様々な種類の海洋生物を一通り見て、ぱたりと図鑑を閉じた。我が幼馴染である空条承太郎の部屋にはこういった類の本がたくさんある。このことを知っているのは彼の家族を除いてわたし以外いないと思う、多分。
図鑑を本棚にしまって、隣に座っている部屋の主に目をやると、雑誌に夢中になっていた。

それにしても、顔整ってるなあ。深緑の瞳に長い睫毛、通った鼻筋に厚い唇。全てのパーツに目を奪われる。

「…何見てんだ」
「承太郎の目って綺麗な色してるよね」
「……」
「睫毛は長いし、鼻筋も通ってるし。羨ましいなコノヤ」

隣に座って僻みと共に承太郎の頬を抓ってやろうとしたら、それよりも先に承太郎の手が私の頬に伸びてきた。あ、死んだな私。

「いひゃいれふ、ひょうひゃおうひゃん」
「何を言ってるのかよくわからねーな」

嘘つけ、本当はわかってるくせに。口端を少し上げながら、私の頬をぐにっと抓る彼はなんだか楽しそうだ。こんな表情は学校じゃ見れないんだろうなあ、なんてぼんやり考える。

…いやいやそんなこと考えてる場合じゃあない。そろそろ離してもらわないと顔が伸びきってしまいそうだ。腕を外そうと奮闘しても力の差は歴然。か弱い幼馴染に対してなんて容赦ないのだろうか、この男は。
痛みを訴え続ければ承太郎は満足したようで。ようやく解放された頬を優しくさする。

「はー、痛かった…」
「てめーが変な真似しようとするからだろうが」
「ごめん、まあ、嫉妬ってやつだよ」

そう言った私に対して、承太郎は怪訝な顔をした。男に嫉妬するなんて見苦しいとは思うけれど、相手が承太郎というなら誰もが納得するだろう。羨ましいったらありゃしない。

「…そういうてめーも、睫毛長いじゃねえか」

ずいっと顔を近づけられて、承太郎との距離は数センチに。先程まで雑誌に向けられていた深緑色の視線が、私の睫毛を捕らえる。ちょっと近すぎじゃあないかな。鼻と鼻がぶつかりそうだ。そんなにまじまじと見つめられると恥ずかしいんだけど。顔に熱が集まってくるのが自分でもよくわかる。

「い、いやいや長くないよ気のせいだって」

あはは、とぎこちなく笑って承太郎との距離をとろうとしたら腕を掴まれ、引き寄せられた。唇に軽く柔らかい感触。

「ちょっ、と、何してんの…?」

なんという不意打ち。自然とこぼれた問いかけに返事はなかった。帽子のつばを下げ、黙って縁側に向かった幼馴染の背中を見つめる。よく見たら耳が真っ赤になってるじゃん、承太郎。わたしの耳も承太郎と同じくらい、いやそれ以上に赤くなってることに違いない。
顔に集まった熱を冷まそうとホリィさんが先ほど運んできてくれたお茶をぐいっと飲み干す。空いたグラスを置けばカラン、と残った氷が鳴った。

友達以上、恋人未満といったどもどかしいこの関係。そろそろ終止符を打つ時が来たのかもしれない。