×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



剥がれ落ちた怜悧を撫でる


 虚ろな目をした女は無残に打ち捨てられた少女を見下ろした。美しい容姿であっただろう顔は半分が大きく焼け爛れ、体もまた同じように酷い有様だ。肌の焼けた臭いが鼻につく。余りに酷い状態に死んでいるのかと思えば、辛うじて呼吸しているのが見てとれた。「生きたいか」。女の口から溢れでた言葉は平坦だ。辛うじて皮膚が残っている左目が有らん限りの殺意を込めて睨み付けてくる。女はそれを鼻で笑い飛ばしながら少女の体を持ち上げた。はくはくと声にならない声を上げながら、抵抗する少女の首に手刀を落とし静かにさせる。ただの気紛れか、それとも予感があったのか。この少女なら、自分に死を齎してくれるだろうと、そんなことを思ってしまったのだから。数千年ぶりに心が騒ぎ立つ。ああ、どうかこの子が私を殺してくれますように。女はそんなことを願いながら地を蹴る。これが後に魔界に君臨するトップ3の一人、躯との邂逅であった。

 なまえは自らが住処とする魔界の片隅にある住居に少女を住まわせた。焼け爛れた傷を癒し、体を清めた布団に放り込んだ少女は数日後に目を覚ますと、まともに動かない右半身を引きずってなまえを殺した。否、殺した筈だった。内臓をぶち撒け腸を引きずり出し、腹に大穴を開けたのにも関わらず、彼女は口から血を垂らしながらなんてことのないように無表情のまま少女の体を労わるような言葉を掛けた。

「無理はしないほうがいい。近々、その半身を治せる奴を探してやろう」

 腹に突き刺さったままの手を無遠慮に引き抜くと血が辺り一面に散らばった。赤く血に染まった手は確かに命を奪った筈だ。左目で女を睨みつけたが、彼女はやはり冷たい無表情のままで踵を返しどこかへと消えてしまった。なぜだ一体どうしてた。少女の頭の中はおかしな女のことでいっぱいになった。

 数日後。少女の機能しない右半身に機械を取り付けた。魔界きっての技術者を探すのに骨が折れたが、一番苦労したのはせっかく探した技術者を少女が殺そうとしたことだった。面倒なので最初の頃と同じように手刀を落とし気絶をさせ、その間に体を直させた。機械化された体にすぐ馴染んだのだろう。眼が覚めると少女はまたなまえを殺した。今度は頭を吹っ飛ばした筈だったが、鼻から上がなくなった状態のまま女は言う。

「殺すなら確実に殺してくれ。痛いものは痛いんだ」

 赤い血が滴り、唇か真紅に染まる姿は少女に僅かばかりの恐怖を植え付けた。



 奇妙な生活はそれから300年ほど続いた。少女は気紛れに住処を離れ、血の臭いを漂わせながら帰ってくる。拾ってから数年は少女はなまえを殺し続けたが、そのうちその行為に意味がないことを悟ったのかある日を境に手を出すことをしなくなった。その代わりに住処を離れ、あらゆるものを虐殺したのであろう。全身を真っ赤に返り血で染め上げる姿を常に見かけた。なまえは特に少女に話しかけることはしなかった。少女に言葉を掛ける時は殺されたタイミングだ。日に日に力を増していく少女を見つめてどれくらいの時間が経ったのだろうか。ある時、少女が冷たい声音で尋ねる。

「名前、なんていうんだ」

 殺意が僅かに潜められた瞳を見つめ一言「なまえ」。と告げる。

「お前は?」
「……躯。躯だ」
「そうか。躯。お前に似合いの名前だな」

 なまえの言葉を聞くと少女、躯は僅かに表情を緩めた。なまえはその顔を見つめながら、あの日の予感を未だに信じている。この少女なら、いつか、私を殺してくれるだろう。



 自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がする。どれだけの時を経たのだろうか。重い瞼を開くと揺らめく水面越しに躯が笑いながら立っている。培養液で満たされたカプセルの中で裸で立っている自分の姿を見下ろしていると、中の液体が徐々に減っていった。液体がなくなり、扉が開くのと同時に彼女は穏やかな笑みを浮かべたまま、なまえの目前に立つ。凛とした女性らしい表情になまえはただ呆然とした。以前の躯ではない。あの苛烈で、殺意に満ちていた姿が嘘のように穏やかで平穏な妖気に絶望する。ああ、彼女は私を殺してはくれないのだと。

title エナメル
20230618