寝返りをうって数秒。だんだんと意識がクリアになり、目を開く。一番最初に視界に入ったベージュのカーテンからは、うっすらと光が漏れていた。
ベッドから腕を伸ばしカーテンを開ければ朝日ではなく、やんわりとした日差しが部屋に流れ込んでくる。両腕をまっすぐ突き上げて伸びをすれば、次第に体が目を覚ましていく。
気怠く体を動かし、リビングに向かえばまだ見慣れない姿がそこにあった。

「おはよう、承太郎」

昨日から私には同居人ができたのだ。今まで起きてから誰もいなかった空間に新鮮味を感じる。

ちょうど一つ空いていた部屋では、今頃DIOが夢の中にいるだろう。最初はどうしたものかと悩んだが、ここでいいと言う承太郎の一言でひとまず解決した。あいにく布団は一組しかないので申し訳ないが彼にはソファで寝てもらった。新しい布団を買わなきゃな。

「…そんな時間でもないがな」
「休日なんだし気にしたら負けよ」

くあ、と欠伸をひとつ。承太郎は壁掛け時計に目をやりながら返事をする。もう昼を過ぎていた。

「あれ、私っていつ寝たっけ?」
「お前…覚えてねーのか」

焦らずゆっくりと昨日のことを振り返ってみよう。
あの後、再び修羅場になることを覚悟しながら承太郎を連れてリビングに戻った。
既に服を選び終えたDIOは、どこからか持ってきた私のとっておきのワインをグラスに注いでいた。

「話し合い、とやらは終わったのか?」

真っ赤な唇を吊り上げ、にやにやと笑うDIOに文句を言おうと口を開いたが言葉が出ない。というより、文句を言えるほどの気力が私には無くなっていた。言いかけた言葉がため息となって宙に消えていく。
とりあえず承太郎をカーペットに座らせて、テーブルの上にあるノートPCを彼の前にずらす。DIOと同じように説明をすれば、少し間があったものの、すいすいとマウスを動かし始めた。

リモコンを手に取りザッピングをすると、ちらほらと砂嵐が流れ始めていた。いつもならばこのままテレビを消すのだが、今は状況が違う。このまま消しても、なんとも言えない空気が流れて気まずいだけだ。
特に意味もなくザッピングをしながら、テーブルに置かれているワインボトルを見る。仲のいい酒屋のおじさんから貰った年代物のワインは半分以下になっていた。少しずつ飲んで楽しんでたのに。
すぐさまDIOからグラスをひったくり、一気に飲んでやった。ざまあみろ。

「このDIOからワインを奪うとはいい度胸だな」
「私の台詞なんだけど、それ」

どこから持ってきたのよ。心の中でぽつりと呟く。
承太郎がノートPCをこちらにずらしてきた。すかさず買い物カゴをチェックする。まあ、こんなもんか。購入手続きを終え、押し入れから布団を引っ張りだして、ひとまずやることは終了。
じわじわとワインを引き金に睡魔が襲いかかる。ちょっと寝てくる、と2人に告げ私はベッドに入って一瞬で眠りに落ちた。



「あー…思い出してきた、ごめん」
「謝る必要はねえ。こっちが面倒かけたからな」
「まあ休日でよかったわ。 何か飲む?」
「ああ」

ちょっと待ってて、と電気ポッドの再沸騰のボタンを押す。シュウシュウと鳴る電気ポッドをBGMに食器棚から急須を取り出し、茶葉を入れる。残念ながらうちには湯のみがないのでマグカップで我慢してもらおう。
皿の上に適当にお菓子を乗せればタイミングよくお湯が沸いた。

まだ少し眠そうな顔をしている承太郎は緑茶を一口飲み、私もクッキーを手に取る。

「…一つ聞きたい。本当に俺たちを住まわせて平気なのか」
「それって経済的にってこと?」
「それ以外にねーだろ」

デスヨネー。すぱっと切れ味のいい返事を聞いて、口の端に付いたクッキーが落ちる。私のこれまでの対応を見れば当然だ。男の影なんて微塵も感じられないだろう。でもなんだか複雑。

「今のところは大丈夫。それなりに蓄えもあるから」
「そうか…すまん、恩に着るぜ」
「けど、いざという時には頼んだ!」

にっこりと笑ってポンと承太郎の肩を叩けば、眉を下げ口元を歪めた。そんな顔してくてもいいのに。
承太郎から最初は怖いというか、近寄りがたいオーラのようなものが出ていたけれど話してみるとそんなことはなかった。寧ろ、こちらのことを考えて行動してくれているので気持ちだけでもありがたい。


ピンポーン、とインターホンが鳴った。



「届いたよー」
「来たか」

服の詰まった段ボールを承太郎に手伝ってもらいながら部屋に運びこむと廊下からドアの開く音が聞こえてきた。

「あ、おは…」

部屋からのそのそと出てきたのは毛布を被った2m近い、何か。とは言っても全身を包むのに毛布が足りていない。膝から緑のハートが丸見えだ。

「どーしたのよ、その格好」
「…御託はいいからカーテンを閉めろ」

カチンときたがとりあえず言われた通りにカーテンを閉める。

「よし」

安心したかのようにDIOは毛布を脱いで届いた段ボールに目をやる。

「まだカーテン閉めるのには早い時間だと思うけど」
「貴様は私を殺す気か」
「はあ?」

私がDIOを殺す?どういうことなのかさっぱりわからない。

「こいつは吸血鬼だ」
「きゅ、きゅうけ…は?」

さらっと承太郎は言う。出会って一日も経っていないが、承太郎が冗談を言うような性格ではないことは言うまでもない。
頭の片隅にあった数少ない吸血鬼のデータと照らし合わせながらDIOを見ると片眉を上げて自信あり気な顔をしていた。なんか腹立つ。

「言われてみれば…吸血鬼ねえ。色々と不便そう」
「貴様にはわからんだろう。この力の素晴らしさを」
「……まあいいや。 ちゃんと選んだ服が届いてるか確認して」

段ボールを床に置いてべりべりとテープを剥がす。蓋を開けるとあまり見慣れない男性物の服が視界に入った。今まで女性物の服しか注文したことのない私にとっては非常に新鮮なことだ。とりあえず適当に取り出して二人に渡す。ガサガサとビニールの音だけが響く中、それぞれの服の仕分け作業を見ていてふと思った疑問が自然と口から出てきた。

「承太郎って高校生…よね?」
「…てめーは学ランを知らねえのか」
「知ってるけど。 やけに落ち着いてるし、コスプレかと」
「ほう、要は老けていると言いたい訳だな」
「あああ違う違う! 大人っぽいって言いたかっただけだからそんな怖い顔しないで!」

正直、承太郎は私と同い年と言っても違和感のないくらいに大人っぽい。重要なことなのでもう一度言っておく。大人っぽい。

「うるさいぞ、貴様ら」

既に服の仕分けを終えたDIOは届いた服を身にまとい、全身鏡で自分の姿をチェックしていた。

「承太郎。早く私の服を寄越せ」

鏡の中のDIOが言う。みるみると承太郎の表情は変わった。

「…チッ」

こうして私とやけに大人っぽい高校生、そしてフリーダムな吸血鬼との奇妙な生活が始まった。