「起きんねー」
「んん…」

授業をサボって裏山で昼寝していたら、つんつんとほっぺたをつつかれた。人が気持ちよく寝てるっていうのになんなの。ぼやけた頭を起こしつつ、ゆるゆると瞼を上げるとそこには知らない男の子がいた。

「うお!」
「そんなに驚かんでも…」

そりゃあ起きて目の前に人がいたら誰でも驚くと思う。しかも息がかかる程の距離。近い近い!

「くくっ…むぞか…」
「わ、笑わないでよ!」
「すまん、でも…うお!って…」

声を押し殺しながらも笑われてしまった。悪かったね女の子らしくなくて。わたしだってこんな声が出るとは思わなかったよ。
あと、むぞかってなんだろう。どこかの方言かな。

「ていうか、なんでわたしのこと起こしたの」
「んー…暇だったばい」

暇だからって人の睡眠を妨害しちゃいけないと思うんだけど。なんてマイペースな人なんだろう。ちらりと携帯のディスプレイを見ると、授業終了まであと二十分程ある。

「お前さん三年生と?」
「そうだけど」
「俺も三年たい。一昨日、転入してきたばっかやけん」

転入生…?あ、思い出した。友人達が騒いでた噂の転入生くんはこの人だったのか。中学生とは思えない体格に下駄、癖っ毛、そして左耳にピアス。全く気にしてなかった。

「どこから来たの?」
「熊本ばい」
「九州か…だから方言で喋るんだ」
「あー、こればっかりはなかなか抜けんね」

頭を掻きながら照れたようにはにかむ彼は、その大きな体格とは反してとても可愛らしいものだった。みんなが噂する理由がわかった気がする。

「実はね、わたしも一年前に転入してきたんだよ。東京からなんだけどね」
「ほんなこつ?じゃあ仲間たいね!」

よほど嬉しかったのか転入生くんは目をキラキラ輝かせながら、ガシッとわたしの手を握った。さっきのはにかむ姿といい、今の表情といい…見た目はとても中学生には見えないけれど彼も私と同じ中学生なんだなと思った。

「ふふ、面白いね。転入生くん」
「転入生くんって…俺んこつ?」
「そう」

わたしの言葉を聞いて転入生くんは急に黙り込んでしまった。あれ、わたし何か気に触ること言ったかな。悶々と考えていたら転入生くんはゆっくりと口を開いた。

「…とせ…り」
「…え?」
「千歳千里、俺の名前たい」
「千歳くん?」
「千里、ち呼んでほしか」
「わかった。千里くんね」

なんだそんなことか。何か失礼なことを言って怒らせてしまったのかと思って内心ひやひやしていたのが何だか馬鹿らしい。千里くんは満足したようでわたしの頭を撫でた。随分と積極的な人だなあ。こういうことをされるのは慣れていないので少し恥ずかしい。

「これからよろしく、なまえちゃん」
「こちらこ…あれ?」
「どげんしたと?」

まだ名乗ってないのに、どうして彼はわたしの名前を知ってるんだろう。もちろん名札なんて付けてないし、持ち物だって携帯しかない。

「…なんでわたしの名前知ってるの?」
「さあ、どげんしてでしょう?」

いたずらっぽく笑いながら千里くんは答えた。いや全く答えになってないんだけどね。この調子じゃ教えてくれなさそうだし、諦めるしかなさそうだ。

「まあ、そのうちにわかるとよ」

そう言って千里くんはのそりと立ち上がってどこかへ行ってしまった。
短い時間だったけれど、とても楽しかった。なんだか不思議な体験をしたような、そんな感じ。また話せたらいいなと淡い期待を胸に抱きながら、軽い足取りで教室に戻った。