まずいことを言ってしまったか。目の前から発せられる重苦しく圧倒的なプレッシャーのようなものを全身でひしひしと感じる。それと同時に、理由を言えと迫られている気がした。 「放っておけなかった、というか放っておいちゃあいけないと思って」 「…どういう意味だ」 「嫌な予感がしたのよ。 放っておけば周りを巻き込んで良くないことが起きそうな気がね」 イカれているのか、こいつ。承太郎は脳内で呟く。これといった根拠もなく直感だけであのDIOと共に暮らすと決めたなど、承太郎には到底理解できるものではなかった。 「悪いことは言わねえ。やめろ」 何故かと問いかけようと口を開いたが捺希は黙って承太郎の言葉を待った。承太郎はDIOのことを出会ったばかりの自分よりも遥かに知っている。悪い情報だろうが良い情報だろうが、DIOのことを知っておくべきだと判断した。 「正直、あんたの言った嫌な予感ってのは間違ってない。 だが、ヤツはあんたの想像以上の悪だ」 「……」 「DIOの手によって殺された人々は大勢いる。 人生をめちゃくちゃにされたヤツもいれば、あいつのカリスマ性に惹かれて利用された人間もな」 「あんたが手に負えるようなヤツじゃあない」 静かにDIOについて話す承太郎は冷静に振舞っているように見えた。しかし、瞳の奥には悲しみと憎しみが混ざり、渦巻き、言葉からも滲み出ていた。 何度も言うがDIOと承太郎の因縁について捺希は知らない。しかし、承太郎の言葉や様子を見て捺希は理解した。自分には計り知れないほどの深く、大きな因縁が二人の間にあるのだということを。 「…忠告ありがとう。 でも、」 捺希は軽く頭を掻いて再び壁に寄りかかる。 多くの人に迷惑をかけるくらいなら自分だけに留めようという、いわゆる自己犠牲精神。そこからとっさに同居を思いつき、どうにでもなれと乗った勢い。この二つの要素が働いたことが同居を決めた動機とも言える。だが、これも縁なのかもしれない考えもあった。 自分とは違う世界に存在していた人間が、こんな変哲もない家に現れるなんてとても普通とは言えない。これを縁という言葉で片付けていいのかはわからないが、捺希は不思議なものを感じていた。 「やっぱりあいつを放っておけない。 きみの言ったDIOのカリスマ性ってやつにやられちゃったのかもね」 「……あんたが奴と同居をしようが再び出会った以上、俺はDIOを黙って見過ごすわけにはいかねえ」 再び二人の間に沈黙が流れる。リビングのテレビから流れる芸人の笑い声が微かに耳に入ってきた。 この世界で最初にDIOと接触をした自分に忠告をしてくれた。承太郎と捺希の考えは周囲の人々を巻き込まないようにする、という点では意見が一致している。 しかし、その形は違うだろう。捺希はDIOと共に暮らすという形を選んだが、承太郎はそれほど甘くはないだろう。口にしてはいないものの平和的な形ではないことははっきりと予想できた。 「あんたは考えを変える気はないのか」 「まあね、ここに住めって言い出したのは私だから。 一度決めたからにはちゃんとしたいのよ」 このまま引き下がって承太郎が再びDIOを殺すという可能性は無いとは言い切れない。少なくとも手を出すのは確実だ。出会って間もないとはいえ、DIOと関わりを持ったことには変わりない。目の前で知り合いが傷つくところなんて見たくはないのだ。 どうかここは平和的に上手く話を纏められないか、重苦しく流れる沈黙の中で捺希は考えた。そして、出てきた答えは一つ。 「あのさ、きみもうちに住むってのは…どうよ?」 「……正気か、てめー」 「もちろん。 でも無理にとは言わない」 一か八か、賭けに出てみたものの、少し後悔をした。宿敵と一緒に暮らすなんて誰が望むのだろうか。 だが、形は違えどDIOを放っておけないという気持ちは二人とも同じだ。承太郎もこちらに来たばかりで住む場所もなく、この時代のことは知らない。 捺希から見ればDIOと同じように放っておけない存在である。 どちらにしろ、このまま互いに譲れない状況ではキリがないのだ。 「それと…ここに来たんだから戻る時もここからなんじゃないか、って考えは安直だと思う?」 天井を見上げながら人差し指を真上にピンと立てて捺希は言った。 「…言われてみりゃあ、一理あるが」 承太郎も同じように天井を見上げる。どこかへ下手に動き回るよりも自分たちが出現した場所に留まる。確かにこの方が元の世界へ帰る手がかりや方法が見つかる可能性が高い。 この状況で出された捺希の提案は承太郎にとって悪くはない話ではなかった。しかし、引っかかるところはある。相手は女だ。見たところは結婚はしておらず、一人で暮らしているようだが。DIOと同居を選んだ時点で心配する必要はないと思ったものの、やはり気になる。 「…いいのか、男二人と同居だぞ」 「まー、ここまできたら一人や二人変わんないでしょ。 きみも放っておけないしね」 杞憂だったか。まるでペットでも飼うような感覚で、あっさりとそう言い放った捺希を見て承太郎は軽く溜息をつく。 「…とんだお人好しだな、あんた」 「はは、よく言われるわ」 自分に呆れたかのように眉を下げて笑う捺希を見て承太郎はやれやれ、と帽子のつばを下げた。 少々強引だったがこれでなんとかなりそうだ。内心、断られると思っていた捺希は胸を撫で下ろす。とりあえずは結果オーライだ。 仮に、DIOが何かを企んでいたとしても承太郎が近くにいれば防ぐことは可能になる。そして、二人の間に入る捺希の存在で承太郎はDIOに手を出しにくくなる。これでバランスはとれた。 この静かな戦いは捺希の作戦と言うより、ごり押しで勝利を得られたものだと言える。 「と、いうことで。これからよろしく、ジョータローくん」 「どうにかならねーのか…その呼び方」 「なら承太郎、とか?」 「その方がいい」 「よし、それじゃあ改めて…よろしくね、承太郎」 「…ああ。 空条承太郎だ」 |