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殉なる慕情

結婚一年後くらいの話。
※夢主がモブレ未遂に合います。


 やってしまったとナマエは冷や汗を流した。両手は後ろ手に拘束され、どこだかわからない船室へ押し込まれ事態は緊急を要している。どうにもならないとわかっていながらも後ろでに縛られた手を無理やり動かす度に荒縄が肌に傷を作り鈍い痛みが襲ってくる。溜息を噛み殺しながら神経を集中させる。大丈夫。私の価値はまだ損なわれていないはずだ。泣き言を吐きそうになる唇を噤みどうにか思考を巡らせた。
 事の発端は港に停泊する貨物船の荷物の受け渡しに人が必要だと言われ、ナマエが立候補したのが始まりだった。ビスケット島を統治しているクラッカーを筆頭に部下達もママの誕生日へのプレゼントの準備で忙しくしていて他に人員が割けない状態だった。ママへの業務が第一優先になってるとはいえ大事な積荷のサインを他へと任せることもできず、かといって他の島から兄妹を呼ぶほどでもない状況。クラッカーは渋々といった様子でホーミーズを何体かとビスケット兵を合わせて送り出したのだった。積荷の受け取りは難なく終わり、荷物を倉庫へしまい帰るかといったところで貨物船の船員に声を掛けられる。もう一つ大事な荷があるので中まで取りに来てはくれませんかと。普通に考えれば怪しいのだがその貨物船は何度も貿易があり、そして、素性が知られてない国との貿易をこのビッグマムが統治する万国で許される筈がないという慢心からナマエは船に易々と足を踏み入れた。外にはビスケット兵もホーミーズもいるし大丈夫だろうと鷹を括ってしまったのだ。

「大切な積荷というのはどれでしょうか?」
「……ッ、ごめんなさい」

 その謝罪を聞くや否や船室から現れた男達に後ろ手に両手を拘束させられしまう。声を上げようと口を開こうとすれば大きな手に阻まれてしまい、海楼石の手枷を嵌められ為す術もなくなってしまった。船室から現れたのは海賊らしく、命が惜しいならと、脅迫されここまで海賊達を載せてやってきたらしい。目的はビッグマム海賊団らしいのだが、首を取るということではなくビッグマム海賊団の娘が欲しいという命知らずの行為だった。多方面に恨みを買っているビッグマムの娘という肩書きは古今東西に高値が付く代物のようだ。しかし、ナマエが実の娘ではないと判明すると男は手の平を返したかのようにぞんざいに扱った。ナマエの顎を手で掴みながら吐き捨てる。

「まあ、顔がいいんだ。買い手はいるだろうさ。なんなら俺たちが味見したって構わねェってわけだ」

 実の娘じゃないならビッグマムもそこまで執心的に追ってこないだろうと。げらげらと下品に笑う男達にナマエは必死に自分を奮い立たせる。以前のナマエの状況ならそれであった。道端に落ちた小石と何ら変わらない扱いだっただろう。いくら夫であるクラッカーに愛されていてもママの意見は絶対だ。要らないと思われればナマエはすぐに捨てられてしまう程の矮小な存在だと。男達の手が伸びてくる服の上を弄られるのが気持ち悪くて吐きそうになる。だが、それ以上に笑ってしまう。余りの浅慮さに笑ってしまいそうになる。度し難いほどに愚か者だと指を刺して嘲笑してしまいたくなるほどに。

「私がただの嫁であったのならば、その推測も当たっていたでしょう。でも残念。私のお腹の中には主人の子供がいます。……ねえ、お前達生きて帰れると思っているの?」

 ママの誕生日に合わせて報告しようとクラッカーと相談していた。ナマエがいなくなったことは既に伝えられているだろう。あとはナマエが貞淑を守り切れるか否か、時間との戦いであった。ああ、でもママが要らないと言ったらナマエはここで捨て置かれる運命だ。分の悪い賭けだと思ったが今はこれに縋り付くしかなかった。負け惜しみだと男達が嘲り笑いナマエは衣服を破られる。ナイフをチラつかせ怪我をしたくなかったらじっとしていろ、なんて使い古された台詞を聞きながらこれからのことを考える。貞淑を守れなかったなら嫌われてしまうだろうか。自分の存在価値は損なわれてしまうだろうか。せめて、子供だけでも守って、産まれ落ちるその日まで彼の隣にいることを許して貰えるだろうか。下着を取り払われ太腿を強引に押さえつけられた。自身の存在価値が損なわれてしまうことが、死ぬことより恐ろしかった。ああ、ごめんなさい。クラッカー様。ナマエが目を瞑り覚悟を決めた瞬間に大きな揺れが襲う。船内にいた男達が響めき、扉を乱暴に叩く音が聞こえる。敵襲、ビッグマム海賊団に襲われている、外から聞こえる悲鳴と怒号。そして一瞬の間を置いて扉が蹴破られた。修羅の如く恐ろしい顔をした男がそこにいた。
 ナマエが海賊団に襲われたと報せが入りクラッカーは生きた心地がしなかった。やはり行かせるべきではなかったと反省する前にママにナマエを助け出す許可をと電電虫を繋げたが紡がれた言葉は残酷なものだ。まだ結婚して一年だろう。また新しい花嫁を見つけてやるさ。自身の領域を荒らされた怒りはあるものの花嫁への執着はなかったらしい。その言葉の意味は敵船を攻撃し木っ端微塵にするということだ。一人の為だけに労力を払うほど存在価値はないと言われているのと同義であった。これが家族であれば違ったであろうが。クラッカーは苦々しい気持ちを抑えながら切り札になるであろう言葉を紡ぐ。

「ママ、ナマエの腹の中におれの子供がいるんだ」

 一瞬の沈黙。そして聞こえる高笑い。

「ああ、そりゃあいけねぇ。大事な息子の子供だ」

 その言葉を聞くや否やクラッカーは地を駆けた。妻子に仇なす輩を一人残らず始末しなければ。
港へ赴けば報せを聞いていたのであろうペロスペローがいた。

「大事な弟の大事な奥方だ。すぐにでも助けに行かねェとな」
「……ペロス兄。恩に着る」
「なぁに、この礼は次の遠征を手伝ってくれちゃあいいさ」

 ペロスペローの能力で生み出されたアメウミウシで海を渡る。眼前に海賊船が見えるとクラッカーは凄まじい勢いで跳躍しプレッツェルを振り上げた。
 船内にいた者達を一掃したクラッカーは無惨に衣服を破られたナマエを見て舌打ちをしたくなった。大切だと宣っておきながらこの様かと荒ぶる気持ちを抑えながらも付けられていた海楼石の錠を外す。漸く自由になったナマエの肩に自身の身に纏っていたマントを巻き付ける。体に触れようとするとナマエの体は大きく跳ねて困惑したかのようにクラッカーを見つめていた。襲われ掛けたんだ仕方がないだろうと思いつつも、ナマエに拒絶されたのかと思うとどうしようもない苛立ちと焦燥感に胸が駆られる。しかし、そんなクラッカーの心配を他所にナマエは双眸に溜めた涙を溢しながらか細い声を吐き出した。

「ごめんなさい、きらいにならないで」

 聞き逃してしまうようなとても小さい声であったがクラッカーの耳にはしっかりと届いた。

「わた、しの不注意で、襲われ、かけた、けど、まだ、なにも、されてないの。本当なの。お腹も、殴られたり、された、わけじゃないから、だから、おねがい。クラッカーさま、きらいに、ならないで……」

 ぼろぼろと涙を溢すナマエをクラッカーはただ優しく抱きしめた。

「お前を嫌いになることなど、あるわけないだろう」

 宥めるように背中を優しく撫でる。その言葉に安心したのかナマエは嗚咽混じりによかった、と何度も繰り返すのだった。
 それから万国へ戻り、念の為にと精鋭の医者に診てもらい母子共に健康のお墨付きを貰ったその足でママの所へ呼び出された。涙で赤くなった目元をどうにか氷で冷やしたが泣き腫らしたのは容易にわかってしまう。しかしママはそんなナマエのことなど気にせず、クラッカーに子供が出来たことを大層喜んだ。子供が出来ないなら新しい花嫁を当てがうところだったと笑いながら言う姿に他の兄妹は思うこともなかったが誰も口には出さない。

「ああ、よかった。最高の誕生日になりそうだ!」

 上機嫌に笑うママの姿を見ながらナマエも楽しそうに笑って見せる。

「この子にたくさんの兄妹を作れるように頑張りますね」

 ナマエの返答に気を良くしたのかママはまた大きな声で笑い声を上げた。

「お前達、何かあったらナマエを助けてやりな」

 ああ、よかった。自身の存在価値はまだ損なわれていない、とナマエは嬉しそうに微笑んだ。その微笑みの裏に隠された狂気じみた執念の片鱗が垣間見えた瞬間であった。

title iccaxx
20231018
20240306 誤字修正

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