教室に入って友達に「おはよー」と挨拶したら私を見た途端、目を丸くして駆け寄ってきた。

「どうしたの、その頭!」
「あんなに長かったのに勿体無い!」

昨日、思いきって髪を切った。理由は簡単、失恋したから。こんな理由で髪を切るなんて、我ながらなんてベタな考えなんだろうと思ったけど傷ついていつも以上に働かなくなった私の頭ではこれくらいしか思い浮かばなかったのだ。後悔はしていない。少しでも気持ちが楽になれば、それでいいと思った。

「ちょっと気分転換したかった」と適当な理由をつけて友人達の質問攻めから開放された。あ、朝から疲れた。自分の席に着いて、短くなった髪を触ってみる。本当にばっさり切ったんだ、なんてしみじみ実感した。

わたしね、白石くんが好きなの。さらりと親友からそう告げられたのは三日前のこと。聞いた瞬間に心臓がざわざわした。

「どうしたの?」
「ごめん、ちょっと考えごとしてた」
「そう。でね、なまえに協力してもらいたいんだよね」
「…」
「わたしたち親友でしょ?」

にこりと笑いながら言った彼女の言葉は、脅迫としか捉えることができなかった。彼女が私の白石に対する感情を知っていたのかは正直わからない。彼女の何事にもぐいぐいと攻める姿勢は見習いたいと思っていた。しかし、その姿勢をこんなにも憎いと思ったのは初めてだ。
もし、ここで私が自分の気持ちを正直に話していたらこんなことにはならなかったのに、と後悔ばかりが私の頭を埋め尽くす。生憎そんなこと言える度胸は私に備わっていない。恋と友情、どちらを選ぶか。臆病な私とって選択肢など最早一つしかなかったのだ。

「おはよう。髪切ったん?」

鮮明に記憶に残っている最悪な三日前のことを振り返っていると、親友と私の意中の人である白石がいた。なんでこんな時に声かけてくるんだお前は。「あー、うん」といつもよりそっけなく返事をした。

「随分と切ったんやなあ」
「まあ、ちょっと、ね…」

すらりと伸びた白石の指が私の髪に触れる。いつもとは比べられないくらい距離が近い。あまりにも自然な白石の行動に私は目を丸くするしか反応ができなかった。

「ロングの時も良かったけど今の髪型もなかなか似合うとるやん」

ぷつり、と周囲の音が全く聞こえなくなった。白石の言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡っていて、何も聞こえない。

「おーい、大丈夫か?」
「…平気。なんでもないよ」
「なんか今日おかしいなあ。お前」

心配そうに私を見つめる白石に気を取られていたら「おーい白石ー!」と忍足の声が聞こえてきた。

「無理せんで、休める時に休みや?」

ぽん、と私の頭を撫でて白石は忍足の元に行ってしまった。
なんで。どうして白石は私に構うのだろう。これじゃ忘れたくても忘れられるわけがない。それどころか今までよりも好きという気持ちが強くなった気がする。髪を切ったくらいで白石を忘れられるだなんて甘い考えを持った人間は、きっと私しかいないだろう。それほど彼は魅力的な人間なのだ。

彼女の視線が突き刺さる。そんなに羨ましいなら髪を切るなりなんなりして、彼の気を引けばいいじゃないか。じわりと目頭が熱くなってきた。涙がこぼれないうちに顔を机に伏せる。胸がずきずき痛くてつらい。いっそのこと、この気持ちが消えてしまえばいいのに。

彼女と白石の話し声が聞こえてくる。私はバッグの中からイヤホンとウォークマンを取り出して耳を塞いだ。いやだ、聞きたくない。そんなに楽しそうに話さないで。今まで我慢してた分の想いが溢れていく。シャッフルで流れてきた曲は虚しくも恋する乙女を応援する曲だった。