある建物も例に漏れず壊されていて、残骸の中から無惨な姿になったオーブンを見つけ出す。歪んでしまったオーブンはナマエの力では開けることが出来ず、中でぐちゃぐちゃになってしまったビスケットを悲痛な面持ちで眺めていた。試作を重ねてようやく満足のいく出来栄えになり、それを最高の材料で作り上げた過去最高のビスケットになる予定だったのだ。スカートが汚れるのも厭わずにナマエはその場にしゃがみ込んだ。

「クラッカー様に食べてもらいたかったのに……」
「ほう。一人でこんなところにいると思えばおれの為だったのか」
「……!? クラッカー様いつからそこに……?」
「今しがた帰ってきた」

 気配が全くしなかったと隣で驚くナマエを尻目に歪んでしまったオーブンをいとも簡単に開けてしまう。美味しそうな見た目だか、煤や土埃が被ってしまっている。クラッカーはそのビスケットを一つ掴むと軽く汚れを取り払って口の中に放り込んだ。

「く、クラッカー様! 汚いです! 食べちゃダメ! ぺってして!」
「おれはガキか。お前がおれの為に作ったんだろう。ならそれをどうするかはおれの自由だ」

 さくさくと音を立てて二つ、三つと口の中に放り込むクラッカーの姿を眺めながらナマエ嬉しそうに困惑したような表情を見せた。

「……お腹壊しても知りませんから」
「そんなやわな体の作りはしてはいない」
「……今度はちゃんとしたのをお渡しさせてくださいね」
「期待している。よく出来てるぞ、ナマエ」

 おれの作るビスケットの次に美味い。とオーブンの中に入っていたビスケットを全て平らげたクラッカーは頬を緩ませてナマエの頭を撫でた。ああ、もう本当にずるいひと。ナマエは愛しさでどうにかなってしまいそうな感情のままに立ち上がってその大きな体躯に抱き付いた。ナマエが抱き着こうともびくとせず、クラッカーは為されるがままに彼女を受け止めている。

「ねえ、キスしてもいい?」
「返事など聞かんだろう。そういう時のお前は」
「ふふ。なんでもわかってしまうのね」

 崩れ落ちた建物の中だったが、ナマエにとっては関係なかった。数週間ぶりの愛しい人の体温を感じながら彼の手に口付けを落とした。手の甲に優しく触れるだけのそれにクラッカーは少し溜息を零しつつ、ナマエの体を抱き上げ、片腕に乗せるようにし目線を合わせた。

「するのはこっちだろう」

 拗ねるように言い放つ姿が可愛くてその唇に触れるだけの口付けを落とす。軽い口付けだけでは物足りなかったのかクラッカーの舌先がナマエの唇に触れて懇願するようになぞっていく。困ったひとね、なんて思いつつもその舌先を食むように口付けをしながら逞しい首に腕を回した。甘いビスケットの味がする。本格的な深い口付けになる前に舌を甘噛みして唇を離した。

「お家に帰ってから、ね」
「……覚悟しておけよ、ナマエ」

 強く射抜かれるその視線がナマエの体の奥を熱くさせる。胎の奥がぎゅうっと締め付けられる感覚に思わず甘い吐息が漏れてしまいそうだった。

「クラッカー様、おかえりなさい」
「ああ」

おまけ
「(はやく家帰っていちゃいちゃしてくんねぇーかなぁ。)」
修繕にきた他の兄妹達にそんなことを思われている。

title iccaxx
20231018

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