×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

スポンジケーキに慈愛を挟む

「ブリュレ様、あの……少し宜しいでしょうか……?」

 おずおずと声を掛けてきたのは最近クラッカーに嫁いできたナマエという女だった。困ったような不思議そうな表情を浮かべる姿を訝しげに思いながらも気取られることなく愛想良く振る舞う。紆余曲折あり最終的に仲良く夫婦をしていることを知っているのはブリュレくらいなものであろう。あのクラッカーが真剣な表情で自分に頼み込んできた時のことを思い出しながら、目の前でもじもじとするナマエを見つめた。結婚式や表立っている時は背筋をピンと伸ばし高いヒールを苦もなく履きこなす姿しか見たことのなかったのでその有様は新鮮だった。兄の為を思って自主的に彼女を監視していた最初の頃だって、こんなふうに言葉を選ぶような所作はしていなかったはずだ。

「あら、どうかしたのかしらナマエ義姉さん」
「実はお願いがあって……」

 怖いと称される顔を少しでも和らげようと声音を優しくしながら尋ねる。万が一にもないとは思うが、以前に不届な願い事をしてきた兄の元嫁達を思い出した。権力と家柄を自慢していたあの女達の末路は一体どんなものだったかしらと過去に想いを馳せつつ、ナマエはそんなことがなければいいのに、とそんなことを漠然と思いながら返事を待つ。

「お仕事をしているクラッカー様を見たいのですが……、ブリュレ様の能力で見せて頂くことは出来ませんか?」

 まるで乙女のように頬を赤く染める姿にブリュレは目を見開くのだった。

「別に構わないわ。じゃあ一緒にお茶会をしましょう」

 全く似た者夫婦じゃないか、とブリュレは笑みを浮かべながらホーミーズにお茶会の用意をさせる。メリエンダにはどんなお菓子が良いだろう。

「ナマエ義姉さんはどんなお菓子が好きかしら?」

 ブリュレが鏡を用意しながら尋ねると彼女は嬉しそうに微笑みを浮かべる。

「お菓子はなんでも好きです。でも一番はビスケットでしょうか?」

 そう頬を染めながら笑う姿に同性ながらドキッとしてしまったのはここだけの話だ。
 それからもう何年の付き合いだろうか。結婚したての頃から既に十年以上。鏡世界ミロワールドから主人であるクラッカーの姿を彼女は飽きもせずに今日も見ている。時間が合えばこうしてブリュレの元へお茶菓子を携えてやってくる彼女に飽きないのかしら、とブリュレは思っていた。

「真面目にお仕事をしていらっしゃるクラッカー様も素敵……格好良い……。こんなに素敵な方が私なんかの旦那様で本当にいいのかしら……」

 この惚気のような独り言を聞くのももう慣れた。はいはいと相槌を打ちながらメリエンダの為に用意した色とりどりのスイーツを並べていく。最近流行りのシフォンケーキにマカロン。ブリュレの好きなクリームブリュレにドーナツ。そして何よりナマエが一等好きなビスケットとフルーツティーを添えればあっという間に素敵なパーティーの完成だ。

「ナマエ義姉さん。そろそろこっちに来たらどう?」
「ああ。ブリュレちゃんもうちょっとだけ待っていて。今すっごく横顔が素敵なの……」

 二人だけの時、彼女はブリュレのことを様付け呼びをしなくなり、口調も砕けたものになる。一同介したお茶会の時の様子と比べると面白いくらいだ。こんな風に打ち解けるなんて出会ったばかりの頃は思わなかった。クラッカーを眺めるナマエの後ろ姿を頬杖を付いて見守る。普段貞淑としているナマエが鏡世界ミロワールドでは恋する乙女といって過言ではないほどに頬を紅潮させ、甘い言葉を吐き出している。結婚して十年以上。子供だって五人以上産んでいるにも関わらず、ナマエはいつだって初恋の少女のようにクラッカーを見ていた。

「クラッカー兄さんが格好良いのは本当だけど、義姉さんも飽きないわよね」
「だってクラッカー様の格好良さは日増しになっていくんですもの。ブリュレちゃんだってカタクリ義兄様を見て飽きるだなんて思わないでしょう?」
「それもそうね」

 ブリュレのカタクリへの想いとナマエのクラッカーへの想いは似通っているのかもしれない。根底にあるのはどうしようもないほどの尊敬だ。血の繋がらない家族もまあ良いのかも知れないと思うほどにはブリュレはナマエのことを気に入っていた。やっと戻ってきて席に着いたナマエがテーブルに置かれたスイーツの数々を見て嬉しそうにブリュレに微笑んだ。

「私の好物ばかり。ありがとう、ブリュレちゃん」

 私、貴女みたいな可愛い義妹いもうとが出来て、こんなにも仲良くして貰えて本当に幸せよ。屈託なく微笑む彼女はいつだって少女のような朗らかさがあった。こんな穏やかな時間がずっと続けばいいと願うほどにブリュレは彼女のことを好いている。

「私もナマエ義姉さんみたいな義姉あねが出来て幸せよ」

 年下の義姉というのも悪くないと、彼女のお手製のフルーツティーに舌鼓を打つのだった。

title alkalism
20231018

[ PREV | NEXT ]